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ステージ6

ステージ6


 足助の名前の由来は祖父が『誰かの助けになれる男になれ』との願いを込めて付けられた。


 残念なことだが、足助自身はそのように育つことはなかった。

 

 平凡な家庭の一人息子として生まれた。父も母も、平凡な人だと言って良い。その割には自分の容姿がそこそこに優れているのが不思議だった。勉強も苦労をせずに覚えることが出来た。


 ただ、平凡な家庭に育ったからにはあまり無理なことは出来ない。公立高校で勉強をして、地元の国立大学に入学、奨学金で学費を支払い、バイトで小遣いを稼ぎつつ、無難に大学も卒業をした。親に迷惑をかけたつもりはない。


 だから、恩を感じることも、恩を返すこともないと思っていた。萬姫と付き合い、結婚する際に『婿養子』として望まれた時は、親に相談することもなく自分で決めさせて貰った。


 萬姫の家に婿として迎えられて以来、親との連絡は取っていない。お互いに便りの無いのは良い便りなのだろう。いづれにしても、足助が気にすることではないと思っている。


 親が死んでも、別に関係はないのだ。ちっぽけな遺産を、どうこう言うつもりはない。自分の手を煩わすことなく、死んでくれればいい。ダメなら、どこかの施設で預かって貰うだけだ




 ――この手で人を殺めた


 例え、電脳世界の中とはいえ気持ちのよいことでは無いなと、足助は思う。亀頭のような考え方は理解が出来そうにもない。

 そして、一つ懸念するべきことがある。どうも、あの場面を見られていたような気がしてならないのだ。

 モニターを通して現実世界の人々にと言う訳ではない。いま、共にいる残りの三人のいづれか、


――まあ、十中八九こいつだろうな


 足助は最後尾から、目線が気付かれないようにそっと、その相手の頭をみる。


 ――始末する必要があるかもしれない


 ゲームを無事にクリアするためにも、己の精神を安定させる必要がある。


 ――これは、きっと必要な措置なのだ

 

 自分自身にそう言い聞かせ、虎視眈々とその瞬間を狙い続ける。




「おお、本当に問題なく水の中で息が出来る!」


 足助はスキルを取得したことは理解していたが、何かの罠ではないかと勘ぐってもいた。


 怖々と、首から下を水中に沈めていく。無事に呼吸が出来ることを確認できると、安心すると共に驚きを感じる。そもそも、熱水であるはずの海水の熱さが感じられない。これも、耐性スキルを取得しているおかげだ。

 海中の中を歩くような、泳ぐような感覚で進む。海の中を照らすのは、夜の月明かりだけで大変心許ない状態だ。暗い闇夜の中を手探りで進むのと大差がない。


「あれが、目印の様です」


 玉雄が指を指している方向にはボンヤリとした灯りが点々と進行方向を示すかのように見えている。

 複数の灯りは海の中をユラユラと僅かに動きながらも、その場で留まりつつ、海の底の方へと向かっている。


「罠ではないのか」


「まあ、何かあるのは間違いないだろうけど、暗闇を闇雲に進むより灯りを頼りに進むしかないだろうね」


 本来、水の中では浮いてしまう、身体にまとわりついた多量の脂肪が行動を阻害している様子もなく、スイスイと灯りを目指して進んでいく。


「……目印アンコウ。ヤイコシリーズの海中キャラだね」


 なら、やはりこのまま進むのが正解なのだろうと思う。目印アンコウは敵対的なキャラクターではなく、海中の進行順序を示すだけのキャラクターだ。


 但し、過去のゲーム内ではあえて順序を無視して進む裏ワザも存在をしていた。


 しかし、あまりにも灯りがない場所では暗すぎて視野も効かず、敵に襲われたひとたまりもないと思い、迂闊な行動をする訳にもいかなかった。


「なんだ、提灯アンコウを真似たものか。珍しくもない」


 足助は自社の人気シリーズのキャラクターについて知識がないことを、無自覚に披露しつつ栗田を追い越して先に進む。馬鹿なオッサンだと栗田は侮蔑の目線を送る。

 足助を先頭にして目印アンコウの灯りを頼りに、海の底へと進んでいく。もはや、月の明かり、外の光が届くような場所ではないため、完全に目印アンコウの灯りだけが頼りだ。

 アンコウの灯りに照らされ範囲をよく見ると、徐々に山のようにそびえる岩礁が姿を現し始める。だが、まだ底は見えては来ない。その灯りが、岩礁にへばりつくあるキャラクターを照らし出している。


