耽美な食卓
遅れました、本編です。おいしいものをおいしそうに書くということの難しさを思い知りました。
木製の、両掌に納まるくらいの木製の椀に、琥珀色の透明な液体が七分目まで満ちている。液体にはちょっと脳みそみたいな形に縮れた白っぽい物体が、しっとりとした艶を放ちながら、谷になる部分に灰色の影を落として半ば沈んでいる。
鮮やかな緑色の三つ葉が浮きつ沈みつ、彩りを加えていた。さらには白く立ち上がる湯気がきらきらと、夜の暗さによく映える室内灯の暖かい光を乱反射している様は主役を差し置いて素晴らしく、ため息さえ出そうだ。
――ここにおける主役とはなにか?
黄色っぽい肌色の、つやつやして柔らかそうな指が二本ずつ、五組になってぴたりと合わされる。食膳の儀式。たったの数秒間だが、どこか敬虔な趣を十分に備えていた。
だがこの手は主役ではない。
椀の左側にあるのは主食、白米。一つ一つの粒が立ち上がっている。盛られている茶碗も赤みがかった灰色の土の色を豊かに生かした見事なものだ。陶器の肌は少し大きな粒が混じって程よく荒らされており、素朴な温かみをもたらしている。
とはいえ……食卓の主役を、一番最後にここまで淡白に描写することもなかろう。
本日の主役は、白子のすまし汁である。
赤い箸が歪んだ真珠のような白子のひとつを捉えた。同時に椀が持ち上げられ、三つ葉が少しと出汁が白子と一緒にぷっくりと盛り上がった桃色の唇の中へと消える。少女はしばらくそれを口の中で咀嚼して、つるりと飲み込んだ。
綿混サッカー生地のパジャマの上下からうかがえる豊かな肢体。その年齢にしては乳房も大きく、全体にむっちりと肉付きがいいが、不思議といやらしさを感じない。
軽やかな栗色の髪は、濡れたような艶を伴って、雲のようにうねりを持つ柔らかくもコシのあるボリュームを胸元のあたりまで広げていた。少し顔を動かすたびに、栗色の光彩が躍る。
この美しい髪に囲まれた顔立ちも負けてはいない。彫りが深くて、長い睫毛に縁どられた淡い緑の瞳が大きく、血色の良い頬がふっくらとして、とても可愛らしい少女だ。
が、どうも少し、眉をひそめてむっとした様子である。
「……イマイチ」
どうやらすまし汁の味がお気に召さなかったらしい。向かいに座っていた少年も頷いた。後ろで一つに結んだ黒髪が揺れる。
「まずいって程でもないけど、何ていうか、大味なんですよね」
彼の前にもすまし汁の入った椀がある。
白く曇った眼鏡をスウェットの裾で拭いているところを見ると先に一口食べていたらしい。半袖だから、裾で拭いている。裾なものだからスウェットがめくられて、白い大理石の彫像のような腹部が覗いていた。
「うん。大きくなるのは可食部位だけでいいっての……味まで巨大化しやがって。でも一番救いがないのは、おいしくもないけどまずくはないっていうところだよね」
「どうしてですか?まずくないに越したことはないでしょうよ」
「話題にもならないから拡散もされないんだよ。観光資源にもなりゃしない……白子本来の味が一番生きるおすましにしてもらったんだけど、生きるほど味はなかったね。個体が若すぎたのかな?」
「いえいえ、あの大きさと年齢なら性的にはとっくに成熟していてしかるべきですよう。若すぎるってことはありません。そうだ」
少年は拭き終えた眼鏡を掛けて、隣ですまし汁をつついている死者に顔を向けた。彼がこれを調理したのだ。何かな?と爽やかな笑みが返ってきた。
「何か、変わったことしました?」
「なんにも。サラマンダーでする時と同じさ」
「やっぱり魔神様の設計ミスか……」
淡々と辛辣なセリフを吐きながら、白米とすまし汁を口に運ぶ。食べ残す発想はないらしい。それはこの国の人々の美点でもあり、汚点でもある。
おすましよりイルマの方がおいしそう(意味深)なんてね。