デレ期は突然に2
やむなく分割した回の後ろ側です。相変わらず地獄。
デレた。あのニーチェがデレた……上官はあまりの衝撃にしばらく身動きも取れなかった。
「ちょっと待ってお前って照れるの?」
「当たり前だろう」
肌が白いから血の色が透けてすぐに真っ赤になる。目はずっと右下に泳いだままだ。
「具体的には、その……じっと顔を見られると照れる」
――かあいいよぉっ!
お持ち帰りしたい症候群が脳の片隅で絶叫するのをねじ伏せて「そういうもんか」と何度か頷く。恥ずかしいならあまりじっと見つめないほうがよさそうだ。
「今度からやめとくよ」
「いや……見てくれてもいいのだが……尋常な程度に留めてほしい。顔を見られるのにあまり慣れていなくてな……面映ゆいというか足の先がむずむずするというか……一応何とかしたいとは思っているのだが」
お前狙ってやってるだろ!絶対俺にお持ち帰りさせるつもりでいるだろう!頭脳の次は体を押し売りか!肩をすぼめて恥じらうな!同人誌にいそうな雰囲気はやめろ!
叫びだしたかったがニーチェの幼さは知っている。大声を出したり刺激すると取り返しのつかないことになりかねない。
「わかった、ほどほどに眺めるようにする。あまり無理すんなよ」
「無理か……無理を通して道理をひっこめるのが俺だったが……善処する」
善処。何となく引っかかる言い方だ。つかつか歩み寄って頬を指で突く。
これはッ……肉付きの薄い頬ながら肌の弾力がすごい!赤ちゃんのような肌なんてもんじゃねえ……もっと恐ろしいものの片鱗を嗅ぎ取ったぜ!
「いや、上官殿。それはまさしく赤ちゃんの肌だ。俺の実年齢を思い出せ」
「そうか……そうだよな」
納得したところで言おうとしていたことを思い出した。みたいも何も本当に赤ちゃんである。
「もっと力抜けよ、お前の言葉を借りるなら無理を通しすぎだ」
道理が引っ込みすぎだ。ニーチェは切れ長の目を見開いて、ぼんやりこっちを見ている。言われた意味がよくわかっていないらしい。おっとまた見つめてしまったか……ちょっとだけ視線を外して戻す。
「お前、自分のこと機械か何かだと思って動いてるだろ?」
顔全体に厚い氷が張ったように冷たく、ニーチェに表情はない。答えもない。
瞳を覗き込むが、しんと凍り付いた氷河に口を開けたクレバスと同じくらい温度がない。血が通っていないとすら取れる。ないない尽くしだ。さっきまで見られると照れるとかしおらしいことを言っていたのが嘘みたいだ。
この無反応の極致を肯定の反応として、続ける。
「よせよ。確かに、働かせるために作りはしただろうが、何もそれに従う必要はねーし嫌なら嫌でいい。お前にだって感情があって思想があって人格があって自分がある。そうだろ?」
青年の唇が何か言おうとするときのようにか細く痙攣し、一瞬歯をのぞかせてぎゅっと閉じられた。結局何も言わなかった。
粘膜の桜色が口内に巻き込まれて見えなくなる。縦に裂けた瞳孔が細くなった。眩しいものでも見ているようだ。
「その自分を保つためなら俺たちによりかかっていいし頼っていい。確かに血縁はないけどジールはお前の母親だからそのためにいると思っていい。ま多少フォローが追い付かないこともあるっちゃあるが、だからこそ何でも言ってやればいい」
目を見ていたから今更気づいたが、ニーチェの顔はほとんど青ざめていた。引き結んだ唇の他に動いたパーツもない。
ただ血の気だけが引いたのだ。震え一つ起こさず見つめる一点は上官の眉間だが、上官の顔を見ているわけではない。
「おい……どうした?」
とても眠いとでも言うように、瞼が降りた。寝返りのように首を振る。彼が意図して起こしているのではない動作。ついで全身から力が抜けきって、上官は彼が倒れてしまうのではないかと危惧したが、そんなことはなかった。
「すまん、少し取り乱してしまった」
「え、取り乱させるようなこと言ったか?」
上官は素でツッコんだ後、まだ相手が青い顔をしているのに気が付いて、息を深く吸った。
「またどっか悪いんじゃないのか?ちゃんと寝てるか?飯は?……ってお前はまだ固形物を食えないのか。足りてるか?……何笑ってんだよ」
もうたまらないとばかりにくつくつ喉の奥で声を立てる。顔面蒼白のままだが、表情にはいくらか明るさがあった。
ひとが真剣な話してるのに、と顔をしかめるが笑いは止まらないらしい。とうとう体をよじってあははと大声で笑いだした。
「だって、あは、おかしいじゃないか、あはははは」
「何がだよぉ!?笑ってないで教えろよ!」
「あはははははは、はっ、ぐふ、がふっ。げほっ」
とうとう噎せた。それでも笑い続ける。何かはわからないが、よっぽど面白かったらしい。狂気はともかく悪意がない。こんなふうに笑うニーチェは初めて見る。素材がいいから鬼どころか天使にも見えた。
だが、鬼だ。