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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
蝉時雨
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Help!

 本編になります。なんと、ここまでで最大のピンチがイルマに訪れます。乞うご期待。

 起きているはずの大移動を待ちぼうけ、あまりに暇であくびが混じってきた。もがもがと空気を噛み砕いて、ふーう、と長く長く息を吐く。

「来ないねー」

 もう何度目かになる嘆息に、今度は応答がなかった。寝てるのかな?驚いて隣を見ると、ユングが立ち上がって、目を閉じている。

「どうしたの?あいあむふらいいーんぐってしてる?」

 あいあむふらいいーんぐなら両手を広げないといけないと思うけど。

「もちろん違います」ぱか、と目が開いた。獣のように底光りしている。「先生、備えてください」

「え?備えてるけど」

 何かいるの?自分も前方に目を凝らす。何も見えない。ステルスかな?杖を持って半身に構える。助手の横顔が歪んだ。

「……ああ、もうダメだ。先生、失礼します」

 ふわ、とイルマの体が浮いた。ユングに抱かれている。なぜ?しかもお姫様抱っこ。シチュエーションに萌えればいいのか、強制わいせつとかで訴えればいいのか。

 とりあえず杖をしっかり握り、周囲に視線をやる。ものすごい勢いで鉄塔が上に移動していく。いや、自分が落ちているのだ。さっきいたところから落ちていくのだ。

 のんきなことを言っていたけど抱かれているどころの話じゃなかった。

「とっ、とっ、飛び降り自殺なら一人でやれよバカ!」

「違いますよ!あそこはダメなんです!お願いですからもうちょっとじっとしててください!」

 があんと音がして、今度は上に45度の角度で、鉄塔が遠ざかる。鉄塔のどこかを蹴ったのだろう。

 付加魔法を発動していた様子はなかったが……まさか、地の筋力か?半人や半魔の身体能力が人間を軽く超えるというのはよく聞く話だがここまでくると冗談みたいだ。

 ま、それはともかく。

「まあああああああああああああ!!鉄塔!鉄塔蹴った!今の音は絶対凹んだ!凹んだ音だよぉっ!弁償させられるぅううううう!!」

 冷静さを欠いたマドモアゼルの絶叫にユングの鼓膜は一瞬外れた。落ち着いてください、と必死で言う。

「ちょっと凹んだくらいが何ですか!反対側からハンマーでぶっ叩けば直るでしょ!命とお金どっちが大事なんですか!?」

「馬鹿言うんじゃないよ馬鹿!金の方が大事に決まってるだろ!ないと生きていけないんだぞ!あれ一応公共の財産だよ!?電波塔だよ!?電話とかの電波が届きづらくなっちゃって私に追及が来たらどうするのさっ!その分の迷惑料も払わされたらそれこそ下着まで剥がれて夜の世界を二転三転だよ!」

「そうなったら僕のお小遣いで何とかしますから!」

「ちげーよ馬鹿あ!二度と仕事が来なくなったらどうしてくれるんだい!こちとら先代様からの信用で成り立ってるんだよ!商売あがったりだよ!いやそれどころかブラックリスト……うわああああああああ!!」

 中小企業の二代目社長みたいなこと言ってるなあ。食うに困った経験はおろか、金に困った経験もないユングにはいまいち実感がわかなかった。

 仕事上のアレで殺した人はまあ多数いるが、イルマは犯罪者になったつもりはまったくない。だって仕事だもん。正当防衛だもん。罪悪感もない。サイコだもん。

 それを、電波塔の破壊で賞金首はごめんだ。

「お願い先生落ち着いて。叫んでももう今更どうにもならないでしょ?そうでしょ?ね?」

「万策尽きたぁあああぁぁあああぁあぁぁぁあああああああ!」

 ビブラートがかかった絶叫が低い放物線を描いて、街中をすさまじい速度で飛んでいく。

 お姫様抱っこされているイルマがユングの胸板に押し付けられるくらいすごいGがかかっているが、頭のネジが数本外れた師の訓練を受けた彼女はまだ耐えられる。ウンディーネを祖母に持つユングは内臓や骨格を液状にし衝撃を吸収することが可能なので、それで耐えている。

 足元の住宅を覆う対衝撃結界を足場に、再び跳ぶ。人が二人も近所の電波塔からぶっ飛んでくるのは結界が機能するには十分な衝撃だったろう。

 鉄塔から飛んでくる半人のおにーさんなどというものに備えた覚えはないのだが、罪を重ねなかったという点で結果オーライ?

 しかし電波塔の一件には何の変りもない。絶望である。

「……うわー足元を人の家が通り過ぎていくよー」

「先生大丈夫ですか?」

「大丈夫。一通り叫んだら恐怖が薄れてきたっていうか、もう、あは、何だっていいや……」

 叫ぶのやめ、うつろな笑みを浮かべる小さな雇用主を抱えた従業員は今更渋い顔をした。

 仕事がないなら働かなきゃいいじゃない。お金がないならクレジットカードを使えばいいじゃない。パンがないならお菓子を食べればいいじゃない。絶望なんてすることないじゃない。

 なのになんだろう、この誰も得をしないジェットコースター。いや、少なくとも自分たちは得をするはずなのだが、何かとても大きなものを失ったような気がする。

「あはははははあはははあはははははあはあははあははははははあははあははははははははあははは失業ワロスあはははあははあはははは」

「先生、着地するので口を閉じてください。舌を噛みますよ。あと笑う声にこっそりセリフを混ぜ込まないでください。地味に読みづらいですよ」

 失業という二文字にすべての望みがついえた今、メメタア、と叫んでユングを殴る元気はもはやなかった。

 どちらの目にも光が宿っていない。ちょっと虚ろだ。これでは姫君のピンチに駆けつける白馬の王子様には程遠い。目指してるわけでもないがそんなことを思う。

「下しますよー。足元よく見ててくださーい」

 どちらにせよ、白馬の王子様より、白衣の介護士さんの方が似合っていた。マントも白だし、ちょうどいいかもしれない。

 むしろ、馬?

「ねえユング、これどういうつもり?」

「避難ですよ、決まってるでしょ。ほら」

 見ててください――彼が言い終わるか終わらないかで、轟音と地響きが伝わってくる。振り向くより先に結界を展開して衝撃波と飛来物に備えていた。

 だから、それを見たのは地響きや土煙がほとんど収まった後だった。

 どっちかって言うと精神的に来ましたね。

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