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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
つわものどもよ
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水分補給は大事です

 現代に戻ってきますよ。守りたいこのほのぼの感。

「やなもん思い出しちゃったなー……」

「あら、お帰りなさい」

 追憶から戻ってくるとコールが笑いかけてくれた。ぽーっとするようなものではなく、仕事から帰ってきたときに出迎えてもらいたい笑顔である。

 実際にやると神の怒りがレベル一桁どころではないだろう。その上何をするかわからない。それでも守りたい笑顔があるんだ。

「ユングもそろそろ帰ってきますよ。さあお水をどうぞ、熱中症になってしまいます」

 記憶にあるよりだいぶ容積が減っている。このペットボトルにはデスソースが塗ってあるかもしれないが、こんなことでちょくちょくこき使っている神の怒りが済むならそれも本望なので観念して口に含む。

 不思議なことに辛くなかった。驚いてコールを見る。照れくさそうに自分の三つ編みをいじっていた。

「そっちは塗ってない方です。あの、少しいただきました。さすがに辛かったもので」

 やはり辛かったらしい。デスソースの名は伊達じゃないということだ。

 ま、それはともかく。

「やったー!おじさまの間接キスじゃん!道理で甘いわけだよ!」

 うっかり口からリビドーが迸ったがコールは笑顔を動かさず聞こえなかったふりをしてくれた。ユングはまだどこか別の世界へイってしまわれたままらしかったが、ちょっと本気出したロランに絞め落とされる。

 やっぱり剣術に関しては達人なんだな、あのへっぽこ魔導師。魔力尽きてからのほうが圧倒的に強いじゃん。剣士になればいいのに。

『久々に骨のある奴じゃねぇか』

 白目をむいてうわごとを言っているユングを公園の地面にごみのように投棄して笑う。黄ばんだ歯と黒ずんだ歯茎の間からなめした皮のような舌が見えた。

『50年前を思い出すぜぇ、こいつの剣はよ』

『そりゃあよかった。もとは私か相手をするはすたったんたか……予定か狂ってほんとによかったよ』

 相変わらず微妙に発音の悪いイルマのボルキイ語を聞いて、老人はけけけとしわがれた声を出して笑った。のっそりベンチの前の地面に胡坐をかく。ベンチにはイルマとコールが座っているからだ。

 帽子を脱いで、ぼりぼりと白髪頭を掻くとばらばらとフケが落ちる。やせこけた、ミイラのような指のしわには一つ一つ垢か泥か、黒っぽいものが擦り込まれていた。

 ここからイルマはゆっくりと依頼について説明したり、彼においてはほとんど当然となっている、前金の小切手を渡したりと商談をしたが、ロランの態度はこれから仕事を受けようというもののそれではなかった。

 尻を浮かせて屁をこいたり、『ちょっくら失礼するぜ』とよれよれの煙草にライターで火をつけてふかしたりした。

 しかししょうがないことだ。イルマたちと違って信用と実績が山ほどある、並ぶ実力の剣士もいない、収入がなくても困らない。彼にしてみれば長官の依頼などちょっとした余興の域を出ないのだ。

 それでもエメトという男については興味があったようで、エメトに関して話しているときは比較的まじめに耳を傾けていた。他に隣のコールが貴婦人のようにハンカチで目頭を押さえたり「フローラル」とか呟いたりしていたが、さっきのコールよろしく聞こえないふりをして差し上げた。

『じゃあな。明日、この金で身なりをそろえて事務所に行ってやらあ』

 商談がまとまったところで紙切れの前金をひらひらさせながら、元通り布でくるんだ刀をプラスチックの物干しざおか何かのように担いで彼は言った。

『嬢ちゃんはもっとVとBとRとL、あとthの発音を――おっと、抑揚もだった――練習した方がいいぜ。それだけ達者なんだからよ』

『あいやぁ。しようとは思ってるんたけとなあ。思うようにならないんた、これかまた』

 文法は完璧なのにもったいないとは師にも言われたことだったが、まあまあ通じるので不便はないと思っている。

 自主志願型家なき老人の後ろ姿に手を振ってから、まだ熱い地面に長くなっている助手を見た。これを朝顔ビルヂングまで担ぐのか。うーん重そう。

 少し考えて、本体はコールにしょってもらい、荷物をイルマが持ち運ぶことにした。かさばるマントや馬鹿みたいに重い杖は不思議なカバンに突っ込んでおく。軽ーい。今ほどこのカバンの便利なことを実感したことはない。

 この日の首尾は上々だった。

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