荒魂と幸魂
本編です。この前まで「闘魂」は「荒魂」の親戚だと思ってました。
しかしユングだってバカではない。ことあるごとにバカバカ言っているイルマもそれは認める。あそこまで情報を与えたのだ、冷静になって考えればそこまで行きついたはずである。
しかし冷静になれなかったのだろう。その理由も、この状況を見ればなんとなく予想はつく。
「魔族の本能、闘争の悦びかァ……難儀なもんだよ」
「そうでしょうか?本人はああして楽しんでいます、ロランのほうでもあのような挑戦を受けることは久しぶりでしょうから嬉しいでしょう。まさに、ウィンウィンウィンです」
予想は的中していたようだ。コールはまたいつかのように、発明した爆弾が正常に動作したのを見たマッドサイエンティストみたいな顔で笑っている。この暑いのに、発散される殺気にあてられてかセミは鳴かない。
「1ウィン多いよ。女の人の脚を撫で擦ってるわけじゃないんだからさ。それにもうどう見たって頭のいかれたジャンキー、」
「大事なことなので三回言いました。」コールには珍しい有無を言わせない口調だった。「ときに、イルマ。喉が渇きませんか。ここにその辺の自販機で買ってきた天然水がありますよ」
素で間違えたらしい。そして、恥ずかしかったらしい。水に流してほしいようだ。水だけに。
せっかくの申し出なので天然水を受け取る。なんと飲みさしだった。なんと嬉しい……が、いつどこから出た誰の金で買ったものだろう。コールの自費であることを心から願う。慈悲も願う。口に含んだ。
うーん、何だか妙な感じがする。
「ああ、飲み口にデスソースを塗っておきました。お気に召すとよいのですが」
「ジヒイイイイッ!」
何語かも判然としない絶叫を上げて口の中に入った辛味を水と一緒に排出しようとする。ああ、めちゃくちゃ辛い物を口に入れたとき、人ってほんとにヒイヒイ言うんだな。
「べッ!べッ!ゲホッ!ゴホッ!うげっ!何してくれてんの!?」
「神の怒りレベル1です」
つんとそっぽを向く。祟られたらしかった。無力な人間としてはただ、慈悲を願うしかない。辛いところである。
夏の陽光にきらめく二つの刃が目に痛い。まぁだやってんのかあの二人。口の中が辛い、というより痛い。まぁだ効力を発揮するのかデスソース。
渋い顔をしていたら、肩をポンポンと撫でられた。
「神の慈悲レベル1です、お召し上がりください」
「ありがとう!うちはハゲ神を信仰してるから拝めないけど!」
「無毛協会からの勧誘は『うち、魔神教なんで』と言って断っていましたね」
願いは届いたようだ。今度は新しいミネラルウォーターのボトルをくれた。口の中をぐちゅぐちゅして、どうしたものか一瞬迷い、飲む。
「むー、細かいよ。そもそも宗教とかキチガイの集まりに参加してやる義理はないんだよ……ていうかレベルとかあんの?」
「怒りも慈悲も99に段階を分けており、相手のステータスによって変動します。あと、神的に宗教全否定はきついです」
神はゲーム脳だった。知ってた。
「……そういえばコールさん神様なんだっけ」
「私はコスプレの不審者ではありませんよ、もちろん」
地味に気にしていた。殺伐とした剣技の応酬を肴に、しみじみと水を飲む。ひりひりする口内の粘膜が冷却される。ああ、おいしい。
コールは例のデスソースボトルの水を飲んでいた。辛くないのかな、あれ。デスソース塗ってなかったっけ?
「ねーねー、あれさ、通報される前に止めに入ったほうがいいと思う?」
「放っておいてもいいと思いますよ。ユングはともかく、ロランはわきまえているはずです」
「だといいなあ」
十中八九そうなるだろうが、そうならなかったら精神的なダメージが大きい。一人悶々と頭を抱え、結局追憶に逃げた。