君の知らないほんとのこと
サブタイトルネタ切れになってきましたね。ポエミーになってきたらおしまいだ。
本編です。この前の「桜散る剣仙」でもやってるあなたも大丈夫。ここから何話かかかって説明していきますよ。
素直にレイピアを抜く助手を見て、イルマは苦い顔をした。戦闘狂め。あとで泣くまで叱ってやろう。出していたサーベルをしまう。
「結局こうなるか」
見つけた後の交渉事とは、この剣士、ロランとの軽い手合わせだ。
宿なしのおじいさんにしか見えないこのロランは最良の剣法とうたわれる御神楽、その御神楽の中でも最強と名高い楼蘭流の継承者である。あまりにも名高いため、挑戦者が来なくなってはや45年。
せめてもの刺激を求めて用心棒になろうものなら襲撃者が消えて町の治安が三割増す。そのため欲求不満だという。
それがある時、どこかの実存に「なら、仕事を受ける条件に軽い手合わせを組み込んではどうか?」と言われぴこりーんと閃いたらしい。以来、彼に仕事を頼む際には軽い手合わせが条件になった。
どこの魔導師か知らないが、余計なことをしてくれたものだ。本当にいやらしい手口である。どこがと問われれば、そりゃあ山ほどあるのだが、一番はやはりこれだろう。
いくらロランが、軽い手合わせ、と言ってもそれは高名な書家の言う、拙い落書き、を思ってくれればわかるように、素人か、ちょっとかじった程度の経験者からはちっとも軽くないし手合わせというより殺し合いにしか見えないのだ。
手合わせに、実際に身を投じてもそうである。
ここまで来てわかるように、ロランの言う手合わせとは単なる勝負よりは模擬戦に近いものなのだが、哀れな挑戦者の側ではそれをいくら承知していても本当に自分の命が奪われようとしている風にしか感じられない。
出す殺気も、使う技も、どれもが本気ではなく達人すら惑わす精密なイミテーションに過ぎないのだが、そんな精密な偽物と、見たことのない本物と、素人にそれが判別できようか?
絶妙に加減して、殺さないようにはしてくれるとはいえ、殺される恐怖を実物に近い形で引き延ばして味わう羽目になる。
だから、あの拷問じみた捜索のあとのこと、つまり手合わせのほうはイルマが受けるはずだったのだが、あのバカは死神を降ろした時点でも全くそれを理解していなかったらしい。
「死神さんを真っ二つにしたのはロランさんって、有名な話なんだけどなあ」
「ええ、できればリアルタイムで見たかったです」
魔神言うところのリアルタイムで見ていたフロストによると、当時レジスタンスで保護していた幼女が本をこっそり見て死神を召喚してしまったのがそもそもの原因だという。
もちろん彼らはすぐにこれを発見して幼女と一緒に頭を下げ、ライトに召喚が手違いであったことを説明し、酒宴を開いて帰ることについて快諾させた。
子供と老人が好きすぎて冥界に連れて行ってしまうような優しい女性の神だからここまで特におかしなところはない。
何事もなく終わるはずだった。ロランが酒に酔った勢いで刀を抜くまで。
それはもう、酔いに酔って前後もよく覚えなかったくせにフロストが人生で見た中でもっとも美しい太刀筋だったという。
居合切りのような型であっという間に出た刀身が鞘に納まり、刃の軌跡が辛うじて網膜に残る光で確認できた。逆に言うと神が真っ二つにされても、すぐには何が起こったのかわからなかったのである。
以来、ロランは死に嫌われ、老いて死ぬこともおそらくはなく、ありとあらゆる世を捨てて、山にいないだけである種仙人のような暮らしをしている。
酒飲んだりタバコ飲んだり、凄腕の剣士とは思えない状態だ。
正直、かつて彼に助けられたイルマでさえも公園の隅にぽつねんと座っていたらただのホームレスとさっぱり見分けがつかないのである。しかも当時は施設を飛び出したばかりということもあってか(多分ないと思うが)剣士とも思わなかった。
このことが、死神を降ろせば彼の居所をつかめるということの説明にもなるかと思う。
今、よだれでも垂らしそうな恍惚とした表情で駆け回っている助手には説明にならなかったらしいが。