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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
持たざることはすなわち罪
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噛み砕く今日

 バイオレンスな題名ですが内容はなごみますよー。本編とちょっと回想です。

 しみじみと食べられる消しゴムみたいなものを噛み砕き、そこで剛志は自分の体験を噛み砕いた。無人の音楽室。奏でられるピアノ。スツールの、座っていたはずの座面の冷たさ……。

 そして我に返った。

「ぎゃああああああ出たああああ!」

 心霊現象はファンタジー世界にもある。磨き上げた廊下の下を泳ぐ魚影。故人とよく似た足音。何度しまい込んでも外に出てくる本。蚊帳の上に飛び乗ってくる蝦蟇蛙の大群。

 先ほど出会った、誰もいないはずの音楽室で奏でられるピアノもそうだ。

「と、言うと怪談チックになるけど、要は残留思念なんだね。死んだ人の残したトラップみたいなもの。霊体が留まってるケースなんてまずないから」

 イルマはこともなげに言い放つ。きっと家族のことだろうに、冷たい反応だ。彼女は例のピアノを調べているが、こうしてみる限り何かを思った様子はない。

 この調査だってそうだ。出先から戻ったイルマに半狂乱状態の剛志がピアノの話をして、延々と切々と訴えて、それで初めて面倒くさそうに調査に移ったのだ。

「残留思念があったら、何でピアノが鳴ったり廊下に魚が泳いだりするんだよ」

「魔力は精神のほうに大きく依存するんだよねー。だから、残留思念ごときでも物理的に干渉できるんだ。……ああ、もういない」

 一通り調べ終えると、ちょっとだけ残念そうに首を振ってピアノの前の椅子に腰かける。

 いないのは、残留思念のことだろう。もしかして俺のせい?剛志は少し申し訳なくて、ただ言い出しづらいので別なことを聞いてみた。

「それ、誰が何で残ってたんだ?」

「ししょーかなあ」ぽろろんと鍵盤を撫でて、首をかしげる。「教えようって言ってくれたけど結局、教えられなくって死んじゃったからね。でも弾いたのは異世界原人だし……残り方が中途半端だったのかな」

 母親ですらなかったわけだが、ししょーって誰、という質問には答えてくれなかった。


 話していた機会には、正月まで待つこともなかった。カレンダーの日付は12月25日。年を越す前に訪れたわけだ。

 12月25日といえば、日本ではカップルが群れて一部の人々の心をささくれさせる日だが、コルヌタにはクリスマスのような行事はないので、ただの平日である。ただ大晦日が近いので大掃除を前倒しで行う家庭も珍しくない。

 さて、弟子がくっついてきて準独り暮らし状態になったばかりの一人暮らし歴の長い魔導師が、そんなまめな仕事をするかという疑問は、もっともなものである。

「大掃除、まだいいの?」

「大晦日までに終わらせればいいだろう……」

 男はイルマの質問を実質的に否定して、四階の一室の前で足を止めた。錆びた掛け金には薄く埃の積もった錠前がかかっている。たしか錠前は一年半前買ってきたものだ。

「鍵は、どれだったかな」

 じゃらじゃらと鍵の束を繰る。

 机の鍵やら事務所の下のガレージの鍵やら、最近の鍵は大きさが統一されているからわかりづらい。タグをつけていたはずだが……適当に扱っていたら千切れてどこかに行ってしまったらしい。自分の迂闊さに眉を顰める。

「ししょー、これじゃない?」

 小さな手がカギの一つを指した。子供の言うことだからあまり真には受けない。唇だけで笑い、試みに取り上げて錠前に刺してみる。カチッと音がして、錠が外れる。

 開いた。

「……よくわかったな」

「だって他の鍵と違って、穴に刺すところにあまり傷がないんだもん。使用した痕跡がないってやつだよねー」

「なるほど」

 お手柄だ。鍵の束をポケットに入れて、栗色の頭を撫でてやる。きゃふっ、と驚いたような声がした。ちょっと撫で加減が良くなかったかな。

 右の手のひらを目元まで持ち上げた。思ったより重い。この程度の動作でも疲れを感じる。衰えが激しくなってきた、のだろう。推定。もしくは推量か。婉曲?そんなの現代語にあったっけ……文法は嫌いだ。

 これでも自分のことだから、断定はしたくない。

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