距離の大きい嫁舅関係
普通に前回の続きです。普通に本編です。普通にって使ってみたかったです。
人類には知られていないことだが、ドラゴンの持つ龍鱗は、年をとればとるほど強固なものとなる。つまり若い個体の場合、龍鱗の真価はそれほど発揮されない。龍鱗にも強度の差があるわけだ。
そして、サラマンダーの変異種であるグラバーも龍鱗を全身に持っている。この龍鱗は特別製で、ドラゴンがまとう本物と全く同じ仕様だ。代わりに魔物の再生力が欠けている。もちろん、年齢は、彼のほうが上。
ひっかき合わせて傷がつくのは、飛んでいるほうだ。叩き落し、食らい付き、絡みつく。それができるほどだから、もちろん距離は限りなくゼロに近い。
魔法ではない。瞬間移動もしない。当然飛べるわけもない。
翼だった前脚と、胴体をバネにして弾丸のように自分の体を撃ち出し、跳ぶのだ。角度が正確であれば、正確に相手をとらえることができる。そのまま引きずりおろす、とはいっても考える必要はない。
飛べなくなって数百年が経つグラバーの体は飛行に向いていない。つまり、重い。ただ取りついているだけで、相手は勝手に落ちるのだ。
相手はそのからくりにやっと気づいたらしく、空へ上がらずまっすぐこっちを睨んできた。確かに、地上戦になれば知能でも膂力でも劣るサラマンダーは圧倒的に不利である。そもそも、存在意義にドラゴンの劣化版という恐ろしい一節がある時点で勝ち目はない。
普通は。
グラバーは威嚇するかのように翼を広げた。ドラゴンの全身がキラキラと光る。本来の輝きではない。表面についた無数の傷に、登っていく太陽の光が乱反射しているのだ。
先に前に出たほうが負ける、というような状況で、グラバーはわざと自分から前に出た。喜々として迎え撃つ構えのドラゴンの右前脚を捕まえて、雑巾絞りのように捩じる。ボロボロになった鱗が割れ、欠け、肉と骨と喉が悲鳴を上げる。
皮膜を切られた、翼だったものは、どう見ても雑巾を絞る巨大な手であった。再生能力のなさは生まれつきだったから、捕らえられた時点でもう二度と飛べないことはわかっていた。だから逆に、独立して動くようになった指を活用したのだ。
我に返ったドラゴンが反撃に出るのを見計らい、跳びあがるときの逆の要領で素早く後ろへ跳ぶ。多少噛まれたが、ダメージは龍鱗によって軽減されている。まだいける。
そもそも、サラマンダーの身体構造には欠陥がある。骨が中空になっていない。空を飛ぶ生物として重すぎるのだ。だからその分、筋肉を削って軽量化を図らないと火を噴こうが強烈な上昇気流が発生しようが飛べはしない。
ゆえに、人類からは脅威ではあるものの、同じドラゴンの劣化版のワイバーンと比べても残念なほうみたいな評価をもらってしまう。
だが、グラバーは空を飛ぶことを放棄した。その分、筋肉をつけることができる。いくら上位種といえど、若い個体なら膂力の点でわずかながらも凌駕することが可能だ。
堂々と立ちはだかり、もう一度だけ警告する。
『立ち去れ、これが最後だ』
相変わらず何を言っているのかよくわからないが、少なくとも従う様子はない。プライドが高いのもドラゴンだからしょうがないだろうが、領地の防衛を任されているグラバーとしては長々と相手をしたくないところである。
ほかに仕事あるし、あと一か月もあるんだからここで削られても困るし、馬鹿馬鹿しくなってどこかに行ってくれると嬉しい。
「キミ、何してるの?」
どこか棘のある声がした。視線をずらすと青い人影が見える。この女は息子の、ええと……何だっけ?
「警告は重ねて発せられてるよね」オフィーリアは無造作にドラゴンの目と鼻の先まで歩み寄った。
「ここは私領だ。警告に従わないようなら、領主であるボクも何らかの対応を取らなくちゃいけなくなる。わかるよね?」
「何だこれ……スライムか?どけ、邪魔だ」
話を聞かない爬虫類だった。コルヌタ語で話しかけられると、コルヌタ語で返してしまうのはドラゴンの癖らしい。グラバーには話している内容はいまいちわからないが、たぶん食い違ってるんだろうなと思う。
はあ、とオフィーリアがため息をついた。
「ウンディーネだよ、ボクは」
さざ波でも起きるように、その姿がだんだん人間の女性のものへと変わっていく。
男の子みたいに短く切った褐色の髪と群青の瞳。肌を包むのは全身を覆うボンテージのような服装。えーと、あー、思い出してきた。
そうだ、息子の嫁だ。
あほの子の視点つらいー。