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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
蝉時雨
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最強VS最苦手

 回想です。夜中に自分の部屋にぽつんと立ってたら怖いのは、自分の思う最強の人物か、それとも最苦手な人物か?

 私は夜中に自分の部屋に人がいる時点でアウトです。

 逃した上客は緩やかに二、三歩カウンターの方へ足を進めたところでぴたりとその場に立ち止まった。鶴の首のように、しなやかに手首を返してソファを手のひらで示す。何とも言えない上品な仕草である。

「彼が起きるまで待たせてくれる?」

 はい、仰せの通りに。人を不安にさせるような虚ろな笑顔を浮かべて、カウンター向こうのソファに人形のように腰かける。しかし客は少女に対して特に何かを感じた様子もなく、カウンターの外側のソファにどっしり座って魔導師を鑑賞していた。

 鑑賞である。観察ではない。といってただ見ているのとも違う。美術館でどうしても気に入った品があった人のように、眺めている。決して持って帰ることのできない宝物。時にねっとりと、時に暖かく、細部を、全体をじっくりと鑑賞する。

 見たことがあるようなないような……疑問はまだ消えていないが、イルマはそっと視線をそらした。あまり相手をじろじろ見るものではない。

 客がほうっとため息をついたところで、魔導師が目覚めた。ふかっ、と鼻から変な音をさせて、ちょっと後頭部のあたりを気にしながら起き上がる。伸びついでにぼんやり部屋を眺めて、イルマのところで視線を一度止めて、ふんわり笑った。それから客に目を向けた。

 向けて。

「……しゃーっ!」

 野生の猛獣みたいに全力で威嚇した。

「うん、おはよう」

 客は相変わらず柔和に返す。噛み合っていない。絶妙に噛み合っていない。

 魔導師は何かのドキュメンタリーで流れていた、トラバサミで捕獲されて動けない、人間にトラウマのある獰猛な野犬みたいな壮絶な表情で間合いを計っている。

 客の男はちょうどこの頃放送されていた青春ドラマの主人公の、教室に入ってきた新任教師みたいにブロンドをぴたぴたと撫でつけて、ネクタイを整えた。柔和なラベンダーの瞳が野犬を優しく捉えている。

 どちらも、彼我の距離と相手の出方を計るという点では同一だった。両者はこの姿勢のまま、どれくらい火花を散らしていただろう?数えていたわけではないから確かなことはわからない。

 しかし、しかしである。

 二人が動いてから見た時計は、最後に見た時より分針が、目にも明らかに進んでいるのだった。

「セジャ!」

 さて最初に動いたのは客だった。セジャ。聞いたことのある言葉だ。どっかの国で王太子のことだったかな、とイルマが考えている間にクワガタの顎のように広がった両腕が魔導師を捕らえる。

 椅子が大きく揺れて中身が床に滑り落ち、悲鳴が上がった。

「寂しかったよ!あああもっと触らせて舐めさせて嗅がせて揉ませてもう離さないっ!」

「やめろ!離せ変態!触るな!重いからどけ!首が締まるッ!撫でるな!かゆい!」

 聞いたことがないほど切羽詰まった師の声と一緒に、ばんばんばんと床を叩く音がする。ギブギブ、ってしてるのかな。イルマにはまだわからない世界である。

「嫌だよ!だって締めてないと逃げちゃうじゃない。逃がさないよっ」

「わかった逃げない逃げない逃げないから放してくれ離れてくれ触らないで家から出ていって近づかないでくれ」

「僕が触れないと意味ないじゃない。僕はねー、セジャに触っていると、セロトニンが大量に分泌されてね。こう、どばーっと。頭がふわふわして気持ちいいんだよ」

 イルマの中で何かが腐り始めたのは、今にして思えばこの時だったのかもしれない。今になってそう思う。

「はあッ……快・感」

「やかましいわっ!脳内麻薬でラリるなら一人でやれこのジャンキー!官房長官様が青少年によくない影響を与えてもいいのかッ!」

「僕はホモでもショタ好きでもない。ただ君を愛してるだけだよ」

「俺は嫌なんだッ!」

 否、間違いなくこの方々のせいである。しばらくして魔導師は空しい抵抗をやめ、ちょっと虚ろな目をして客に引きずられるように来客用のソファに並んで座った。

 あえて、客ではなく師に質問する。

「……ししょー、この人だあれ?」

 あまり深い意味はない。ししょーをいじめる奴は許さないとか考えてもない。ただ、ほぼ絶対的な存在である師が本気で警戒する相手と認識したから自分も警戒することにしたのだ。

「ざっくり言うとコルヌタの政治家だな……いや、政治屋か、ふふっ」

「こらセジャ」

 天下の実存の魔導師がニヒルな笑みのままびくっと震えた。見苦しいを超えて哀れである。客は微笑みをいささかも崩さず、優しく叱るように言った。

 相手が怯えきっているが、本人は優しく叱っているつもりだ。

「そんな言葉づかいをしちゃ駄目だよ。ちゃんと紹介してあげなさい」

 ちらちらと藤色の瞳が瞼の間を泳ぐ。茶色いカーテンが半分まで閉まった窓。客が入ってきて閉めたドア。玉すだれを降ろしてある奥の、上への階段。

 なぜ最初が彼から一番遠い窓かはともかく、何をしているのかすぐに分かった。逃げ道を探しているのだ。

 でも何で逃走経路で最初に思いつくのが飛び降りなんだろう。本当に逃げたいのは現世からだったりして。わーい核心を突いちゃったぜ。

「……じ、自分でやればいいのに」

「この子はお前に質問したでしょ?」

 いません?よくよく考えたら自分の方が強いのに逆らえない相手って。

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