嬉しい忙しさ
小人閑居して不善をなす。サイコと半人にもそれは当てはまるのか?という話です。
今並列して過去編を作っているのでちょっと更新が遅れております。エタらないよう頑張っていきたいと思います。
「それにしてもお仕事ありませんね」
「不景気だからね」
朝顔に水をやりながら鷹揚に答える。でも不景気さんだけのせいじゃないのはわかっている。あまり現実を直視したくないだけだ。
今日は雨、今日も雨、おかげでジョウロからも雨の降る朝顔の鉢は水浸しである。
「……腐りません?それ」
「多分大丈夫だって。知らないけど」ビニール傘越しにパンツ一丁でテラスの柵に寄りかかる助手を睨む。こいつは何をしたいんだ。「ユングこそ風邪ひくよ」
「僕は馬鹿だから大丈夫です。今は効率よく光合成をするために水分を補給しているだけなので、お気になさらず」
じょしゅ は ちょっと さみしそう に わらっている!
「…………………………あ、そう」
何から突っ込んだらいいのだろう。風邪ひくよ、に対して、馬鹿だから大丈夫、は聞いたことないけどまだわかる。馬鹿は風邪ひかないって言うもんな。まだ理解の範疇だ。
で、問題はそのあとである。効率よく光合成をするために水分補給って、別に難しいことは言ってないし、やらんとするところは大体わかるけど、それでどうして半裸で雨の中たたずむ必要があるんだ?
水飲めばいいんじゃないの?なんで全身に浴びるの?そんなにハードに水分が必要なの?水不足か何かなの?そもそも今日は雨だから光合成は進まないんじゃないの?室内でやるの?だったらますます何で半裸になって外に出てるんだ?
あと何でちょっと寂しそうな笑顔なんだ?確かに一生理解できないし、しようとも思わないけど、どう見ても変態にしか見えないことをしている時点で何がどう寂しいんだかわかりゃしない。
「ついでに一人イメクラシチュエーションで、居残りを命じられた生徒とそれを忘れた女教師ってのをやってます。楽しいですよ。先生もいかがです?」
「やらないけど……なんでまたこんなとこでやろうと思ったわけ」
「ここに来てからストレスがたまっちゃって、どうにか解消したいんです」
なんせ人間界は娯楽が少なくて!と満面の笑みである。ストレスがたまっちゃってとかこっちのセリフだ、とか、私だってどうにか解消したいよ、とか、まさに今の君がストレッサーなんだよ、とか言いたいことはいっぱいあるがあえて触れない。
消化されないもやもやが目から耳から入って溜まった前頭葉で圧縮されて頭痛をもたらす。うう、早くやおいをこれへ……!
「……………もう私は何も言わないよ……」
どっちを見ても変態しかいない6月も終わりに近づいたころ、やっと事務所のドアを叩くものが現れた。デスクにうつ伏して死んだように身動き一つ取らなかったイルマが飛び起きる。剛志がびくっとして壁に貼りついた。
「はーい、いらっしゃーい!」
ドアが開く。入ってきたのは恰幅のいい初老の男性だった。顔見知りの近所のおじさんだ。確か、カフェをやっている。コーヒーにかける情熱により、最近店と額の面積が大きくなったはずだ。
靴のまま上がろうとするのを止める。ちょっと待って。ここ、靴を脱いで上がって。彼はちょっと気まずそうにしながら、イルマの勧めた椅子に腰を下ろした。
「何でも屋、だったよな……実は」なあになあに?行儀が悪いけれど身を乗り出す。「うちのウェイターとウェイトレスが軒並み先月でやめちまって……死人で何とかできないか?」
さすがのイルマも返答に詰まる。できないかって、そりゃあできるのだが、何かが引っかかっている。
「それって魔導師の仕事か?」
「うおぇっ!?何だお前、顔がキモイな……魔神はオークを作り直したのか?」
異世界猿人が代弁してくれたが、同時に猿人への思いをカフェおじさんが代弁してくれた。複雑である。もはや涙も出ない剛志をさらっと無視して、交渉を再開する。
「できるよー。お金次第だけどね。最低で何人要る?」
「とりあえず3人はほしいね。10人くらいほしいっちゃほしいけど、無理があるだろ?」
「だね。……ううん、半分以上魔族でよければ揃うけど」
「なるほど……男女の比率は任せる。金額はそうだな、うちは時給20カウロ前後なんだ。死者、魔族一人につきその8割でどうだ?」
ある意味新鮮、死者のいるカフェテリア。魔族はたまにいるから珍しくもなんともない。ちなみにイルマはこのおじさんの店で飲食するのは月に一度あるかないか。師の生きていた頃はもっと少なかった。よく利用するほうではない。
「んー、9割で」
「……8割4分」
「もう一声って感じかなー」
「わかったわかった、うちで使えるクーポン三枚つけるから。な?8割4分。いいだろ?」
むむん。ちょっと顔がにやけた。おじさんのカフェはオムライスがおいしい。香ばしいケチャップライスとふわとろの、鮮やかな黄色の卵。
「よーし、乗った!」
おじさんが帰っていったあと、ユングにも話を通した。助手はあからさまに嫌な顔をする。
「なんて顔をしてるのさ。お仕事だよ?」
「……それ、魔導師の仕事ですか?」
「魔物退治もほんとは魔導師の仕事じゃないよ」
本来、魔導師とは魔術の研究をして生計を立てるものと辞書に載っている。納得できないという面持ちのまま、ユングは契約書に目を通した。顔を見るにピンとこなかったらしい。彼も彼で野人である。
「もっと違う仕事がしたいんですけど」
「なくはないんだけどさ……うん、依頼側もあまり急がないみたいだし、あとでいいかなって」
「そうですか。じゃあ僕はこの間にバイクの免許取ってきますね」
「休む気?休んでる間の給料は出さないよ!」
「はーい。でもご飯はくださいね?僕は料理できないから」
「ちぇ、仕方ないなあ。お弁当作っといてあげるよ」
またどうせ、いわゆるランチボックスみたいなのじゃなくぎゅう詰めの弁当箱なのだろうが、中身はいくらか期待できそうだ。美少女の手作り弁当!剛志はこっそりにやけた。
にやけたから、初弁当箱にショックを受けたのだ。
「な、なんだよ、これ……」
剛志のぶん、とマジックで書かれた「弁当」は、なんと、細長い直方体の、銀色の包装に包まれたものだった。長さは10センチ程度。剥くのか?剥いて、中身を食べるのか?いや、わかるけども。わかってるけども……なんか、思ったどれとも違う。
ユングの弁当をちらっと見てみる。円柱みたいな形のものと細長い直方体を包んでいる巾着袋だ。布はオレンジのギンガムチェック。
お箸と弁当箱が入ってますよといえば確かにそう見える。見えるって言うより、入っている。確実に入っている。持ってみる。重たい。入ってるでしょう。入っちゃっているでしょう。
扱いの差が辛い。衝撃を受けていたらユングはさっさと弁当箱をカバンに入れて出ていった。服装は黒いジーンズに薄い緑のTシャツかタンクトップか。上に半袖のパーカーを着ているからちょっとわからない。後ろからはただ髪が長いだけの高校生に見える。
主人公たちに忙しくいてもらわないと、書く側としては手持無沙汰ですね。