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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
緊急指令!働きながら引きこもれ
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家族の絆

 最近更新が遅いですごめんなさい。今回は本編ですごめんなさい。

 うっかりすると丸め込まれそうだ。イルマは席を立って、カウンターから外へ出た。

「わからない。わかりたくもない。それは正しくないって、ししょーが言ってたんだ。だから、私は従わない」

 少しだけ、エメトが驚いたような顔をした。今度は心底驚いたようだ。

 手を顎にやって、数秒何かを考える。手を離したとき、傷ついたらしい表情を見せた。演技でないとしたら久しぶりに見る本心だ。

「……僕の手を噛んだ飼い犬は、一匹じゃなかったのか」

「そうなるね。とっとと出てってよ。私はししょーほど我慢強くもなければ裏表もないんだ」

 引きずるようにしてエメトを立たせ、事務所の外へ押し出す。ゴーレムも自動でついてきたので一緒に押し出す。寄り切り、白星。

 五十路の政治家の体は、何だかぐんにゃりして力が入っていなかった。

「おいユング!浪の華撒いといて!あと鍵屋さん!もうちょっと厳重なモデルにするんだッて言ったらわかるからさ!」

 ぴしゃっとドアを閉める。すりガラスの向こう側で、影はしばらくゆらゆらしていたが、帰っていった。

 帰れ帰れ二度と来るなバーカ。悪態をつきながら壁の穴を見る。ちょっと深いかもしれない。めちゃくちゃパテいるじゃんか。でも焦げた壁紙はそろそろ貼り替え時だったんだ、惜しくない。

 一つ気になることがあるとすれば、師のことを出したときの反応だろうか。

 エメトはエメトであんなではあるものの、どこかで師を信じて、愛おしんでいたのだろう。我が子のように。

 彼がああいう性分でさえなければ、ともに死んだ家族を悼んで、傷を埋めあうことはできずとも舐めあうくらいならできたのに。

(死んだ家族、か)

 三人とも血のつながりはきっとないけれど、あの関係性は家族と呼んで差し支えなかった。ヒトの家族というよりも、家族単位で構成された獣の群れに近いが、絆は絆で、獣たちをつないでいる。

 しかしもう生きてはいない。いくら傷が生々しく、どこにでも面影を見いだせて、今でもすぐそばにいるように感じられるとしても、死んだ者は死んだのだ。

 もういない。どこにもいない。

(そうなんだよ、死んだんだ。ししょーは)

 瞑目し、胸の前でぎゅっと両手を握る。

 奇しくもそれは祈りのポーズに似ていた。死者への祈りだ。だから、膨らんだカーテンの向こうには誰もいない。あれは硝煙の香りを逃がすために開けた窓から風が吹き込んでいるだけだ。

 幻影を打ち消して前を向こう。

「先生」

 だって、もう弟子じゃなくて先生だから。笑顔を作って、振り向く。

「なあに?」

「鍵屋さんにはもう連絡したんですけど、ナミノハナって何ですか?」

 スリッパと事務所の床の摩擦係数がゼロになった。つるりーんと見事に滑って転ぶ。痛かった。

 しかし、そこからか。そこからなのか、ユングよ。古風なおうちの方には教わらなかったのか。ぼーんぼーんと響く頭痛は生の証。

「……塩のことだよ」

「ああ!そうでしたか!お塩なら撒くって聞いたことあります!食塩でいいですよね?」

「あーうんそれでよろしく……」

 決心が鈍った。やっぱり駄目っぽいよししょー。私を導いて。

 当日中に鍵の新調は成った。安心安心。


 数日後、エメトからの依頼が入っていた。内容は暗殺ではなく、人探し。

 SPをうっかり殺しちゃったからしばらく護衛が欲しい。でも弟子ちゃんは護衛とか苦手でしょ。絶対こいつなら間違いないってやつを連れてきて、とのことである。

 意外にまともな内容なので了承した旨を伝えた。

 何しろエメトが妥協するのは史上初の出来事なのである。懲りたととるか、懐柔しに来たととるか。何とも見極めづらいが、とりあえず受けた依頼を完遂して明日の糧を頂戴しよう。

 幸い人脈は狭くない。魔界生まれもいるから魔族だって頑張れば紹介できよう。

「護衛要らなくないですか、あのひと。だってプロをうっかりで殺すんでしょ?」

 その魔界生まれはドア越しで、面倒くさそうに唸るのだった。

「今日は祝日です。国民の休日です。僕は一日寝ます、ご飯はドアの前に置いといてください」

 引きこもりかお前は。

「まあまあ。世の中にはあのおじさんをワンパンで沈める御仁が少なくとも4人はいるんだから、勝てる相手はごまんといるだろうさ。それにね、人を殺す時戦う必要は必ずしもない」

 慰めると同時に興味を示しそうな事柄を示す。ドアの向こう側で耳を澄ます気配がした。ほくそ笑む。だんだんとこいつの扱いもわかってきたのだ。

「例えばさ、私で考えよ?確かに戦って勝つことを考えるとユングには難しいよね。でもさ、戦わなければどうよ。1キロ以上向こうのビルから銃で私を撃てば、別に私と戦う必要はないよね。ご飯に毒を入れるってのもありかな?あとは毒電波とかでゆっくり精神を病ませて首吊りでもさせれば近づく必要すらなくなるんだ。寝込みを襲って、頚椎に一撃しても殺せるじゃん。お医者さんを買収して何かの手術の時やばいミスをしてもらうってのもちょっと現実感なくなるけどありでしょ」

 もちろん本当にやられたら困るけどね。はあ、と感嘆の吐息が聞こえる。よっしゃ、つかみは上々。あとはししょーの受け売りだ。

「人間でも魔族でも、生き物なら絶対死ぬんだから。呼吸を阻害すれば死ぬ、心臓をつぶせば死ぬ、脳幹の機能を停止させれば死ぬ。とにかく死ぬんだよ。で、これを実行するのに戦闘という手段をとる必要はどのくらいあるかっていうことを考えると幸せになれるよ、……あとね」

 〆の前に助手が出てきた。髪もぴったりくくってスウェットもちゃんと鎧じみたあの服に着替えている。イルマは哀れで眉間にしわをよせ、ユングは驚いて固まった。

「あとね、今日さっそく始めるわけじゃないから休んでいいよ……って言いたかったんだけどな」

 ドアの前の少女は、パジャマ姿だった。

「……もっと早くに言ってほしかったです」

「ごめんね」

 二人が人探しに乗り出したのは二日後のことになる。

 絆…動物をつなぎとめる綱、の意で使用させていただいております。

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