外国に行って痛感することは異世界に飛んでも痛感する
こう見えて海外留学経験がありまして、たった二週間ではありますがいろいろ聞かれて困ったもんですよ。
現在、魔界は不規則な小国家となって分裂している。文明も停滞しているため、人類の側が追い付いた。追いついたと思われる。
人類は魔界の全域を調査したことがないから、魔族も自分たちのことを詳しく話すことはないから、奥地にはもっと進んだ文明を持つ国家があるのかもしれない。そしてそれを知ることができない。
「ていうかその可能性が一番高いんだよね。初めて月に着陸した宇宙飛行士は魔族の皆さんにクラッカーで歓迎されたからね。100年も先に基地作ってたんだよねーわけわかんないよ」
「それは人類が遅すぎるだけですよ」
魔族Aの証言は黙殺された。相手が市井の一魔導師に過ぎなかったこともあろう。
「人工衛星とか山ほど飛んでるのに、いまだに大陸の形しかわかってないからね。ミノフスキー粒子でも飛んでるのかって状態だよ」
「ただのチャフですけど……」
「えっ?」
魔界には人類の自治区もあちこちにある。人間界で生活していけなくなった人々の最後の受け皿だが、人間のみで作ると大体50年くらいで消滅してしまう。魔物の地元だからだろう。
「自治区じゃなくて魔王とかに保護してもらえばいいのにな」
「確かに人間牧場持ってる魔王さんいるけど、扱いが家畜になるよ?男女問わずハゲにされるし、食肉として出荷されたりもするし」
「……人身売買じゃねーの?」
「人間の側が家畜になりたくて来てるんだからいいだろう。家畜やめますって言ったらやめさせてくれるし」
「その瞬間に庇護を失って大変なことになるけどね」
「自己責任でしょ」
人間牧場まで行くと家畜なので、受け皿とは言えない……。
50年以上保たれている自治区は現在五か所で、これらはすべて魔族に守護されたり君臨されたり、人間界との交易の際の宿泊施設として使われている。人間だけの自治区は10年以内に消えるのだ。
「六ヶ所だよ!この前の節分にうちもそうなったのに!くそっ、出版社に話をつけてこないと……」
「ユング、これ、三年前の本だから勘弁してあげて。たぶん新刊だったら増えてると思うし」
「魔族に君臨されてるのって自治って言えるのか……?」
と、思われがちだが、魔族は案外権力に興味を持たないので、法だけ整えて自治区内の実権は人間に持たせていることが多いのだ。君臨すれども統治せず。
なお、自治区には人間界の小国くらいの規模と人口でやっているところもあるが、魔王の条件は従える魔族の数によるので自治区を持つ魔族はまず魔王にはなれない。
自治区にいる魔族の最高責任者を、領主という。
「……何か前にも説明した気がしますね。僕が解説するのは初めてだけど」
「ユング、メメタア!」
「あいたっ!?先生どうしてぶつの!?」
「何でだろうね。自分で考えてよね」
現在、人間界の各国が共同で宇宙ステーションを作っているとか、何とか。その中でコルヌタの宇宙開発は魔族がいるから早く進んでいるのかと思いきや、人手不足で絶賛停滞中である。
魔界からは何も言ってこないから、宇宙開発に興味がないのか、同じようなことをしているのか、わかっていない。ただ一世紀早く月面に大規模な基地を作っていたことは確かなので(そしてごく当然のように住んでいたので)今頃火星にでもいるんじゃないかとまことしやかに囁かれている。
この世界の月は石とクレーターだらけの、大気のない衛星で、日本の空に浮かぶあの月と何ら変わらない。ただ現在、人類の月面基地は魔族の月面基地に間借りする形で作られている。こんなところで魔族は自分たちの基地で何をしているのか全く分からない。
食って寝てるんだろうということはわかるが、それだと月に来る意味が分からないし、研究にしても月面の探査は終了したのか興味がないのか行っているのを見たことがない。
月のテラフォーミングを進めているのではないかというのが投げやりになった識者の意見だ。
「魔族は遺伝子操作の技術も優れてるからねえ」
「臨機応変で多様な変異が売りの種族ですからね。っていうか、地球上の半分の大気があれば僕らは生活できますよ。遺伝子操作も肉体改造もなしで!」
近場にいた魔族の証言によると十分なタフネスを備えているようだ。火星ならぬ月にゴキブリを放たないかどうかが気がかりである。
「月って大気あったっけ?」
「あはー先生何言ってるのー。なければ作ればいいじゃないですかそんなもの」
コルヌタの軍隊は世界でも三本の指に入るとか言われているのは言われているが、基本的には反戦国家なのであまり動かさない。
全体的な世界情勢としては、ことあるごとにミサイルを撃とうとする国、あと神聖大陸のあたりで発生しているテロが怖いかなとか言うくらいで、今すぐ戦争だって空気ではないと。
「こっちでも似たようなもんなんだなあ……反戦、反戦って。まあ俺も戦争行きたくないけどさ」
「え?日本もそうなの?マジで?反戦じゃない国に引っ越そうかな。ユングー、実家のおばあちゃんに連絡とってよー」
「その必要はありませんよ。だって日本とやらの場合は国内の治安悪化に歯止めをかけるので精一杯ってことでしょうからね。だって女の子が昼間っから大っぴらに乱暴されるような国なんだから」
「そっか、そうだねえ。余裕が違うんだね」
日本株、異世界にて暴落……おそらく下げたのは自分なのだが、剛志は青ざめた。愛国心などないが、そんなふうに思われるのはちょっと嫌だ。あれ?愛国心あるのかも?
「違うよ。治安はいいんだよ」
「君の国の治安が良かったらコルヌタは何だい?天国か何か?」
「比較的ってことでしょ、察してあげてください」
「あ、ましな方だったんだ。ごめん、面白いから続けて」
申し訳ありません、世界の皆さま。わたくし相馬剛志は今、日本株を少しでも上げようとして誤って皆様の株を大暴落させました。もはや、申し開きの余地もございません。空のかなたに向けて謝罪する。
さて、元の世界全体の株を上げるため努力しなければ。
「そうじゃなくて、軍隊がないんだってば。日本は軍隊を持ってないし、戦争もしないんだよ」
「正気の沙汰じゃないね……あ、国民居ないんだ」
なんでそうなる。
「攻められ放題ですね。さては国民総受けか」
腐ってやがる。
「ひ、非核三原則だってあるし……」
「どうせ誰かしら持ち込んでるでしょ、原子力発電めちゃくちゃコストいいから」
「兵器利用じゃなかったらいいっていう……」
「発電所をドカンしたら大量破壊兵器の完成だけどそれは入らないのか?」
あっという間に話題が尽きて、政治についてもっと知っておくべきだったと後悔する剛志であった。
いやあ政治経済の授業はまじめに受けようって思いましたよ。海外留学にはもしかしたら英語より大事かもしれませんな。
文化ももちろんだけど政治のことも聞かれたりするんです。それは時期的な問題だろうって?うーんそうかもー。