真実は雪の中
回想編でなんちゃって推理となんちゃってミステリ。本物はどうやって書くんでしょうね。
めでたく、第一容疑者が決まった。実存の魔導師である。現在拘束している。取り調べを始めよう、とここまで来たところで解剖の結果が届いた。
どうやら実存が到着するまでに殺されて埋められていたらしい。死体が雪の中に埋められていた頃、魔導師は首都高に乗っていた。カメラの映像が証拠である。
さらに別の場所で殺された後運ばれたらしいのだが、大分遠いところからやってきたと思われること以外、よくわからない。身元もいまだ不明。
自殺の線も消えた。ナイフの角度が自分で刺せない角度だったらしい。知らんけど。
「馬鹿めが」
魔法による殺人かとも思ったが、調べた結果、魔力残渣がなかった。魔力残渣とは端的に言うと、魔法を使うとその場に残る指紋のようなものだ。
一人ひとり波長が違うから、調べればすぐにわかる。何かで捕まると、指紋とDNA、名前の他に魔力の波長も記録される。
つまり物理的に単純にごく当たり前に刺して殺しただけである。
「俺がそんな足の着きそうな殺人をするものか。俺ならナイフはちゃんと回収して、死体をコンクリートに変えて、こっそり建築現場に紛れ込ませるぞ。魔法を使うのは前科のない阿呆だけだ」
魔法を用いた事件の場合、魔力残渣、照合完了しました!三年前傷害で逮捕された■■■■です!……って出来てしまうのだ。もちろん魔力残渣がなければ普通に科学捜査がなされる。魔力がなきゃ指紋だ、DNAだ、下足痕だ。
「えー、あえて森の中の高い木の上に吊るして腐るに任せた方がいいんじゃないの?上なんかまず見上げないし、あとは大自然に帰るでしょ」
「馬鹿め、その森をすぐに伐採されない保障などあるものか」
「それを言い出したらいつ建築が宙ぶらりんになるかわかったもんじゃないよね」
拘束衣を着せられているから寝ころんだままの魔導師が顔をあげた。首が疲れたのかぺしゃっとうつ伏せに戻る。さっきバランスを崩してベッドから落ちてからずっとこの体勢だ。寝返り一つ打てない最近の拘束衣、恐ろしい。
誰か戻してやれよと思わなくもないが、この場にいる誰一人として自分が実行する気はない。よくある話だ。
「……仕事以外で人を殺すものではないな」
「うん、諸行無常」
そこは人殺しなんかするものではないって言ってほしかった。仕事ではいいのか。その線引きは何だ。
ただ、捕まえた殺し屋を殺人犯と同じ房に入れたら泣いて嫌がったという笑い話がある。こんな人殺しと一緒の部屋は嫌だと。あれはもしかすると本当にあった話なのかもしれない。
「で、犯人はまだこのホテルにいるわけ?」
「さあ……死亡推定時刻から発見までに人の出入りが少なくとも五件はあって、とっくに出て行った可能性があるんです」
可能性どころか、多分出て行ってます。
「そりゃ出ていくよね。私ならとっとと出ていくよ」
「つまり……俺はもう解放されてもいいのではないか?」
「あ、いえ、あなたはまだそのままで」
開放されない魔導師はぐったりうつ伏した。少女に足でうりうりと踏まれているのが何とも哀れだ。
「あはははは、ししょーってばおっきな芋虫みたいでかわいいー」
「人のことを何だと思っている……やめろ、踏むな。息が苦しい。あと可愛いのセンスが意味不明だ」
「えー?私にも基準はちゃんとわからないけど、少なくとも今のししょーが果てしなくかわいいのはわかるよー。両手足を切り落としてホントの芋虫にしちゃいたいくらい」
……本当に精神衛生的によろしくない方々である。結局、何をどうやって抜けたかわからないけれど、魔導師は自力で拘束を解いた。解いて、トイレに走った。
我慢の限界というやつなのか。
事件は微動だにせず、結局ホテルに泊まっていた人々は解放された。四日目の夕方、イルマと師は元通り白の軽四駆に乗って来た道を逆にたどっていた。
スキーは結局、初心者に毛が生えた程度からまるで進歩しなかった。少し残念である。
ギラギラと差し込む夕日を、ファミレスの団扇で遮りながら横目で魔導師を眺める。
「ねえししょー、私、犯人わかったかも」
ぐるぐると外周を囲むように山を降りていく。カーブのたびに団扇を動かしながら、目を閉じたり、開けたり、光をどうにか抑えようとする。
「……そうか」
誰だ、とは聞かない。山を降りた。信号で止められる。
「犯人は、私たちがここへ来た時にちょうど出ていった、あのおばちゃんだと思うんだ。ほら、ししょーも覚えてるよね?ちょっと品のいい感じの」
「ああ、覚えている。俺が吐いている横を通っていった、50代くらいの。なぜそう思う?血の臭いでもしたか」
バックミラーの中のイルマが首を振る。信号が青になった。前の灰色の乗用車に続いて動き出す。歩道を中年の男性が犬を連れて歩いている。何だっけ……耳が三角形で尻尾がくるんとなったやつ。
「そうじゃないよ。状況証拠でしかないんだけど、あのおばちゃんはね」そこでいったん言葉を切って、息を大きく吸った。「夫と二人で来た、って言ったんだ」
魔導師は何も言わなかった。CDのソロピアノだけが耳に届く。今かかっているのも、来た時と同じくらいゆっくりしたテンポの曲だが、一拍一拍が短いように感じる。また信号に引っかかる。今度は最前列だ。
「……おかしいんだ。だって夫婦で来たなら、一人で帰るのはおかしいじゃないか。もちろんね、旦那さんが先に車についてた可能性だってあるよ。けど、あの時駐車場にはそんな人いなかったよね?あとさ、埋め方が雑だった理由だけど。あのカップル、どんだけ馬鹿でもあの迷い方はおかしいよね。前にもここに来たことあるのに。しかも、そんなにホテルから遠くなかったよね。……最初はちゃんと埋めてたんじゃないかな。雪崩か何かで、それが剥ぎ取られちゃっただけで。どうやったら上手く死体だけ残るのか、わからないけど、上にあった雪はそのあと積もったものなんじゃないかな」
白の軽がコンビニの駐車場に入った。ぐるりとハンドルを切って、Uターンする。折しも、曲が変わった。今度はさっきより明るい曲調だ。
「ししょー?帰らないの?」
にいっと魔導師の口角が吊り上がった。眉間も解放されて、柔らかな笑顔が100パーセントだ。
「帰るとも。だが、その前に、山の上で右往左往している公僕どもに今の推理を聞かせてやらねばな」