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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
愉しい、日常
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天国への扉

今回も回想は入ります。回想シーン苦手な人はごめんなさい。基本的に日常と若干のバトル要素と思い出でできた王道ファンタジーなので仕方ないのです。

「あの、イルマさんって」イルマでいいってばよ。アロイスで本日二度目である。「……ユングさんと、その、付き合ってるんですか?」

「はあ?なにそれあり得ないんだけど」

 驚きのあまりやくざな返答をしてしまう。してから、この場に居合わせているユングに気を使って、好きな人他にいるもんと付け加えてフォローしておく。好きな人?ししょーとかししょーとか、あと付け加えるとしたらししょーとか。

 大体十代には興味が無いのだ。三十路に差し掛かってから出直しやがれ。

「え!?誰ですか!?」

「教えなーい」

 しかしユングが今16歳として、三十路になったらどんな感じになるのだろうか。考えたこともなかったが考えてみる。まず黒髪は白髪が混じるかどうか。顔が丸くてけっこう童顔だから、……40過ぎたくらいの方が好みだ。

「ユングさんは?」

「先生にそのような不純な感情を抱いたことはありませんねえ。恋愛感情などというものはまず拳で語り相手を完膚なきまでに叩きのめしてからの話でしょう」

 出た、魔族理論!

「……本音は?」

「あと20年歳を食って巨乳熟れ熟れ女教師になってから出直してください。……ちょっと、何を言わせてるんですか。性癖だだ漏れじゃないですか」

 ここにも仲間がいた。誰もいないときに恋バナで盛り上がれるだろう。誰もいないときに限るが。

「ちょっと待ちな、34歳だったら子供が生まれる最後のチャンスじゃないか。ラッキーで二人が限界だぞ。子孫はどうするんだ」

 ヨーゼフが話に加わってきた。ユングの眼鏡が不気味に光る。

「正妻と妾がいればいいのでは?」

「……!?やはり、こいつ天才か!」

「馬鹿なこと言ってんじゃないよ馬鹿ども。」そう言った時の彼女は実に冷めた目をしていたという。

 さーっと潮が引くように丙種の三人が距離を取った。

「あ、そ、そういえばこの後仕事入れてたっけ……」

「ソッかあ。がんばッテねエ」

 そう言って微笑みかけるとダッシュで駅の中へ姿を消した。ふん、軟弱者め。

「そもそもさあ、ユングがその顔で結婚さらに不倫できると思ってるのがすごいよね」

 しっかり特徴ある眼鏡と言ってもクール系でなし、可愛い系でなし。童顔寄りと言って美形でもない。

 見事な黒髪と言えばそうだが肩に着く程度の長さを地味にまとめて縛っているから印象は少ない。背も高くはなし、低くもなし。これは、並みとかそういうのではない。

 すなわち、微妙。

「やだなあ先生、もちろん冗談ですよ!先生を女性として意識したことは確かにないけどね。そんなことより遊びましょう」

 ごしゃあっ。軽く、本来なら『からん』とでも表現すべき手つきで放り出されたユングの杖はコンクリートにそんな音を立ててひびを入れた。マントも脱ぎ捨て本体はすうっと腰を落としてファイティングポーズをとる。お、やるか。イルマも杖を置いてマントを脱ぎ似たようなポーズをとる。

 組み手の時間だ。

「さあかかってきなよ!戦闘職でも戦士でもないとはいえ、ししょーに基本は教わったからね!自信があることもないかもしれないよ!さあ胸を貸したまえ!」

「あんまり自信ないんですね。寸止め試合にしましょう」

 師はかつてイルマに組み手の他サーベルも教えた。教師である彼の体力が持たなかったこともありどちらもせいぜい護身用程度である。しかしながら事あるごとにストリートファイトとでもいうのか、喧嘩をよく見ているから簡単には押し負けないはずだ。

 師と本気で殴りあっていたのはせいぜいあの警察の人くらいだろう。彼は実存の魔導師を心底嫌っていた。

「嫌ってなどいない」苦虫を百匹単位で噛み潰しているみたいないつもの顔で彼は言った。

「私は仕事上ストレスがたまるのをこいつを殴って発散してるだけだ。サンドバッグと違ってやり返してくるから鍛錬にもなるし、何より屑だから殴ってもまったく罪悪感を覚えない」

