リアル探索ゲーム
トリップ野郎の話です。ちょくちょくイラッとする言動ですが、もともとの性格のせいで……はなくて、単に読者のみなさんより持っている情報が少ないからです。
まあ、ゆったり構えていてくださいね。
さて、読者諸兄には既にお分かりのことと思うが、剛志のぶんは迷宮に入る前にただで手に入れたあの携帯食料だ。まずいことには定評がある。お腹に溜まることにも、栄養価にも定評がある。食べられるのだ。致命的にまずいことを除けば。
早い話が、調理が面倒だったのである。なお、ユングの弁当箱には作り置きのおかずと前日の夕飯の残り物が詰められている。
米は炊いたのだが、ユングの弁当に詰めて、朝食にみんなが卵かけご飯をしたらなくなってしまった。剛志は異世界に来てまで卵かけご飯を食べる羽目になるとは思わなかった。しかも日本のそれほど卵がおいしくない。国産だからね、しょうがないね、とイルマが言っていた。
だが、一番の問題は昼食が与えられているけれど仕事などは与えられておらず、一日暇だということである。パソコンが事務所の机とイルマの部屋にあるが、パスワードが分からないし、後者に至っては厳重な扉の向こうだ。ネットサーフィンは無理だ。
テレビはつかないようにしてあるらしい。だって電力もったいないじゃん、とのことだ。
自分で小説を書く?書けたら今頃そうしているさ。書けたら……。では読書。確かに、今日までは百科事典を読んでいた。そして読破した。20巻すべて。
書斎にあったのだとか。その書斎にはまだ入ったことがない。行動を許される範囲がダイニングと剛志の部屋として与えられた空室しかない。
しばし悩み、剛志はこのビルを探索してみることにした。まず事務所から階段を上がって、それぞれの自室が並ぶ三階へ。自分の部屋に戻ってみる。殺風景な和室だ。ベッドは置かれていない。来客用らしき布団がべろりと敷いてあるだけである。
一応、床の間には掛け軸があった。春眠不覚暁……なぜ漢文。ただ紙の感じから言って古いものではなさそうだ。ごく最近の習字作品という感じ。
墨跡も鮮やかに、しかし整然と文字が並ぶ。普通は隅の方に書いた人の名前が書かれているのだが、これには書かれていなかった。剛志は首を傾げた。
習字のことなどよく知らないが、違和感があるのだ。練習で書いたものとしたら、わざわざ掛け軸にしてここに貼るのはおかしな気がする。
かと言って掛け軸用に書いたなら名前を書きそうなものである。もしかしたら、書いた本人は掛け軸になるなんて予想もしていなかったのかもしれない。
「春眠暁を覚えず……か」
ニヒルに呟いたけど実はよくわかっていない。たぶん古典で習った。古い中国の詩だったような、よく覚えていない。だって古典は苦手だもん。
「……つか一行目の半分しか読めねえ」
確か意味は……春は自律神経系の乱れで朝起きるの辛い、だったかな?やはりロードオブザリングとか、そんな感じのファンタジー世界が進歩したというわけではなさそうだ。
和室、習字作品。チーズケーキを焼く魔神……はともかく、名前が西洋風だと思っていたら東洋系の血、アフリカ系の血が明らかに入っている人もいる。
いるっていうか、ここまで、みんなそうだ。ブラム・ストーカーはどう見ても北欧の人だったけど、彼は何百年も前の人間だ。基本的に混ざっているのが普通だと考えるべきなのだろう。百科事典にも魔族との混血は差別対象だとあったけれど、有色人種とかは書いていなかった。
和室を後にする。当たり前すぎて気付きづらいが……襖だ。麻の葉文様が下半分に描かれている。
窓はガラス窓と障子だった。開けるとドブ臭い路地裏が見られる。夜なんて野良猫が盛ってる。昼は昼でペットボトルが浮いていたりする。
日本だろ、ここ、ともう何度目かになるセリフを吐き捨てる。
ワードのファイルが重くて動かしづらい今日この頃です。