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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
蝉時雨
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春眠不覚暁

 遅くなりました。本編ではなく回想です。地震怖いですね。

「魔界占領下って何?」

 眠くなりそうな春の昼下がり、眠くなってカウンターに突っ伏している魔導師を揺さぶってイルマは聞いた。

 男は一声唸って億劫そうに身を起こす。ぱちぱちと数回大きく瞬きをして、椅子の背もたれによりかかる。もう半分眠っていたらしい。あくびを噛み殺して、少女に向き直る。

「ん……、何だ?」

 しかも聞いてなかったらしい。イルマは仕方なく質問を繰り返した。答えてもらうのが最終目標で、そのためにはまず問いを発さなければならない。当たり前のことだ。

「だーかーら、魔界占領下って何?」

 子供らしい他愛のない問いだった。これもまた当たり前である。どうしてこんなことを聞いたかよく覚えていないけど、クイズ番組か何かで取り上げられていたのだろうと思う。

 今にして思うと、しょうもない理由で病人を起こしたものだ。

「コルヌタが魔界に占領されていた時代のことだな。1000年前から983年前までを指す」

 教科書そのままみたいな内容が師の口から滑り出た。

 言葉がほとんど何にも引っかからずイルマの耳に入り脳に刺激が伝わるころには、師は再び机に突っ伏している。だるいらしい。

 しかし、すぐに眠ろうとしているわけでもないらしい。さっきとほとんど同じ姿勢だが、顔はこっちに向けていた。紙のように白い肌は血の色がほとんどうかがえない。

 だが、それはいつものことだから、気にも留めず質問を連ねる。

「何で占領されたのさ」

 この場合の「何で」は「何でそんなことをしたの?魔族ってひどい」ではなく、「何で人間界とか占領したわけ?魔族にいいことないじゃん」の「何で」だった。魔導師もそれは心得ている。

「よくわかっておらん……が、」

 女神の趣味なのか魔神がおかしいのか知らないが、人類は魔族より脆弱で労働に向かない。寿命も短いし、魔法だって、魔神を信仰している魔族の方がずっと上手い。労働力としては不適格である。

 さりとて頭脳労働の方も、いかがなものか。現代ならともかくも、1000年も前となると奇特な王様が短歌集を大臣に命じて作らせたり、疫病や飢饉で人が死にまくったりしていた時代である。それどころかちょっと前には超巨大な女神像を作っている。迷信深すぎるのである。

 とはいえ巨大女神は神殿とともに現代にも残っている。何度も焼失しかけて一部だけ残ったり、その直後に必死のぱっちで再建されたりしつつ、当時とほとんど変わらない姿をしている。

 だから技術力を否定はしないが、魔族からすれば何をさせるにももののわからない子供に言って聞かせるようなもので要領を得なかったと思う。

 占領してもまったく利益がない。

 まさにローリスクノーリターン。

「最初の方がどうも魔王の人間界侵攻と重なるらしいから、人類の危機感をあおるためにやったのがトラブルのあれこれでずるずると戦後2、30年続いたのではないかな?と言われている。強制労働もとくに課されず、ただ魔族に会ったらたまにチョコレートをもらえるだけだったそうだから」

 ロークスリノータリーン。謎の古代語を呟いて、眠そうな藤色の泉がこっちを見やる。

「外交のためのポーズってやつ?」

 ロー薬で脳足りんはあんたのことだろう、と思いながら言った。

「そうだ」

 ちょっとだけ嬉しそうに顔を上げた後、再び眠い魔導師はカウンターにうつ伏した。後頭部の頭皮が青白く光って、隠れる。むにゃむにゃ、くぐもった声でうんちくが続く。

「……一応、次に有力な説は『そもそもこの時代、コルヌタは魔界の一部の扱いだった』などと言っている。だったら今もそうかもしれ……」

 うんちくがすぴーすぴーと寝息に変わってゆく。

 日も高いうちから、まったく呆れたししょーだよ!憤慨して項に冷たい指先をぷすっと刺す。ううう、と抑揚をつけて呻いただけで起きなかった。

 熟睡コースだ。

「ちょっと、起きてよ。お客さんが来たらどうするんだい」

 師は答えない。寝てるんだから当たり前だが、イルマはその場で足踏みまでして苛立ちを表現した。

 客は確かに少ないが、来ないってわけではないのだ。今日だって、もしかしたらこれから来るかもしれないじゃないか。そんな時に主が寝ていてどうする。せっかく来た客が帰ってしまったら目も当てられない。

「ねえ!ねーししょーってば!起きなよ!」

「……うう……ギブミーチョコレイト……」

「スラム街の子供か!」

 後頭部にクロスチョップをかましたら、くごっ、と息の詰まったような音がして全身から力が抜けた。どうやら気絶してしまったらしい。

 甲種魔導師ともあろうものがこんな貧弱なことでいいのかとも思うが、ああ、そういえばこれでも本人はただの人間だったっけなあ。そりゃあ気絶もするわけだ。

「落ちてどうするんだい、起きてよー。もう」

 びしばしと背中を叩いてみるが反応はない。寝息は相変わらず聞こえるから寝ているだけと思ってよいようだが、ちゃんと起きるのか、これ。それこそラッセルあたりが見たら発狂しそうな絵面である。

 当のラッセルはこの頃まだ暗殺者になるべく修行中だったからこちらからもあちらからも知る由はなかったが。

 書き溜めがほとんど底をついてしまったんです。ので、しばらくちょくちょく遅れるかも。すみません。

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