 そして彼、エバンズ警部補――今は昇進して警部だったっけ?は、頬に飛んだ返り血を拭う金髪の男にこら、誰のために来てやったと思ってるんだ屑と怒鳴った。面倒くさそうに師が振り向く。

「殺しの捜査をするためだと思っているが、違うのか?頑張れよ」

「ああ間違いない。お前がその犯人であること以外一切間違いない!」

 事件現場に付き物の白い線は、トマトが潰れたような物体を不定型に囲んでいる。十分前にはこれが人型でイルマに銃口を向けていたなんて想像ができるだろうか。

 捜査員の何人かがトイレに駆け込んでいった。忙しい人たちだ。リンゴを剥きながらそんなことを思った。大分うまくなったように思う。

「犯人?……よせ、俺はただいたいけな弟子を凶弾からかばっただけではないか」

 これがちょっと少女漫画よりなら光るシャボン玉みたいなエフェクトや花弁が飛びそうなくらいのシャイニングスマイルで真犯人は答えた。エバンズのこめかみに血管が浮く。「正当防衛だぞ?」

「……おい、何人目だ。そいつで今月何人目だ。言ってみろ」

「38人目だな。実に痛ましい」

 確かにその通りだがこのときの「実に痛ましい」は薄っぺらかった。一体どこの化学工場でなら作れるのかと思うほどの長極薄フィルムだった。

「いいか?これは立派な連続殺人なんだぞ?しかも今私の目の前にはホシがいる。証拠もそろっている。今ここで手錠をかけるだけだが」

「あまり意味ないぞ、俺には責任能力が無いと判断されてすぐ娑婆だからな」

 どうしてもって言うなら止めないけどと言いながら中指を立てた。

「余計な心配ありがとう、でもお前が検挙できたらすぐにでも第二宇宙速度で出世だぞ」

 そう何回も素通りできると思うなよと親指が下がる。

 また始まったよ。今度はどっちに賭ける?捜査は一時中断して賭博の時間が始まった。勝率はどちらも五分五分だというがかたや病人かたや健常者。弟子のイルマとしても迷うところである。

 結局警部補に20カウロ、日本円にして千円賭けた。

「訴えるまでもないわッ死ね外道!」

「待望の二階級特進と入籍だ……喜べ!」

 ちなみに二人は最後まで殴りあうだけで本気で互いを殺そうとはしなかった。

 末期患者はともかく警部補は、あれは今でいうツンデレだったのだろうか。最近久々に会ったら気分良く殴れる相手がいないと嘆いていた。

 そういえばこのとき勝ったのは魔導師だった。

「ちぇ、ししょー負けてくれたらよかったのにい。20カウロがパーだよ」

「ふふふっ、いい知らせだ。……お前の小遣いは来月から30パーオフ、と」

 ……今のイルマは38回死んだ。

 仕方ないのだろう、あの異様に重い杖を振りまわす二つ上の男である。魔物の血も混じっている。体格からして違う。でもイルマだって17回はユングを殺せたのだ。善戦したと思う。

「疲れたあー。ユングって強いんだねえ」

「いえいえ、格闘はそもそも魔族の得意分野ですから。祖母と領地の防衛もしてましたし。僕に10回以上勝てたのは祖父を除けば先生だけです」

 へえおばあちゃん何してるの。

 何気なく聞いた。そのあとでどこかの魔王に仕えているのかなと思う。魔界は連邦国家に近い仕組みになっている。茫洋と広い大陸と周辺の島々に魔王と呼ばれる何体かの強大な魔物がいてそれぞれの領地とその中の魔物たちを治めているのだ。

 治めているとは言っても魔界だけあって日々侵略や奪還が繰り返され境界は世界地図すらまともに描きこむのを諦めた。

 パスポートなどは魔界に入る時と出る時だけで、内部の領地はフリーで通れるようになったらしい。統一しての法律などは一切ないが魔王たちが各々でルールを決めているのでそれに従って行動するのが暗黙の了解となっているという。

