捜索中。
着替えたユングと魔神を連れて、街を歩く。右に一歩、左に一歩とうろうろするたびにユングの表情が変わる。
「こっちに行くと痛いです……やめて……痛い……痛いよう……」
「じゃあそっちだ」交差点を曲がる方向が決まった。「コールさん、逃げないように捕まえといて」
「承知しました」
すすり泣くユングを引きずるようにして街を歩く。平日の昼間とはいえ世間的に長期休暇の真っ最中。周囲の人々が怪訝な顔でこっちを見ている。だんだんと気にならなくなってきた。拷問?ああそうだよ拷問だよ。もう好きにしやがれ。
さて、この状況を説明するには30分ほど時間をさかのぼるほかあるまい。この時まだ奇妙な三人組は朝顔ビルヂングの前でうだうだ話していた。
「頼むよユング。君の力が必要なんだ」
胸の前できゅっと手をすくめて瞳をきらきらさせ、請願する。イルマとしては実に珍しい眺めだった。SSRのつきそうなこのシチュエーションにもユングはいやいやと首を振る。
「嫌ですよう。大体、先生がやればいいじゃないですかあ」
「私は見つけた後のことを、交渉事とかをやるから、君が見つけるまでを担当するのさ」
ぎぶあんどていく!力説するも響かないようだ。久々にフルバージョンのコールがそんな二人を特に光っていない金の目でニコニコと見つめている。
「それに、どうして魔神様がいるんですか。もちろん僕は魔神様と過ごせると言うだけで文字通り天まで登る豚の気持ちですがねえ、喚ぶのだって魔力を消費するんでしょう?特に使い道がないのに喚び出してどうするんですか」
「コールさんは君の通訳だよ。私のコルヌタ語と、君のコルヌタ語、時々違う気がするからね。常識人のコールさんにそのずれを埋めてもらおうと思って」
コールの顔がちょっとにやけた。嬉しかったのだが、彼に背を向けているイルマには伝わらない。
「おやおや、私は常識人でしたか。これは異なことを」
「比較的ね」
なんか否定形だったのでやんわり否定しておいたらアホ毛がしんなりした。玉ねぎに火を通したみたいだ。何がいけなかったのかよくわからないけど放っておいてもいいだろう。
崇拝しているはずのユングにも睨まれていない――後で聞いたら、「魔神様がそのやり取りを楽しんでいらっしゃるようなので」とのことだった。
「だって痛いんですよ、あの神様降ろすのは」
本業のはずの神聖術師はまだ渋っている。
今回彼に降ろしてもらいたいのは死の神、ライト。女の神だが、女神とは呼ばれず死神と呼ばれている。大きな鎌を持っているが、わざわざ下界に降りてきて人の魂を刈る……わけではない。
生き物が死ぬ原因と事象を振りまき、魔物も動物も分け隔てなく死の世界へと誘う神である。50年前まで召喚することもできたが現在は喚んでも来ない。しかし術者の体に降ろす方なら可能だ。
もちろん、『分け隔てなく』死へと誘う神なので本来人探しには使えない。ほんの一部の例外を除いて区別というものを一切しない神なのだ。
「体の中心が、こう、一直線に……内臓も背骨も痛いんですよ?嫌ですよう」
「痛くないと困るのさ。コールさんに探してもらってもいいけど、さすがにそこまでやると目をつけられて別件逮捕されちゃうから」
ね、お願い。キラキラを四割増しすると、さすがのユングも口をとがらせて「しょうがないですねえ」と折れたのだった。よっしゃあ。これであの剣士を探せる。
神降ろしというのは、神の力の廉価版のコピー版のお試し版が一時的に手に入るものだ。
たとえばライトの場合、周囲数百メートルにわたり生き物の寿命を削ることができる、と言われていたが調べによると実際には削っているのは寿命ではなく免疫だった。つまり病気になりやすくなったり、病気が悪化しやすくなったりするのだ。
遺伝子に刻まれた寿命、テロメアを短くしているわけではないので、削られると言われている寿命も栄養をしっかり取って清潔にし、安静にすればやがて回復する。
たぶんちゃんとした医療もない昔はまさに『死神』だったのだろうが、清潔で食料も安定供給される現代ではこれで死ぬ人はまずいない。それでも、戦争になると使われることがあるらしい。ただの風邪で死ねる人が一部出るからだろう。
さてこの劣化神の力だが、術者の側でオンオフが可能だ。神を降ろしておいて、その力を使わないで放っておくことができる。降ろしておける時間内何もしないことができる。だから何だと言いたくなるが、だから人探しなのだ。
何を隠そうその結果が冒頭の拷問なのだ。
「うん、やっぱりあまり移動してなかったね。ユングー、もう解除していいよー」
小さな公園でのたうち回る少年に、何でもなさげに謎の許可を出す少女。その後ろでは中年のコスプレイヤーみたいなのが首をかしげている。
案件だった。どう見ても案件だった。きっと通報された。それが証拠にあとで職質を受けた。




