ツンデレな息子は好きですか?
本編なのに地獄ソロです。
ジールは今まで薬というものに懐疑的だった。風邪をひいたとき風邪薬を飲んでもあまり熱が下がらないし、だるいままだから、あまり効果を実感したことがない。
■■パーセントの方が効果を実感!などというコマーシャルを見るたびに少数派をおろそかにしやがってと怒りがこみ上げる。
「それは貴様が『調子悪いからちょっとお薬っと』とか言ってその時は飲んで、次に服用するのを忘れるせいだろう。貴様が共感している少数派の方々は用法用量を守った上で効果を得ていないのだから一緒にするな」
しかし養子・ニーチェの一件で考えは変わった。唐突に自分の首を絞める不可思議な発作に襲われていた彼だが、薬を飲み始めてから自殺発作はまったく見られなくなったのだ。スバラシイ!
「自分の首を絞める発作ではない。自分の体のコントロールを一時的に失う発作だ。結果的に自分の首を絞めることになっているに過ぎない。お医者様が小学生にでも言い聞かせるかのように噛み砕いて説明をしていらっしゃったろう。忘れたかこの鳥頭めが。しかも自殺発作とか、何だそれは。明らかにその場で考えた眉唾名称を書き込むな」
ジールはペンを放って左隣をきっと睨みつけた。そっちで例の病院に縁のある養子が、何か分厚い本を開いたままこちらを見ている。
「もう!黙っててくださいよ!」
「間違いをわざわざ正してやっているのだ、感謝しろ」
放ったペンは紙の右端に青いような黒いような滲みを作って、本体は机の下へ転げ落ちたらしい。椅子に座ったまま下を覗いて探す。
「大事な報告書に変な染みがついちゃったじゃないですか!」
「貴様が投げたのだろうが……えっ?報告書だったの?これが?嘘だと言ってよジール……僕は嫌だ」
顔全体に困惑の色を浮かべたニーチェが幼い男の子のようになった。受け入れがたい現実に退行という防御反応を示したのだ。
どうしたらいいのだろう。しばらくその顔を眺めて戸惑っていると勝手に戻っていらっしゃった。戻ってこないと心配だけど戻ってきたら腹が立つ。悔しいのう。悔しいのう。
「貴様は大事な報告書の書き方を学べ。それはただ妄想を垂れ流しただけの文字の羅列だ。ギャルが書く携帯小説にも劣る。なまじ文章力があるだけに残念さが増している」
「えーやっぱりですかっ高校のとき作文が先生に絶賛されたんですよー」
揮発性のキラキラメモリーが周囲に垂れ流される。それを吸ったニーチェの鼻の横に血管が浮いた。特有の臭いと弱い毒性があったらしい。
「その教師の目が節穴以外の何者でもないことを、他でもない貴様の書いた文章が証明していると言っているのだ」
そ、そこまで言わなくても……ガラスのハートにひびが入る。叱責は十分と判断したのか、ニーチェはさっさと読書に戻った。何の本を読んでいるのだろう。そろッと覗き込むと、音を立てて本が閉まった。
「熱を出されたら困る。汝、見るべからず」
「中身を読むと体調が悪くなる魔導書ってことですか?」
ニーチェの瞳から感情が抜け落ちた。おろ?何かおかしなことを言ったかな?
「……貴様は魔導書を何だと思っている?」
「えーと、持っていると不思議な力が使える凄い本ですよね?」
ジールに限らず、通常の鬼は魔法を使えない。天使も同じだ。きっと作った天帝がそういう仕様にしているのだろう。ニーチェが異端なのだ。ゆえに、自分が使わず、周りに使うものもいない魔法へのイメージは伝言ゲームのごとくねじ曲がっている。
否、ごとくも何も、数百年単位の伝言ゲームである。
「違う。本はただの本だ」
「えっ!?でも本がないと魔法が使えない人もいるんでしょ?本が力を持ってないと四辻が合わないです!」
「辻褄だな」
ああ、もう何から説明すればいいのだろう。どう説明したらわかってくれるんだろう。少し前の彼ならだんまりを決め込むところだったが、ゆっくり口を開く。
「まず、魔導書に書かれている内容だが、普通の学術系の本とほぼ同じだ。理論とか図解とかで埋まっている。禍々しくなどない」
「え、じゃあどうして私が読むと熱を出すんですか」
この瞬間、この項目についてのみ、ニーチェは説明を断念した。
「まあ……わからんだろうな、貴様程度の領域では」
「?」
して、厨二語録からよさげなのを引っ張ってきて煙に巻いた。次に移ろう。
「理論が頭に入っていて、イメージがあり、発動する意志があれば大概の魔法は発動する。詠唱は略せることもあるからな。本がないと魔法を使えないのは理論が頭に入っていない奴だ。なくてはならない、という道理はない」
「はあ」
本がなくても魔法は使える、ということだけは理解したようだ。ここで、最後の難関に移る。
「あと、俺が今読んでいるこれは魔導書でも何でもない。ただの医学書だ」