オペレーションD
本編です。最近はサブキャラの暗躍が凄まじいですね。ところで未曽有の異常事態に襲われた町とドラゴン、どっちを応援しますか?
「ところで先生、ちょっとちょっと」
「なーに?」
イルマがユングの隣に肩を並べると、すいとスマホが差し上げられた。しかし、手は彼の胸元から動いていない。
しかしユングの手から伸びるアルミの棒の先端にUの字のような形の枠があり、そこに二人が映るスマホの画面がはまっている。もしかしてこれは噂に聞く自撮り棒というやつか?
「先生ってば間抜けな顔してないで、笑って笑って。はい、チーズ」
言われてぎこちなく笑う。するとぴろりろん、と不思議な電子音がした。撮影されたようだ。
フリーズするイルマを尻目に、ユングがしゃこしゃこと棒を短くして携帯端末を回収する。ああ、収納の仕方は物干しざおと似てるのね。
画面を眺め、満足そうに笑う。何だ、唐突に人間性を主張し始めたぞ!でも実際に主張しているのは最近の若者らしさだ!イルマの中にざわめきが漫々と広がる。
「うふふー、奇麗に撮れてますよう。見ます?」
おそるおそる、画面を覗き込む。横ピースにばっちり決め顔のユングと、唇が左右非対称に歪んだ不自然な笑顔を浮かべたイルマ。その後ろに、恨めし気な顔で地味にカメラ目線のドラゴンで作ったボロ雑巾。
素人の撮影にありがちなピンボケも手ブレも赤目もなく、しかしそこには三者がそれぞれ抱く想い、三者を結び付ける絆などが表現されていた。
要は「記念撮影なう」と「お腹減った」と「何とか生き残りたい、死にたくない」という想いであり、ハイエナの群れと死肉をそれぞれ結び付ける絆である。
「ユングって写真撮るの上手だねえ。これがカメラじゃないのが残念だよ」
「これでも写真は焼けますけど?」
「えっマジでー?額に入れて飾りたいなっ。あとで写真立て探そうよ」
「光栄です!」
きゃっきゃっ。はたから見ると仲良しの会話だが、相変わらず辛うじて生きているドラゴンからはただのサイコホラーである。おーい、と呼びかけたら二人が振り向いた。
一応、言葉は通じているようだ。
「あのな……盛り上がっているところすまんが、私はまだ生きているんだ。そういう会話は精神的に来る。せめてとどめを刺してからにしてくれ」
そのままじっと見つめあう。生ぬるい風が吹き抜けた。傲岸にして不遜、最強の生物の瞳に二人の姿が映る。まなじりのあたりに血で濁った涙が浮かんだ。
ま、それはともかく。
「……でさあ、根本的な話になるけど、肉の処理はどうすべきだと思う?」
「え?普通に切り分けて食べるんじゃないんですか?」
流した。瀕死の魔物の呼びかけなどごく当たり前のように流して、会話が再開される。きっと中身に興味がないのだ。精神論とか信じないタイプだ。色気より食い気なのだ。
「うーん、お魚なんかは活〆って言って、そういうのも多いんだけど、お肉になると枝肉にして熟成させた方がおいしいこともあるからさあ」
「ドラゴンの枝肉ですか。うふふ、壮観ですねえ」
どこにそんな巨大なものを吊るすのかという一番の問題点には気づかないらしい。ドラゴンは心の中で頭を抱えた。
現実には、片腕はボロ雑巾、もう片方は再生が済んでいないから抱えられないのだ。代わりに使えそうな翼はもうぐしゃぐしゃで感覚すらない。
「殺してくれ……いっそ殺して……」
「活〆の方がいいなら、食べる前にとどめを刺したほうがおいしいじゃん?でも枝肉にして熟成させるとなるとさっさと殺したほうがいいだろうし。だからどうしようと思って……そうだ!」
さっきの会話を遅まきながら思い出した。これならいける!いけるぞ!笑いかけたらユングが二歩引いた。また変なオーラが出てたのかな。気を付けなくっちゃ。
「料理人のおじさんに電話して聞いてみてよ」
「あのひと電話に出てくれないんですよう。こう、びくってなるらしくって。ただ、もうメールはしたんで、そのうち返ってくるかと」
「ふーん。仕事が早いね」珍しく褒められたユングのメガネが嬉しそうに輝く。自重しろ本体。「ということだから、しょくざ……ドラゴンさん、ちょっと待っててね」
「嘘だ……」
食材はもう涙も出なかった。年取ったサラマンダーに喧嘩を売ったのが事の発端であるが、まさかあんな小さなことでサイコホラーものの被害者にされるなんて思いもしなかった。
五分後に来た魔王からの返信によると、結局、刺身は勧めない、枝肉にして熟成させた方がいいということだったため、町の住民の協力を得て二つの意味で壊れかけのドラゴンを解体した。
近所の精肉工場のおじさんが管理してくれるそうだ。心強い。そればかりかおすすめの料理法なども画像付きで送ってくれたのでそれに従うこととなった。親切な魔王もいたものだ。
「ねえお礼言っといてくれた?」
解体がひと段落したところで、その辺に転がっている携帯食料とベッコベコになったウーロン茶のペットボトルを拾う。さすがは軍の携帯食料、割れても曲がってもいない。まるで本当にゴムの塊みたいだ。ウーロン茶はまだ半分残っている。
レジャーシートは残念だけど再起不能だった。レジャーシートくん……君のことは忘れない!次の拠点に移るべくプラプラ歩いて移動を始める。
コンクリートの道を歩き続けると足の裏が痛くなる。やはり電波塔の犠牲は大きい。電波塔の奴……無茶しやがって。
「ええもちろん。あ、なんか送った方がいいかって聞いたら、何にもいらないからほっといてくれって言われました。契約は絶望的です」
「むう、贈り物をして心証を上げる作戦が……」
「本気だったんですね、やっぱり」聞いといてよかった。スマホをしまって、真面目な顔に戻る。「それはそうと、先生。空を見てください」
時刻は午前7時23分。つまり最初の「来ないねー」「来ませんねー」から一時間以上うだうだ言いながら電波塔の上で待っていたことになる。イルマが振り仰いだ空は時刻に対して暗かった。
「やっとか」
「そのようです」
不敵な笑みを浮かべる二人を、近所の皆さんが温かい目で見守っていた。若いっていいねえ。
――こうして、ハクトウ町の住民たちによる弟子の嫁入り計画が始動したのである。
町は意外にいつも通りな件。