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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
帰還、またはHellow,world!
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答え合わせ

 前回でちょっともやっとした人、ずっともやもやしている人にも安心の仕様です。ああなったのには理由がないわけではないのです。

「おかしいなあ」

 ハンドルを切りながら、アリババは首をひねった。彼はかれこれ15年も運送会社に勤めているがこんな妙なことは初めてだ。

 トラックで何かを轢いたような気がしたけれど、その地点からもう四つも信号を通り過ぎているのだ。しかも、今から思い返しても、その地点についての記憶はビニール袋がふわふわしてて危ないな、くらいである。

 最近はやりのノイローゼってやつかねえ。俺は日々安全運転を心がけているってのによ……いや、むしろだからか?右折した先の信号は赤だった。軽く舌打ちをして信号機を睨む。

 この先の道が混雑する前に通り過ぎたかったのだが、そうもいかないようだ。また部長にどやされる……。憂鬱な気分になりながらつなぎの胸ポケットに手をやった。

 おっと、そういえば禁煙中だったな。箱形の膨らみをぽんぽんと叩いて、前を見る。妻の妊娠が発覚したのは二週間前だ。あれから妊婦にタバコの煙はよくないということで禁煙を始めた。だから胸ポケットには空の箱だけが入っている。

 妻とまだ見ぬわが子のために、きっと明日もアリババはトラックに乗る。


 町は意外なほど早く、夕闇に飲み込まれた。まだ夏至から、そう日は経っていないはずだが、体感というものは不思議だ。

「剛志、まだ戻ってこないね。探しに行ったほうがいいかな?」

 席を立とうとしたイルマを、コールの分身が制した。何やら誇らしげに小さい胸を張っている。

「必要ありません。もう、返しましたから!」

 なーんだ。ならよかった。それならそうと早く言えばいいのに。一度椅子に戻って、晩御飯を作るのを思い出して、椅子を立つ。そこでふっと思いついた。

「コールさんも晩御飯食べてく?」

「いえ、娘が待っていますので帰ります。さようなら」

 コールが姿を消した後、夕食のきつねうどんを食べる。冷蔵庫に油揚げがあったし、うどんも安かったのだ。

「ねーユング、剛志が帰って、ひとつどうしてもモヤモヤが残るんだけど、言ってもいい?」

「いいと思いますよ。うどんの茹で加減はもっと柔らかめがいいと思いますよ」

 なぜかどきっとした。理由がわからないから、流す。

「しれっと麺が硬いって言うんじゃないよ。……あいつさ、この世界のこと散々異世界異世界言ってたけど、私たちからしたらあっちのがよっぽど異世界なんだよね。それを考えるとこう、モヤモヤが止まらなくて。何ていったっけこの気持ち」

「お前が言うなハゲ、では?」

「そうそれ。でもあいつはまだ禿げてなかったよ、変なこと言うのやめようね。敵が増えるよ」

「敵が増える?僕らの業界ではご褒美ですよ?」

「私は嬉しくないんだよ。さっさとうどん食べな。麺が伸びちゃう」

「伸ばしてるんですよ」

 思ってても言うなよ。額を弾いたらちょっと悲しそうな顔になったので次から加減しようと決めた。しかし、やらないで済むようになるのはいつになるんだろう。

「まあ何にせよ、返せてよかったよ」

「四字熟語でいうと台風一過ですねえ」

「おバカめ、季節的に台風はこれから来るんだよ」

 テレビ画面は早くも16号となる台風が低気圧に変わったことを知らせていた。進路はだんだん、この国にすり寄ってきている。


「お帰り。ボク、言われた通り待ってたよ」

 分身を本体に戻し、ついでに意識も取り戻したコールを迎えたのは愛娘だった。ウンディーネ、つまりオフィーリアだ。

「首尾はどう……うわ。なんか嬉しそうだね。気持ち悪い」

 娘のちょっと冷たい態度にさみしさを覚えたが、喉元から噴き上がってくる笑いは止まらない。解けてもつれた古い血の色の髪を汗ばんだ頬から項へと追いやって、両足を畳み座りなおす。正座の姿勢だ。

 オフィーリアはさっさとその膝に頭をのせて横になる。定位置だ。

「調子がいいように見えるけど、何があったの?」

「ええ。異世界に余剰分の魔力を放出できたので大分、体が楽になりましたよ……うふ、どうですか?久しぶりに手合わせなど」

「やめとくよ。キミとやりあったら体がもたないし、この世にまだ未練があるんだ」

 そうですか。さすがにちょっと気を落として、目を伏せる。

「……それじゃ、まだ耐えられるんだ?」

「わかっていますよ。まだ、彼らを待てます。安心してください」

 娘の体の表面が揺れた。水で構成されているからだ。動揺が表に現れてしまう。安心させるような言葉を言っても、頭の上の茨には花が咲かない。

「地中深く封じられた私ですが、愛娘の初めてのわがままくらいは叶えてあげられますよ」

「わがまま、か。……そういう認識なんだね、やっぱり」

 久しぶりに体が軽くなったので気分がよく、オフィーリアがどこか遠くに視線をやったのには気づかなかった。

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