 そして、魔王含むすべての魔物たちは魔神と呼ばれる至高の存在につき従う。

「祖母は領主です。最初は母方の祖父だったけど彼は死んだので」

「ふうん……そうだったんだ」

 イルマと契約している魔物たちの中に、領主と自他ともに認める女怪がいたような。まあいっか。

 そうこうしていたらフロイトとゾンビーズが帰ってきた。ちゃっかり洞窟の地図まで描いてくれている。確かに魔物が多いことで有名な山に通じていた。どうやら最近地震で繋がったらしい。

 何で埋めてこなかったのと聞いたらフロイトはちょっと困った顔をした。

「少し、ここの自治体とも話さないといけないことになってるんだ。通じてる場所が、実は……」

「なるほど」イルマは脱いでいたマントをきっちりと着て杖を取り上げた。

「ユング、市役所に行くよ。次の仕事には十分間に合うでしょ?あと『向こうの』自治体の人も呼ばなくちゃね」

「あ、はい!」これは予測以上の収穫だ、と思った。ちょっとニヤッとする。

「でも、バス三時間後だから次の仕事に間に合わないですよ?」

 うっ。それは計算外だった。だが迷わない。フロイトを天国に返しゾンビ四人衆を土に戻して杖を振り上げる。飛ぶから大丈夫なのだ。少し魔力を多めにこめて、ちょっとだけ大げさに召喚する。

「――出でよ大魔神、コール」


 空色の花が、永遠に変わらない新緑の中で咲き誇っている。そこに男が一人しゃがみこんで、地面に置かれた箱メガネのようなものを覗き込んでいた。

「また現世の観察かい、フロスト」

 いましがた戻ってきた兄に呼びかけられてやっと彼は顔を上げた。

 兄弟おそろいの見事なプラチナブロンドが微風に揺らめいた。この弟は夭折した兄と比べてずっと長生きしたうえ硬派だった。そのせいかフロイトとは一線を画す精悍な顔立ちをしていた。

 過去形。

「ああ……今の世界にも、有望なロリショタはいるものだと思って」

 だって死んでるから。

「私が捨てた国にも、の間違いでございましょう皇太子殿下。ううん、元か」

「やめてくれ、お兄様。あの頃から思っていたのだがその呼び方は痒い。それに今の世界にも、で違いない……私の所へ来た魔導師どもはどいつもこいつも奴隷人形としても二流のゴミばかりだったのだ」

 そりゃ君と比べたらね。フロイトは苦笑してその隣に腰を下ろした。太陽とガラス玉を比べるようなものだ。

「正直、いい風評被害だからとっとと辞めてほしかった。やっぱりあの時私がそのまま……」

 弟の発言に、フロイトは眉を寄せた。聞きたくない。かつて自らがすべてを託した弟が、弟自身の選択を後悔するような言葉は聞きたくない。

 それはフロイト自身の生涯を全否定するのと同じことだ。いや、この国の選択、当時の2000万の国民すべての否定だ。

「――そろそろ女神さまが巡行に来るんじゃないの?見なくていいのかい」

 露出が多くて眼福だよ!フロイトが鼻血を吹いた。鼻の血管が弱かったのだろうか、生前もよく鼻血を出していた。

「女の形をした肉塊を見て何が面白いものか……。そんなことより、お兄様には聞きたいことがある」むに、と兄の頬をつねった。「実存の魔導師。知っているか?」

 しららい。首を振ったら頬の肉も伸び縮みした。たまたまフロストの指が滑って外れた。

「私は生きているうちに会うことはなかったが、奴は消具を使うという。この意味が、わかるな」

「いてて、まるで尋問だよ。お兄様をお前に変えたらパーフェクトだ……つまり、僕や君と同じように具現化の魔法を使えるってこと?ないない、そんなのいるわけないじゃん。噂は噂。君だって確認したわけじゃないだろ?」

 だと、いいのだが。暗い顔をして、彼は地上で腰を抜かしてへたり込む孫を見つめた。

少しばかり主人公が下衆いようですが問題ありません。こんな性格に育っちゃったのは、そうねししょーのせいでもないのですね。ユングがいけてないのもおじいちゃんのせいではありません。私個人は、たった一つの出来事だけで人が劇的に変わることはないと思っています。

……まだ出てきていない神聖大陸の皆さんに言わせれば、イルマもユングもししょーも、みんな人間ではないのですがね。

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