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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
持たざることはすなわち罪
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自動演奏ピアノ

 学校の怪談の十八番といえば、ひとりでに奏でる音楽室のピアノですね。ベートーベンの目が動くっていうのもありましたっけ?

 ありんこ個人が一番怖かったのは学校の七不思議じゃなくて、音楽のテストでしたが。

さっき入ったのとは別のドアから出た。出入り口が二つあるなんて、もしかして元は二つの部屋だったのをぶち抜いてあるんだろうか。

 その隣は、音楽室だ。分厚い木目を貼った合板のドアは他の部屋と同じように不愛想で、窓も貼り紙の一つもない。閉じているから中は見えない。錠前も何もないちゃちな金属の掛け金が錆びついているだけだ。壁だって同じ壁紙がずーっと続いている。でもそうに違いない。音楽室に間違いない。

 さっきからずっと、ピアノを弾く音が聞こえているのだ。拙いとは言わないが、すごく上手いわけでもない。どことなく聞いたことのあるような気がするけれど、曲名はさすが異世界、全くわからない。

 クラシック……だろうか?口が呟く。喉は声を発さない。目はドアの向こうでも透視しようとするのか、じっと凝視を続ける。

 頭では自分の行動の理由がわかっていた。曲が一瞬止まる。びくっと背筋が震えた。演奏再開。ほっと息をつく。何が安心だというのか。違う曲。不協和音が取り入れられている。気づかれていない。

 今、このビルには剛志しかいないはずだから、気づくも気づかないも、ピアノが聞こえたらその時点で何かがおかしい。空き巣?盗みに入った家でピアノを演奏って、風流にも程があるだろう。

 曲が不自然な部分でぱたりと止まった。どうぞ、と言っているようなタイミング。

 耳に痛いほどの静寂に、鳴きだしたちょっとの蝉の声が届く。もう梅雨が明ける、なんてのんきに言っている場合ではない。しばらくドアを睨んでいたが、意を決して音楽室の扉を開け放つ。

 さほど広くない部屋だった。真ん中に真っ白なピアノが置いてある。よく見れば、真っ白ではなくて、角のあたりが擦れて灰色が覗いているのだが、第一に真っ白だと思った。

 ピアノの演奏に必要な黒鍵が白いのだ。白い時点で黒鍵ではないだろうが、鍵盤から飛び出している。この違いはファンタジーだからか、それとも。

 ファンタジーだから、ではないだろう。譜面台にかかっている練習曲の冊子の表紙には白と黒で鍵盤が描かれている。あまり使われていなさそうな室内に踏み入り、ドアを閉めたら演奏が再開された。

 ぽろろろん、と鍵盤を撫でて、見えない手が二つ目の曲を最初から奏でる。演奏をやり直す時の癖みたいなものだろう。音楽に詳しくないからよくわからないが、そこまで重要とは思えない。

 勝手にピアノが演奏されているところとくらべれば、ほら、何でもないだろう?

「くそー……からかいも大概にしてくれよな」

 どこかに仕掛けがあるんだろう。あいつらのことだ、ビデオか何かに撮ってニヤニヤしているに違いない。

 ピアノをじっと見てみた。ひとりでに鍵盤が押されて音が出る。ずいぶん低い音が一緒に鳴っているようだ。高い音を弾いている、右手のほうはリズミカルに動いている。どこかに糸がつながってないかな。

 ない。踏まれるペダル。確かに誰かが踏んでいる。人が座っているはずの場所には……なぜだろう、手を触れられない。触れるというただそれだけのことができない。

 そこに人がいるのに座面に触れるなんて無理に決まっているじゃないか、と自答する。見えないのにどこか深いところで人間の存在を感じ取っているのだ。

 譜面をのぞいてみた。音楽の授業で見たようなオタマジャクシが線の上に並んでいる……が、漢字?♯や、♭の記号があるべきところに、嬰、変と書かれている。

 文字のフォントはともかく、異様な雰囲気だ。あれ、楽譜の線は五本だっけ六本だっけ。ここには五本。同じかどうかわからない。

 ぱらりとページがめくられた。まだ演奏は続くのだ。話しかけづらい。ここで話しかけたらその瞬間にちょっと透けた美少女が出てくるなんて、もう思ってもいないけど、話しかけないといけないような気がする。

 ああもう美少女が出てくるんでいいや。美少女美少女。だから、話しかけろ、俺。

「あのう」声をかけたが、演奏は止まない。淡々と続いていく。曲調としては楽しげなのだが、弾き方は楽しそうでも何でもない。「あなたは、誰ですか?」

 答えはない。もしかしたら、音名で暗号になって答えがあったかもしれないけど、そんなんわからん。聞こえていないのかもしれないけど、それも分からない。

「どうして、ピアノを弾いているんですか?」

 沈黙、と形容すべきところに、演奏。どんどんテンポが義務的に速くなっていく。また遅くなる。感情的なはずの譜面から、機械的に変調が繰り返される、厭わしい調べ。

 もはや何がしたいのかもわからない。嫌ならやめちまえよ、と毒づく。演奏。演奏。

 もう意思の疎通ができてもできなくても、どうでもよくなってきた。ぐっと鍵盤を睨みつける。指を開いて、いくつかの鍵を一度に鳴らす。壊れたのではないかと不安になるような嫌な音がして指が沈み込む。

 演奏が止んだ。人の気配もなくなる。さっきまで誰かが座っていた座面は、しかし、冷たかった。室温に逆らうように冷たい。痕跡と呼べるのか、否か。

 だってドもファも8ビートも何もかも全部同じに聞こえるんだもーん!

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