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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
緊急指令!働きながら引きこもれ
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髪結絵巻

 地獄でも本編です。

 当初は美容室に行く予定だったが、上官がなら切ってやろうかと言ってきたので家の中で切ることになった。ニーチェは今風呂場にちんまり座って髪を切られるのを待っている。

「うーん、長いとちょっとガタイのいい女の子に見えてくるんだよな」

 上官は鋏を持ったままじろじろと金色の後ろ頭を眺めている。じっくり眺めたことはなかったからあまり気づかなかったが、これはまた伸びたものだ。肩甲骨のあたりまで届いている。括りもせずおどろ髪のままでいたわけだから相当邪魔だったろう。

「短くしても今度は髪の毛が逆立って少年漫画の主人公みたいになるから……」

 似合うだろうけどこんな少年漫画の主人公は絶対嫌だ。そんな風にはしない。一人で頷く。裸の背中がぴくっと震えた。

 何か言いたいことがあったが、後ろを取られているうえに丸腰で相手が刃物(鋏)を手にしているのが効いたのだろう。

 天使や鬼は魔法を使えない。それは上官も同じことだが、だからって魔法が使えてリーチが大人並なだけの零歳児がかなう相手ではない。向こうもそれは知っているわけだ。

「二つの間をとるかなあ。どっちにしろ前髪は切るか。邪魔そうだし」

 鋏を持ち上げてしょきっと鳴らしたところで手を止めた。ちょっと待て。最終的にどうするかよく考えてから鋏を入れようぜ。今度は鋏を目の前の後ろ髪へ近づける。

 毛束を掴んだところでアッと思って風呂場から廊下へ半身を乗り出した。髪を引っ張られる形になったニーチェが小さく呻く。

「ジール!輪ゴムと新聞紙持ってこい!今すぐだ!」

 指示をとばされている彼女は今、嫁入り前の娘らしい謎の初々しさを発揮していた。両手で目を覆ってこっちを見ないようにしているのだ。娘って年でもなかろうに。上官の気分の中で何かが激しく萎えた。

「は、はい!?ゴキブリですか!?」

「そんなもんじゃない!」

 虫と違う!赤ちゃんの髪の毛は筆が作れるんだ!という意味である。出来の悪い部下は当然察してなどくれなかった。

「わかりました、今から火炎瓶を作ります!」

「ハァ!?」ここまで耐えていたニーチェもこれにはツッコんだ。

「なぜ過激な左翼の武器を持ち出す!?子供の髪を切っていたら武器が必要になるのかッこの家は!大体新聞紙と輪ゴムって何だ!?俺に何をする気だ!?」

 ここまで来て上官は我に返って、筆が作れることをこんこんと説いた。しばらくしてジールが新聞紙と輪ゴムを持ってきて、散髪は始まった。

 まず毛先から6~7センチを慎重にまっすぐ切り取る。毛束を新聞紙に、同じ向きに置く。繊細な金糸を輪ゴムでまとめて、新聞で包む。

 髪を束に分けて、頭頂部にクリップで留める。ちょっと古代の女性の髪型みたいになった。

 鋏をしょきしょきと動かすたびに切箔・砂子のように濡れた浴室の床に貼りつく髪。床はどこにでもありがちな灰色のタイルだが、それがいいのだろう。満点の夜空のようで、ティッシュで包んで捨てるのがもったいないくらいの眺めだ。

 毛先を梳くようにして切り進んでいく。結局そんなに短くしなかった。まあまあ長くはあるが、肩に毛先が触れないくらいに留める。よく梳いて軽くしておけば、髪自体の癖でふわふわとうねりだす。

「……何かかわいくありません?」

 体を洗って髪を乾かし、服を着たニーチェを見たジールは開口一番こう言った。まさにその通りで、ニーチェに睨みつけられても何とも言い訳がしがたい。

 ふわふわの金髪に女の子みたいな優しい顔つきのコンボは当初の予想をはるかに超えて凶悪だ。ごつごつした角に紫の血管が浮いてても、明らかに殺意を持ってこっちを睨んでいても。

 おもむろに手を上げて、わしゃわしゃと分け目をいじってみる。ぴくっと小さな抵抗があったが、基本的に上官には従うことにしたようで微動だにしない。

 さっきはとくに分け目を作らずに放っておいた。つまり、左側に一本だけある角に押し分けられたような状態だった。今回は真ん中で分けてみる。

「うん、かわいいな」

「かわいい」

 次はリボンをかけてみようか。いや、そこまでやると首から下との整合性が取れません。いくらかわいくても限界があります。それがいいんじゃないか。ずれが気になるんならさらにメイド服でも着せようぜ。

 きゃっきゃうふふと検討が行われる。本人たちにそんなつもりはないのだが、どう見ても親バカ夫婦の図だった。

「いい加減にしろ」

 30分後、女の子のようにあれこれ飾られて遊ばれているニーチェが死んだ魚の目をして言った。服装がジールの持っていたワンピースにチェンジ。むろん頭も無事ではない。毛先はくるくるに巻かれているし、角の脇には造花のついたピンが刺さっている。

 何とも面白……否、無残であった。

「男だから女だからのジェンダーはもう最近では通用しないが……少なくとも俺はこの格好で外を歩こうとは思わんし今以降一分一秒たりともこの髪型でいようとは思わん。もう自分で切るからほっといてくれ」

 自分で自分の髪型を整えた記憶もある。できなくはないだろう。駄目なら最悪剃り落とせばいいのだ。それも駄目なら……もうどこかの屋上から飛び降りるしかない。朝顔の鉢を想起する。アイデンティティの危機という毒はかなりの即効性があった。

「いや、その理屈はおかしい」

「どこがおかしい?」

 上官は非常にまじめな顔をしてニーチェの顔をじっと見た。

 こうされると、隠れコミュ障であるニーチェにはもう打つ手がない。どぎまぎしながら相手を見つめるだけだ。まるで蛇に睨まれた蛙である。

「まず俺たちはそのかっこうでお前を表に出す気はない。それはただ遊んでいるだけだ。安心していい」

「い、いや遊ばれている時点で、何かがおかしいのだが」

 言い返す減らず口もしどろもどろでいつものようには響かない。かわいいマドラスチェックのワンピースを着せられている時点で何をかいわんやだが威厳は完全に失われていた。

「次に」

 びびっとニーチェが震えた。上官は逆に謎の威厳を大量にくっつけてきている。どこで拾ったのだろう。

「お前は子供だ。子供だから、大人である俺たちにはほっとくという選択肢がない。構って構って構い倒す」

 言っている内容はどこに出しても恥ずかしくない大人のもの、さらに相手もひねた子供の結晶みたいな子供だ。たとえて言うなら世の中の感動的なシーンを大鍋で煮詰めているわけである。それを聞いた子供の側はというと、何かが抜け落ちた顔をしている。

「よしてくれ……何て拷問だそれは……」

 力なく首を振った。まるでゴキブリ風呂に突き落とされそうになっているような顔をしているが、まなじりに光る涙はきっとそういうことだ。上官はいたわるような笑顔を向ける。

「泣くなよ。これで最後だ。……そのかっこう、よく似合うぜ」

 コンマ二秒もしないうちにニーチェが世も末だと叫んで泣き崩れた。よっぽど嬉しかったと見える。

 髪を切る行為は自分でしているようでしていません。思ったようになってるようでなってないようで、うーむ。

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