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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
帰還、またはHellow,world!
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六月最後の日

 夏は災害の季節ですね。台風に、食中毒に、熱中症に、水虫に、アンドンクラゲ。

 ファンタジーだとどうなるのでしょうか。

コルヌタでの梅雨明けの七月は、魔導師にとっての掻き込み時だ。もちろんカチコミ時ではない。それじゃ暴力団員だ。

「ユング!次行くよ!」

「はい、先生!」

 まず、台風。革命の英雄、オニビをも死に追いやった自然の脅威である。自業自得とか言ってはならない。

 知っての通り、帝都にはテロ対策の結界が張られているが、これはあくまで『悪意』に反応して作動するのだ。ゆえに、そもそも意思がない自然災害に対してはまったくの無力である!

 だから、台風が来そうなときになると市井に住む魔法使いたちは近隣の住宅を回り、対雨風、もしくは対雷の結界を有料で張って回るのだ。それは魔導師、イルマにも変わりはない。

「どう?まだいける?」

「大丈夫です!」

「じゃあ次行こう!」

「イエッサアァアア!」

 次に、サラマンダーやワイバーンに代表される飛行系魔物の大移動。魔界で住処にあぶれたり、好奇心の強い一部の空を飛ぶ魔物たちが遠く神聖大陸の最先端まで旅をするのだ。災害と違い、魔物には意思があるが、これは本能によるから、やっぱり対テロの結界は機能しない。

 しかしこの大移動、毎年である。しかも一か月ほぼ毎日続く。だから魔物の大移動で幼稚園から大学までが休みにならない。せいぜいヘルメットを被って二人以上で登校するように指導されるくらいである。

 またサラマンダーの場合、途中で地面に火を噴いて上昇気流を作り、高度を取らなければ飛び続けることができない。他の魔物だってたまには休憩が必要だ。しかも間の悪いことに町のど真ん中で休憩を始める愚か者がいる。そのため、対炎、対衝撃の結界をこれまた張って回る。

 それだけならここまでしんどくはない。彼らの目的地は遠く神聖大陸の最果てで、コルヌタに居つくことはまずない。

 居つくとしたら、神聖大陸の端まで到達した後に戻ってくるくらいである。この、戻ってくる時期が大体十月の終わりで、年によってはUターンラッシュと称されるほど大規模なこともある。

 よって家と通学路にさくっと結界だけ張っておけば安心安全、なのだが。

「まだいけるよねえぇえ!?」

「イエェス!オフコォオオッス!ノォプロブレェム!」

「……ほんと?」

「実を言うとちょっと疲れてきました……このノリに」

「仕事に疲れてよ。はい、次」

 いかんせん季節が悪かった。最初に言った台風である。飛行系の魔物さんたちは、ひたむきというか蛮勇というかただの馬鹿というか、天候にかかわらず旅を続けるのだ。風速が恐ろしいことになっていても、雷が鳴りまくっていても、大雨洪水警報が出ていても。

 たまたまこの日に飛んできた方々は相当運がよくないと墜落する。墜落して、かんしゃくを起こした子供のように暴れることもしばしばある。

 こんな困ったちゃんたちを町に放置しておくわけにもいかないので警察はもちろん軍隊も出動する。しかし隣国に攻め込まれるなどの不測の事態に備え、軍の半分は温存される。

 町の魔法使い・剣士たちに、その仕事が国からの斡旋という形で回ってくる。しかし、このハクトウ町に限っては話が別だ。

「早く!今日中に終わらなかったらどうするんだい!」

「僕だって急いでますよ!先生はどうなんですか、さっきから怒鳴ってばっかりで!」

「私の分のノルマはすでに終わったんだよ!当たり前だろ!何ポカンとしてる!文句を垂れる暇があったら働け!」

「先生すごい……興奮しちゃう」

「いちいち魔族モードにならないで目の前の仕事に集中してよ!」

「違います。賢者モードです」

「えっ?」

 病み魔法使いによりライバルが駆逐されたここには、イルマとユングしかいない。それでも去年までは一人しかいないということでラスプーチンかカミュが来てくれていたのだが、今年からは来てくれないらしい。

 しかしあの二人、地味に甲種である。戦争になれば主戦力級だ。国が温存したいと考えても仕方ないだろう。

「ねえユング、」

「鞭がほしいです!」

「ちょっとユングってば、」

「三角木馬でも構いません!」

「仕事しろ!」

 イルマにしてみれば足手まといが一人増えただけなのだが、乙種は乙種である。イルマは死霊術師だから魔導師の死者も呼べる。ここまで来れば、上の人々のカウントでは十分らしい。助手なんて飾りです。偉い人にはそれがわからんのですよ。

 今回はスピードと歩いて消耗する体力を考慮して、バイクに二人乗りして回っている。ユングが免許を取ったから、この立派なバイクも師のけっこう役に立つ遺品になった。

 もちろん二人乗りしても大丈夫なやつだ。

「あー、次の角右ね」

「え?そっちには家なんかありませんよ?」

「鉄筋コンクリートの家はないけど、段ボールの家があるんだよ。皆このシーズンを乗り切るためにお金を工面してるからね、仕事人としては行ってあげなくちゃ」

「はーい」

 エンジンの音を聞きながら、道の高低差と目の前の広い背中に身を任せていると、昔に戻ったような気分になる。フルフェイスのヘルメットの奥で目を閉じた。マントはあちこちに引っかからないようにくるくると巻き上げて紐で止められているから、いつもより腰のあたりが寒い。

 だから腹巻をしておけと言っただろう。うう、今になって思い出すなんて。せめて家を出る前に思い出したかった。

(でも仕方ないよね、バイクに乗るのはずいぶん久しぶりだから)

 懐かしい声が耳の奥で笑った。帰ったら何か温かいものを食べようか。全面的に同意だ。にんまり笑って、つい口に出してしまう。

「カレーが食べたいねえ」

「おっ、期待しますよ」

 予想した反応とだいぶ異なるから目を開けてみたら、前に座っているのは師ではなく、ユングだった。当たり前だが軽い落胆を味わう。そうだ、もうししょーはいないんだ、ともう何百回目にもなる諦めを吹き落として、形見のヘアクリップに手を触れた。

 ユングが来るまでは一人だったから、師の不在は実感として訪れなかった。剛志がいた間は別のことに気を取られていた。彼がいなくなって、ユングがいて、今はその不在が重く冷たく居座っている。

 彼に師の面影を重ねてしまうことも、原因としてはあるかもしれない。顔も名前も性格も違う別人なんだから、重ねること自体が愚かなのだと、頭ではわかっている。わかっているが、ふとした瞬間に印象が重なってしまうのだ。

 車窓からぼんやり外を眺めている横顔だとか、ちょっと高飛車なところとか、長めの髪とか、アイスピックを凶器だと思ってるところとか、周りに精神的ダメージを与えまくっているところとか、意味ありげな笑みだとか、うどんは柔らかめが好きなところとか。

 そういうものが重なって、だからかえって不在が強調される。

 多分、師の死にしっかり向き合ってこなかったツケがここに回ってきたのだろう。すでにいない人間を重ねて見るのはユングにも悪い。早く改善しなくては。

 夏に長期休暇があった時代もありました。

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