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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
緊急指令!働きながら引きこもれ
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煮詰まる暑さ

 本編です。馬鹿が数名いますが、大丈夫です。

「つまんないとは、また」

 同日、同時。蝙蝠モドキの頭部を踏み砕いてユングが笑った。

 蝙蝠モドキ、その名のとおり巨大な蝙蝠に似た魔物である。さっきの人面鳥より一回り小さい。こちらはあまりおいしくないから犬の餌にされる。その昔は戸締りが甘い家などに入り込んで、四人家族を全員ミイラにしたというこれまた実に微笑ましい害をなす魔物である。

 窓や扉に鍵のついた近代に入っては家畜の被害が大半を占める。

「こちらは生き物の命を奪っているのです、それをつまんないとは言葉もあろうに。まさか楽しんでおられるのですか?」

「まさかあ。ししょーじゃないんだからさ……ん?」

 指先から飛ばした風と炎の弾丸で、また別の蝙蝠モドキの脳髄を撃ち抜いたところで、違和感に気付いた。鼻先を狙うと脳幹を一撃で破壊できる。いや、そこじゃない。

「どうかなさいました?うふふ」

 ユングは口元を手で隠して笑った。胡乱な目で睨む。

「君、いつもよりお上品な感じになってない?」

「あら、嫌ですねえ。僕がいつも品のない男みたいに」

 お上品というより、お嬢様だが、とにかくいつもと違う。そこまで考えたところでイルマは限界だった。もうどうでもいいや。こいつほっとこうよ。そんなことより目の前の仕事しよ?

 ぽふぽふと左手のひらに黄色なビー玉大の弾丸を十は浮かべて、一つ一つの形を細長く整える。簡単な細工だが、これだけでただ丸い弾より速度が出るのだ。あとは回転を加える。この魔法は撃ち抜く武器だから、弾丸は小さくても十分な威力が出る。

 ほぼ最初期に生まれた魔法の一つで、古くは矢の魔法、近世に入ってはより威力の高い方に合わせ銃の魔法と呼ばれている。曲射の利く矢と省スペースで高威力な銃の両方の性質を併せ持つ、さらにはある程度追尾する、何とも嬉しい初期魔法だ。

 しかし、他の初期魔法と異なり、魔力を多く込めればそのぶん大きな効果が得られるというものでもない。理想は発動するかしないかの魔力の込め方だ。魔力のコントロールが得意なイルマにとっては十八番中の十八番。

 つまり煩雑な手続きを別にすれば簡単かつエコロジーな魔法なのだ。イルマは細かい一連の操作を最初に叩き込まれているから条件反射ですべて一瞬でできる。よくずるいと言われるが、知ったことではない。

「だってもういい加減単調なんだよ」

 そうですか。何かの脳みそがこびりついた眼鏡をごしごしと少々荒っぽく拭って、ユングはふと言ったのだ。

「技名を叫んでみてはどうでしょう」

「技名ぃ?」

「はい技名です。バトル漫画のキャラクターは大体叫んでいるではありませんか」

 それを、現実に落とし込めばいいのです。邪気の全くない、ふざけてもいない、真剣な顔だった。

「君ねえ」

 さすがのイルマも呆れた。何を馬鹿げたことを、ごく当然のように言っている。

「疲れとこの暑さで、ニューロンを構成するたんぱく質が変性でもしたのかい?いつぞやの異世界原人じゃあないんだからさあ、現実と虚構の区別はつけなよ」

「脳みそはゆだってなんていません、もちろん生です。ただ、魔力は使用者の精神に多くを依存しますから。少しでも先生の気晴らしになれば、と」

 わーい手遅れだ。イルマは思わず、食べようとした刺身が腐っていた時の顔をした。夏は生ものがすぐにやられてしまう。食べ物かそうじゃないかに関わらず。

「……病院か、外国の阿片窟か、どっちか好きな方に行きたまえ」

「そんなこと言わないでください。僕は正常です。SAN値であふれたこの目を見てください」

 嘘をつけ。何がSAN値だ。お前の産地は魔界だろうが。背後から迫ってきた何かを見もせず杖で殴り飛ばす。この一撃で気絶してしまったらしい。もう飛び掛かってこない。

 あとで見たらこれは魔物じゃなくてなぜか全裸の痴漢だった。これらは、遺伝子上はどう見ても人間なのに人間には理解できないというか、馬鹿げた行動をとる。魔物の一種に分類したくなる生き物である。

 見たのは夕方になってからだから、救急車は呼んだけれどもどうなったか知らない。

「君が私のことをそんなふうに気遣うなんて、人格に大きな齟齬が生まれているとしか思えないね」

「先生の中で僕は極悪人と見えますね」

「どっちかというと極迷惑人だね」

「手元の辞書にそんな言葉はありません。誤用です。文章校正の対象ですっ!」

「そりゃそうだろ!私はこの言葉を今作ったの!私のオリジナルなの!辞書に載ってるわけがないの!っていうか何でこんなとこに辞書を持ち歩いてるんだ君は!わかった!実はつまんないんだろ!?君もつまんないんだろおッ!!」

 たぶん今までで一番甲高い声を出した。それが証拠にあちこちから人がちらっと顔を出して、窓とカーテンを閉めた。間違いなく、危ない奴と思われている。職業柄、マズイ。

 それ以前にビジネスリーダーである自分が冷静さを欠いて、どうするんだ。深く深呼吸をして、正気を取り戻す。

「……とにかくね、二次元の法則を三次元に持って来ちゃだめだから。ね?」

「でも煮詰まってるんでしょ?」

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