予感
本編です。回想編はしばらくないかも?トリップ野郎、クライマックスです。
結局進展はなかった。傾き始めた日が憎たらしい。
「コールさん喚んだら、ヒントくれるかなあ」
「考えとしてはいいんでしょうけど、あまり期待しないほうがいいと個人的に思いますよ。ま、僕自身は魔神様に会えると思ったらドキがムネムネしますけど」
「古っ。……そういえばあの人は金食い虫の件でもどうせ喚び出さなきゃいけないのか……」
「覚えててくれたのか……」
視界の端に涙ぐむ異世界原人。それにしても金食い虫でよくわかったな。人とも男とも異世界とも一切言ってないぞ。まさか心を読まれたか?
「やろっか、元凶のお呼び出し」
椅子に座ったまま杖を抜き取って、床に軽く突き立てる。詠唱は略し、掛け声だけだ。
「そいや」
今回も魔神は分身である。黒いオーラは健在だが、心なしか、前より小さくなっているような。小学校低学年くらいに見える。
イルマが席を勧める前に、コールの分身はちょん、とユングの膝の上に座った。ああそう、そこがいいの。へえ。感極まっているユングを背もたれ代わりにしながら口を開く。そんなことされたら……そんなことされたら!
薄い本が厚くなるぜ。
「マクベスの召喚に使うなら、やっぱりその陣だと無理がありますね。人類にはまだちょっと難しいかもしれませんけど、門のような形を作る一つ一つの魔法陣は平面、という先入観を捨てて、一つで三次元の陣に手を伸ばしてみてください」
期待してなかったのにあっさりヒントをくれた。期待はしないほうがいいとか言っていた魔族Aは素知らぬ顔をしている。嬉しいやら悔しいやらである。
「あと、ユング、もう少し後ろに倒れなさい。座り心地が悪いです」
「はい!喜んで!」
しかし、それより気になることがある。今、コールは何と言った?
「コールさん、その陣って……」
「わかりますよ。私は魔神ですから、どんな魔法がどのように試みられたか、使用されたか、すべて手に取るようにわかります。イルマ、着眼点は間違っていません。彼は少々人間びいきなところがありますから惨事は避けられるでしょう。禁術指定は免れるはずです」
そうでしたね。魔神でしたね。無段階リクライニングの人間椅子を手に入れたコールは機嫌が良いようだ。よかったよかった。帰そうと思ったら剛志がおめおめと割り込んでくる。今更何の用があるんだ。
「お、俺は帰れるのか?」
思い……出した!そもそもどうしてコールを喚び出さなければならなかったのか。
「ああ、そうそう!異世界原人を送り返す話はどうなったの?」
「返せますよ」
にっこりとコールは笑った。剛志の歓声がうるさいので、杖を向けて黙らせる。このまま手が滑ったふりで消し飛ばしたいなあ。ダメか。そんなことしたら事務所が大変なことになるもんなあ。
「ただ、準備がまだ少し時間を食うので夜までお待ちください。それまであなたは……ええと」
「そ、相馬剛志です!」
「この世界をゆっくり観光気分で歩いてみてはいかがでしょう?もちろんその見た目のままだと目立ちますので、カモフラージュはしておきます」
スルーした。聞いた名前は活用しないスタイル。剛志は帰還が今夜に決定したことであまり気にしていないようだ。あー助かった。これで無駄な出費をしなくて済む。
ただ気になるのは、コールの分身の顔に浮かぶ楽しそうな笑みだが……ま、どっちにしろ同じかと思い直して一緒に喜ぶ。
アリの巣に熱湯を流し込んで喜ぶ子供のような顔をしているが、彼から見ればアリ以下の存在であるイルマには何もできることはない。ただ結果を見るくらいだ。場合によっては結果も見られないかもしれないけど、どっちにしても何もできないことに変わりはない。何も。
自分の無力さだって、ちゃんと知っている。