表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
蝉時雨
146/398

小さな意地

 本編です。まったりしております。

 湯舟に浸かったまま、ぐりぐりと足の裏を揉む。先端から踵に向かって痛気持ちいいと感じるくらいには強く指を食いこませる。

 息を詰めて、両手を少しずつ上へずらす。下になっている右手をぎゅっと締めて、それから左手をぎゅっと締めて、右手を離して上へ。また、ぎゅっぎゅを繰り返す。ちょっと汗が噴き出して、ふくらはぎがすっきりする。

 太ももに移ると、くふ、と吐息が漏れた。分厚くて柔らかくて断面がいびつな三角形で他の部位より揉みづらいのだ。

 でも揉みづらかろうが何だろうが揉み進める。溜まった乳酸を体幹へしっかり流さないと、明日脚がだるくなるのだ。瞬発力が失われると、トラブルへの対応が遅れてしまう。

 思いっきりくつろいでいるが、大移動は終わっても止まってもいない。それこそ雲霞のように空を覆っている。しかし魔法職だって人間、休息は必至だ。

 他の町なら魔法使いたちが数名ずつシフトを決めて警戒に穴をあけないようにしているものだが、ここのように二人しかいないのではシフトを分けたほうが穴になる。

 ということで、死者を当てていた。フロストとセキショウだ。いつもならセキショウとジャッキーさんと呼んでいる地獄の死者との二人体制だが、あんなことがあった後である。ジャッキーさん、選手交代!

 まさか同じ日に二匹もドラゴンが現れるなんて、ファンタジーなことを思っているわけでもないが、住民もイルマも不安は同じだ。ちょっと強化している。

 だってジャッキーさんは女の人くらいの大きさの何かを切り裂くのが得意なただの人なのだ。サラマンダーとかが来たら後ろで賑やかすくらいしかできることがない。

 かといって市街地にオニビを放つと大火災のフラグが乱立する。木造建築はもう多くはないけど、火事自体はよくあることだ。

(あと、あの人は前この時期に喚んだら本能に引きずられて一緒に飛んでいきそうになったんだよなあ……)

 もちろん翼がないから飛べないのだが、本当に困った。

 ああなってしまうと走る、火を操る、体術ができる、理性がない、死なない、疲れない、のウルトラスーパーゾンビである。天使を召喚して天国へ引きずり戻してもらうほかなかった。

「先生、着替え置いておきますねー」

 脱衣所からユングの声がした。ちょっとくぐもって聞こえる。口ぶりからして着替えを持ってきてくれたらしい。たまには気の利く奴だ。

「ほーい……え?着替えなら持って降りてきたけど」

「僕のですよ。踏まないでね」

 先生の着替えを置いておくから着てください、じゃなく、ここに僕の着替えを置いておくので気を付けてください、だった。

 何て自己中心的な奴だ。こんにゃろうめ!湯舟から脱衣所へのガラス戸に向かって水鉄砲を撃つと、まさか湯がかかったわけもあるまいに、影がびくっと揺れた。

「自分が入るときに持ってきたらいいじゃん」

「それもそうですけど、ガス代がもったいないから自分が上がったら時間を置かずにすぐ入るようにって言ったのは先生じゃないですかあ」

 言外に早く上がれと言われた。へいへいへい。セルフマッサージが終わったらすぐにでも上がりますよっと。でも乳酸流しておかないと筋肉痛になるんだよー。

 結局気にしないことにした。ここを誰の家だと思っている。そう、自分の家だ!

「上がったよー」

「はーい」やっとですか、という表情をしていることを抜きにすれば給料アップを考えるくらいいい返事だ。「湯舟冷めてないですよね?」

「さてね」

 そんなものは知ったこっちゃない。ガス代を払っているのは誰だと思っている。そう、私だ!くるんと一回転して椅子に腰かけると、視界の端に風呂へ向かう師の背中を見たような気がした。

「ねえ、」思わず声をかけていた。師が足を止めて、振り向いたのは助手だった。「あ、……」

「どうかしましたあ?」

 首を振る動きで、解いている黒髪がはらはらと肩の上をさまよう。やがて重力に引かれ、落ちた。わかっている。死んだ人間が風呂へ向かうわけがない。

 ここにいるのはユングで、師ではない。考えてみれば当たり前のことだ。だが見間違えてしまう。きっとまだどこかで現実を受け入れていないのだろう。

「……ちゃんと湯舟洗ってよね。こないだヌルヌルが残ってたよ」

「はーい」

 何の関係もないことを言って誤魔化した。先生って柄でもないんだよなあ、と何度目にもなるため息をつく。合理性で言えば「ししょーと見間違えちゃうんだよね」などとちょっと軽めに、それとなく知らせる方がいいのだろうが、何となく嫌だ。謎のためらいがある。

 これで、相手がカミュあたりだったらさっさと言っているのだが、カミュはさすがに間違えない。背がもっと高いし、色黒だし、あと、なんなのかよくわからないけど雰囲気とでも呼ぶべき何かがだいぶ違う。

 その意味でユングは師に近い。あまり認めたくないけど、近い。背格好も近いけど、一番はこう、うまく言えないけど醸す空気だ。

 空気が近い人は、あともう一人いたっけ。思い出して眉をひそめた。できたらもう二度と会いたくない。

 非日常回ももっと入れたいけど、かといってこれで戦争編とかやるとなると、各国の兵器について資料を集めるとこからになるから更新が遅れるんだよなあ。

 しかも風刺の要素が増えてありんこ自身の敵が増えそうだし……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