真打登場!
ふ、ふう……こ、これでしばらくは……ハッ!?何だお前は!窓に!窓に!
本編ととくに関係のない寸劇をお送りしました。制作環境にはあるかもね。
「……つまり、俺には魔法を使う手段がないと」
「うん。魔力を込めた道具なんかはあるけど、あれも使用者の回路で循環して使うから君には無理」
そう言って曰く形容しがたい、ぽよんとした表情のまま座っているユングの方へ向く。何ですか?じゃねえよ。指示待ち人間自重。自重しろ指示待ち人間。
「いいえ僕は半人です」
「それで?」
「厳密には人間ではありません!やーいやーい先生間違えたーオブっ」
愚昧な助手の顔面にさっき牛乳を飲んでいたホーローのマグカップがめり込んだ。やがて本人の顔面の弾力というか復元力でゆっくりマグカップが押し出されてころんと机の上に転がる。
「ねえ、何でダメなんだろうね。コールさんは人間とか動物とか魔族とか関係なくすべての生命体に魔力を与えたのにさ」
「この世界の生き物ではないからでは?あと、魔導回路じゃなくて、正式名称はラムダ系です。ラムダさんが見つけたからラムダ系です。リンパ系の近くに通っています」
「そうそれ!ユング凄い!」
聡明な助手は考察ついでに正式名称まで思い出させてくれた。なぜか鼻血が出ているのはご愛敬。助かる。一方あらゆる意味での足手まとい剛志は頭を抱えていた。酷い。
チート能力もなしで放り出された時点で何かをあきらめていたが、この世界では一般的な力である魔法すら使えないなんて。魔神がすべての生物に与えたという……え?魔神が?
ひっかかりはやがて形になった。
魔神があんな可愛らしい少年だったところは異世界だからいいとして、普通魔神と言えば人類の敵ではないか?なぜそれがすべての生物に魔力なんて便利なものを与えるのだ?
今回の質問には答えてくれた。
「コールさんは人類の敵とかじゃないよ。ていうか神様たちにとって人類とかゴミクズみたいなもんなのに敵対とかしないから。ああうん、でも人間界の管理に謎の責任感を持ってるからよく大災害を引き起こしてくれるね、あのひと。魔王とかに人間界攻めさせたりもするしね」
それ敵じゃね?剛志は思ったが何も言わなかった。ユングが据わった目で魔神を礼賛する文句を暗唱し始めたからだ。この世界にも聖典というものはあるらしい。
ますます、新たな疑問がわいてくる。
「そもそも、魔力って何なんだよ?与えたとか、よくわからないぜ」
「うーん。……ちょっとメルヘンチックになるのを恐れずに言ってしまえば願いの力なんだよね、これ。こうなればいいのに、とか、あれが欲しいなとか、あるでしょ?」
くるくると少女の指が空気を掻きまわすと、ごうっと火の玉が現れた。目を奪われる。室内だからなのか、妙に鼻につくきな臭いにおいをさせながらしばし燃焼し、ぼじゅっと湿った音を立てて消える。
魔法が実行されるのを見るのは、もう初めてではないはずだが、言いしれない感動を覚えた。願いが叶うという可能性に魅了されているのだろう。
イルマたちこの世界の住人にとっては珍しくも何ともないごく当たり前の現象だが、持たざる者が持つ者を見た時の憧憬は知っている。
「強く願えば願うほど、過ぎた望みを望むほど大きな魔法が発動する仕組みになってるんだ。もちろん魔力に見合った魔法しか出ないけどね。魔法が放てるのが魔法使い。で、これを体系化した学問であり技術でもあるのが魔術。魔術を使うのが、魔術師」
で、魔法を望む方向へ導き、新たな魔術を作り出すのが魔導師。ネットのコピペの受け売りをそのまま言ったのだが、剛志は目を輝かせてこちらを見ている。
こっちみんな。若干胸が悪くなったが表面は取り繕う。にっこりと笑顔になった。
「ま、それだけだよ」
現実には欲望を増幅させ、疑心暗鬼を生じ、民族間の争いを煽るのだが、伏せておくことにした。ちょっと考えればわかることなのだ。わざわざ言うことでもあるまい。
後ろの棚にたまたまあった百科辞典を与えて、自分は今朝のユングをまねてごく遅い速度で護身術の型を練習してみる。目つぶし、正拳突き、膝蹴り、目つぶし、目つぶし。
けっこうそれらしくできたように思うのだが、ユングは涙目になって笑いを必死でこらえていた。何だよっ。笑うくらいなら教えたらどうだよっ。
しばらくしてコールは期待通り立派なスフレチーズケーキをワンホール作って持ってきた。だから、ユングが気配も見せずに加速したイルマの右アッパーで意識を失うことはなかったのである。