レフェリー不在、恐怖のカウントダウン!
本編なのに主人公が出てこない回の最後です。ろくにできもしない大怪獣バトルを垂れ流し、大変ご迷惑をおかけしました。
「七つ数える間に出ていけば、殺さないであげる」
「私に指図するな」
唸るドラゴンの頭の角が折れた。鈍い音を立てて首を転げ落ち、踏み荒らされた大地に突き刺さる。その様を眉一つ動かさず眺めて、「ひとつ」とオフィーリアが数えた。
多分、彼女がやったのだろう。どうやったかはわからないが、それだけは確かだ。50年前にも見たことがある。
この嫁の人間のような姿を見るのは十数年ぶりだ。
「この……っ」
ドラゴンの吐いた炎は女に届かず、じゅっと嫌な音を立てて消えた。今度はもう一つの角が地面に刺さった。
「ふたつ」
抑揚のない声で数える女の表情は、恐ろしいほどに静かだ。鼻も口もない水の体の時のほうが表情豊かなくらいである。角のなくなったドラゴンの頭部はなんだか間抜けだった。
炎の意味がないと察したドラゴンは前足の爪でオフィーリアを襲うが、何の手ごたえもなく爪がすり抜ける。すり抜けるはずだ。水なんだから。
ぶち、とドラゴンの左目から音がして、今度はびっくりするほど大きな眼球が糸を引いて転げ落ちる。最強の種族による痛みと怒りの咆哮も、魔神の特別製であるオフィーリアには通じない。
「みっつ。……あのさ、これ、指図じゃなくて脅迫だから。次は右ね」
少し呆れた風に首をすくめて見せる。逃げたほうがいいかもしれない、とさすがのドラゴンも思った。異常なスペックを詰め込んだ一種一体の魔物。攻撃手段すらいまだにわからない。
だがすぐに思い直す。ゴールドドラゴンの再生力は龍族で随一。特に雑菌が入った様子もないし、目はそのうち再生する。どんな手品を使っているのか知らないが、こんな小さなものは自分の敵ではない。
雷の魔法を放った。直撃すれば蒸発するほどの高電圧だ。おお、とちょっとびっくりしたような声をあげてオフィーリアは素早くグラバーの陰に隠れた。グラバーに雷撃が直撃するが、龍鱗に弾かれて虚空へ消える。
ぐるる、と迷惑そうにサラマンダーが唸った。ぽんぽんと宥めるように鼻先を撫でて、オフィーリアが小さく謝る。
「ごめんねグラバー。さすがにあれはちょっと怖いんだ。あとでトマトあげるから許してよ。ところで……」
最後の、ところで、だけ自分の頭上から声がした。いつの間に?背筋が粟立ち、頭を振り回して振り払おうとしたが、飛んでいくウンディーネなどどこにもいない。
耐え難い痛みが、右半分しかなくなった視界をもぎとってゆく。自分の悲鳴が反響する真っ暗な世界に、一つだけ声が響いた。
「よっつ」
声と匂いでどこにいるかはわかる。そこへ噛みついた。液状の体を飲み込む。鼻からぬるりと何かが出ていく。
そうだ、自在に動く水だった。飲んだってあまり意味はない。有効打らしいのは、電撃。めくらめっぽうに範囲攻撃を仕掛ける。
結果は、また「ぐるる」と「ごめんってば」が聞こえただけだった。矛と盾というわけか。
「いつつ」
無事なほうの前足の感覚が消えた。むせかえるような血の臭い。再生が追い付いてきた左目から、ぼやけてはいるものの金色の前足が地面の上に転がっているのが見えた。
普通なら失血死しているところだろうが、ドラゴンの動脈には非常時にだけ機能する弁のようなものがあり、失血死は免れる。
「飛べなくなると、あと二つ数える間に出ていけなくなっちゃうから、翼と耳はおいといてあげるね」
ドラゴンは年上の言うことには従うということを、この日学んだ。
「飛んで行ったね、あいつ」女の輪郭が溶けて、元の青い人影に戻る。ゆらりとグラバーに向き直った。「ケガしてる。治しておくよ」
「?」
回復魔法を浴びながら首を傾げたのはケガの原因の一つにオフィーリアが自分を盾にしたということがあるからではない。
知能の低い魔物であるグラバーにはあまり治療という概念がないのだ。傷は、死ぬか、生きているかのどちらかだ。傷が広がって死に至ることもままあろうが、それならそれでいい。
巣立ったわが子も、そのまた子も巣立っている。ひ孫にしたって子育ての時期でもあるまいし。それに魔物自体が生への執着がさほど強くない生き物だ。
「ううん、命あっての物種だよ」
どうしてオフィーリアはそう考えないのか、頭が悪いからわからない。
日没までは待ったけど、今日も結局、オニビは現れなかった。これで十数年になることは確かだが、忙しいんだろうか。
正直魔界にもコルヌタにも住みたくない……。