魔性の子守歌
最近展開を早くできるようになりました。この調子でどんどん書いていきたいと思います。
「どうです?陣、作れてます?」
珍しいことがあると心配でたまらないといった風情でユングが顔を寄せてくる。ちょっと邪魔だ。
「作れるのは作れるよ、理論は前からあるしね」
この理論というのが、やっぱり自身が頑張って作り上げた理論だったが、言わないことにした。発表もまだだし、どうせ魔界ではとっくに出来上がっているだろう。
「でも駄目だー、全然安定しない」
「え、理論あるんですか?魔神様しか知らないと思ってた」
「えっ」自慢しとけばよかった。「こ、この理論さ、私が作ったって知ったらどうする?信じる?」
「信じますけど?先生の字ですから」
「……そういう信じ方か。しかも筆跡把握してるんだ」
「もちろん。今の技術じゃ見分けがつかないくらいそっくり同じに書けますよ!」
「なにそれこわい」
魔法陣とはそのものずばり魔法を使うために必要なもののひとつである。魔法を発動している瞬間を電子回路に例えると、術者が電源、ラムダ系が導線、魔力が電流、魔法陣が電球で、発せられる光が魔法となる。
電子回路と異なるのは電球自体も魔力を用いて作らなければならないこと。ただ、多くの場合において魔法陣を描くのに必要な魔力は魔法それ自体に費やす魔力の何万分の一にも満たないごく微量であるため観測も難しく、無視されることが多い。
出現している時間も詠唱を始めてから魔法を発動するまでだから長くて10分、詠唱を略した場合はコンマ1秒を切る。要はその間だけあればいいのである。
例えば今作ろうとしている魔法は、コルヌタ語での呪文が3分もあれば唱え終わる見込みだ。その先は別の国の人がじわじわ秒数を伸ばして、何語でも唱えられるグローバルな呪文に作り替えるだろう。つまり三分間だけあればいいのだが、この陣は30秒くらいで崩壊を始めてしまう。
「その6倍はほしいんだけどなあ。このジェンガタワーを安定させ続けるには、常識的な人類の魔力では無理があるよ。理論はそのままで陣の補強を図らなきゃ」
「でも先生の魔力ならできるんじゃないですか?」
ユングの視線は杖に添えられた手にある。
イルマが今触れているのは何だかんだ優秀な血染めの杖ではない。使用者の魔力の三分の一を吸い取って封印する、魔封じの杖。ガラス玉の色が変わりまくっているから、今もきっと魔力を吸い上げている。
「あれだけ莫大な魔力をつぎ込んでやれば、陣は安定するでしょ」
「うーん、わかってないなあ。私の魔力で発動したって仕方ないんだよ」
「どういう意味ですか?」
本当にわかってない。イルマは陣の構築をやめないまま話した。
「証明がいるんだ。たまたままぐれで発動したんじゃなく、同じ手順を踏めば誰でも発動できるっていう。科学の分野と同じだよ。大体のことは魔力をつぎ込めばできるって、そんなのわかってるんだから、一個人の持つ常識的な魔力量でできるようにならないと。私一人がこの魔法はあります!って言ったところでそれが何になるのさ」
「ああ、ただ先生の膨大な魔力を証明しただけになりますね。ありがとうございました。あっでも、限られた人にしか使えない魔法の場合はどうなるんですか?」
直死とか、逆回復魔法とか、具現化とか。あれって誰にでも使えないですよね?いいところに目をつけるものだ。
「それは魔法じゃない!って言いたいところだけど、理論体系があって、実際に人が死んで逆回復して物が具現化してるからねー、認めざるを得ないんだよねー」
「はあ」
「直死に関しては理論もないけど、だってその家系の人なら誰でも発動できるんでしょ?具現化に至っては理論付きで、しかも使える人がいたことが証明されてる」
「うう」
「逆回復魔法だって、動作が精密すぎてできる人がいないってだけで理論もあるし消費魔力も常識的……実際、ラスプーチンさんに手伝ってもらえばその辺の小学生でも使えるんだから。そうでしょ」
「……」
「特殊パターンに変わりはないけどね。……ちょっとユング、聞いてる?」
カウンターにぐったりと突っ伏している助手を揺さぶると、一つ大きなあくびをして身を起こした。
「えーと……何かよくわかんないけどできてるんだからしょうがないじゃん!ってことですか?」
「大体そう」
いつまでたっても安定の見えない陣を放棄して、椅子に沈み込んだ。事務所で客を待っているときは何はなくとも長い上着でカウンターの向こうの椅子に座っている。
キャスターがついているので移動もできたりする背もたれのしっかりした椅子だ。黒の合皮が貼ってあって、お手入れも楽ちん。
服装に関してはほら、探偵さんとかが特に仕事がなくてもスーツ姿で事務所にいるのと同じだから。