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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
帰還、またはHellow,world!
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ユングとおいしいクッキング

 料理に慣れてない人って怖い。そういう回です。

 結局、ユングのノルマがきちんと終わったのは晩の七時半になった。

「ちゃんと終わらせましたよ!」

「うん、フロストさんに泣きついて一部肩代わりしてもらったことを除けばえらいえらい」

「うぐっ」

「ほんと今日のフロストさんはオーバーワークだよ。私の分のノルマも半分こなしてるからねえ」

「先生も肩代わりしてもらってるじゃないですか」

「私は呼び出して使役する死霊術師だからいいのさ。呼び出した死者の使う魔法も私の魔法の一部だし」

「ずるい……」

 楽をするために工夫することは、ずるくなんかない!

 あ、名言できた。ニヤッと笑う。今度から口に出すようにしようっと。覚えてたらメモっておこう……いや、メモらずにしっかり覚えておくくらいじゃないと。師の教えと同じくらい。だって今は、弟子の自分が先生なんだから。

 夏とはいえ、晩の七時半ともなると日がだいぶ傾いている。沈む夕日を追いかけるように、バイクを走らせた。事務所が西だから仕方がないけどまぶしい。

 ひぃーまぶしぃ、とか何とか言っているユングの背中を使って目を保護した。

「先生、やっぱりずるいです」

「ずるくない。後ろに乗る人の特権だよ」

「むうう」

 ユングは唸った。たぶんヘルメットの中では子供っぽく頬を膨らましているに違いない。

「先生がバイクの免許を取ったときは覚えててくださいね」

「君がいるのに何で私が免許を取るのさ」

 カーブミラーが西日を反射してぎらっと光った。視界の左側に青緑色の影が残る。まぶしい光の何が嫌って、後に残る謎の影だ。視界が欠けるのが不快で仕方ない。

「え……先生、それって」

 間が開いて返ってきた、どこか呆けたようなユングの声に自分の発言を見返す。まずい、ちょっと語弊がある。

「ち、違うよ!?私がバイクの免許を取ったら、完全に君はお役御免になるけどわかってるのかってことだよ!?もっと自分の価値を直視したまえ!」

「ですよねー」ちょっと安心したらしい。背中がくく、と笑う形に震える。「先生がかわいいことを言うなんて、キャラ崩壊にもほどがありますもんねー」

「……君は私のことを何だと思っているんだい」

「うふふ、秘密です」

 どいつもこいつも口を開けば人のことをキャラ崩壊とか言いやがって。ぼやいた声はしっかり拾われていたらしい。地獄耳だ。

「崩壊してるものは仕方ないじゃないですか」

「君の中でのイメージがね。現実の私は崩れも壊れもしないからね。そこよろしくね」

「あはは。……カレー、楽しみですよう」

 ユングも手伝ってくれるのかな、などと期待した時代が彼女にもあった。だがよくよく考えてみれば彼に教えた料理は白ご飯くらいである。

 期待外れというか予想通りというか、ユングは炊飯器に残ったちょっとのご飯をラップで包んで冷凍庫に入れ、お釜を軽く洗って白米を三合研いで水を入れて『炊飯』のボタンを押した。さっさと座る。

 だよねー。知らないし、教えてないもんねー。

「君、ほんとにどうやって生活してたんだい」

「だから光合成と窒素固定ですって。カレーライス待ってますよー」

「……うん、できたらテーブルを拭いて、食器と温泉卵を用意してくれるかな。まずお湯沸かして」

「はーい」

 素直な返事をして、ユングはところどころに黒い焦げがついたステンレスの5ℓ入る薬缶を戸棚から取り出した。温泉卵製造機に水を入れて、その水を薬缶に入れる。こうすれば無駄が出ない。基本的には素直でよい子なのだ。できないことはできないと、明言する。

 そんなよい子なのだから、とっさのバリアで被害も出なかったことだし、この後ガスコンロに火炎放射器くらいの威力の魔法をぶっぱしたくらいは目をつむってやるべきなのだ。

「言い訳は聞いてあげるよ」

 イルマから立ちのぼる黒いオーラに気圧されてしどろもどろになりながら、ユングが答える。

「え?あ、が、ガスコンロに、ひ、火をつけないと、いけないじゃないですか」

 それでこれか。鍋の中身をぐるりとひと混ぜして、頭痛をこらえる。

「前々から思ってたけど、馬鹿だね。君」

「すみませんでした」

 いつもやってるのは見てなかったのかという疑問は押し殺して、コンロの使い方を教えて、何でこんなにわかりやすくつまみがついているのにそれを捻ろうとしなかったのかという疑問を隅のほうへ追いやった。

 辛抱強さが必要だ。だって他人と生活しているのだもの。

 ステンレスのお尻を炙るゆらめくガスの青い炎を見ていたら落ち着いてきた。

「温泉卵、いくつ作りましょう?」

「ふたつ。余ると使いづらいしもったいない。お湯を注いでからの時間はちゃんとキッチンタイマーで測ってね」

「はい!この卵、Lですか?Mですか?」

「お買い得な不揃い卵だから、足して二で割ったらちょうどだよ」

――安い不揃い卵だ、足して二で割っておけ。

 図らずも師の受け売りになった。でも真理だし仕方ないよね。ユングは目をぎゅっとつむって、暗算する風である。大体でいいのに。ししょーにも大体でいいって言われたっけな……。また、その言葉を思い出す。

「私がいなくなったらどうやって生活する気だい」

「葉緑体に頑張ってもらいますけど……えっ?先生いなくなるんですか?」

「うーんいなくはならないけど」ちょっと間違えた。病死フラグを立ててしまったような。「君を解雇する可能性は大いにあるから、君の前から姿を消すことに変わりはないのかな」

 ていうか葉緑体に頑張ってもらうって、イルマは自動エサやり機か何かなのか。

「じゃあ覚えたくないです」

「あっそう。あははは、じゃあクビね」

「覚えます!」

 クビをちらつかせて従業員を脅迫する雇用主がここにいた。しかも大した給料を握らせているわけでもない。労働組合が出張ってきそうである。ていうか、イルマだった。

 反省はするから、訴訟は辞してほしい。

 笑える話ではありますが、ガスコンロの調子が悪かったら迷わずライターを使っちゃう人は彼と同類なのでは。

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