「お、オクトパン! また、こいつとやり合うのか!」


 先頭を進んでいた足助が突如として現れたオクトパンに怯み、進むのを往生してしまう。オクトパンはこちらを一瞥するも動き出す様子はない。


「オッサン、こいつは背景型の砲台キャラだから海中では動かない」


「しかし、先程のステージでは動いていたではないか!」


「あれは、ボス戦の仕様。あくまでゲームの範疇にあることを忘れるなよ」


 足助は呆れた様子の栗田に言われて、下唇をそっと噛む。社会不適合者のオタクごときに、ピーピーと正論じみた嫌味を言われるのは腹が立ち、侮辱に感じるからだ。


「では、気にせずに先に進もう……、!わっ」


 通り過ぎようとした足助に向けて、オクトパンは勢いよく気泡混じりの水の弾を口から吐き出す。足助は、突如の事に、避けきれず水弾を浴びてしまう。


「こ、攻撃をしてきたじゃあないか!」


「砲台キャラだっていっただろう。人の話を聞けよ。気にしないで進む馬鹿はいないだろう」


「ば、馬鹿とは何だ、失礼だろう! 目上の人間に向けて!」


「歳食っているだけで何もできない人間を尊敬する奴はいないよ」


 そう言うと、まだ何かを言おうとする足助を無視して、栗田はオクトパンが放つ水弾を華麗に躱しつつ、先に進んでしまう。またもや進むのを止める足助の脇を、百姫と心配そうな玉雄が進んでいく。


(わ、私は一心庵の社長だ! トップだ! 役立たずではない)


 足助はこみ上げる怒りを抑えつつ、先に進んだ三人の後を追う。そして、水弾を浴びたにも関わらず自分のライフが減っていないことに気付くことはなかった。




 栗田は海底の底が見え始めた辺りから、異常を感じていた。ゲームでするような、華麗な動きの反応が鈍くなっている。気を抜くとオクトパンの水弾を受けかねない状況も何度かあった。


(こんな、ぬるい弾幕を受けるのはゲーマーとしての恥だ)


 オクトパンの口先の動きを見て、水弾を吐き出すタイミングを見計らい、弾道を予測し躱すことを繰り返す。現実世界の栗田の身体では出来ない動きも電脳世界でなら実行が出来る。


「なんだかとっても寒い」


 栗田が躱す方向へと一緒に進む百姫がふと呟く。確かに、海中の表面辺りに比べると身体が随分と冷えてきている。

 熱水耐性のスキルを取得しているためか、熱海水の恩恵も受けられなくなってきているのかも知れないなと栗田は考える。


(スキル取得自体が罠ってことか。嫌らしい設定だ)


 そのうちに、クリア不可能ステージも現れるかも知れない。相手は、こちらの苦しむ姿を見てほくそ笑むような下衆野郎だ。希望を持たせておいて、最後に叩き落とすのは大好物なはずだ。


「うわ!」


 後ろから聞こえた声に振り返ると、足助を庇うかのように前に出ていた玉雄がオクトパンの水弾を喰らった直後の姿が見えた。足助は、いそいそとその場から避難をしている。


「あれ、随分と温かい水弾を吐いています」


 水弾を喰らった玉雄はケロッとしている。栗田は玉雄の頭上を見る。ライフポイントが減っている様子は見受けられない。玉雄がスイスイとこちらに合流するために向かってきている。


「随分と、良い動きをするね」


「あれ、そう言えばさっきまで身体の動きが鈍かったのですけど、今は、大丈夫です」


 栗田の問いかけに玉雄が答える。


(そうかよ、そう言うことかよ。良く分かった)


 栗田は先程水弾を吐き出したオクトパンに向かい、再び吐き出された水弾を避けることなく浴びる。

 水弾は温かい。熱水耐性が無ければライフが減るような事態なのかも知れないが、耐性を持ち合わせているプレイヤーにとっては『適温の湯』を浴びたようなものだ。

 鈍かった身体の動きが元に戻ったことを感じる。海の水を熱水に変える程の強い日差しも、海底にまでは届いていない。そうなれば海水は普通に低い温度が保たれている状態だ。

 敵の攻撃だと思い躱し続けた結果、身体が冷え行動を阻害する仕組みになっていると栗田は理解した。スキルの取得は有用だったが、逆に、プレイヤースキルの高い人間が罠にはまるステージのようだ。


(本当に忌々しい事この上ないな!)


 自分のプレイヤースキルの高さを逆手に取られたことに、苛立ちを感じつつも先に進み始める。玉雄達が後に続いてくる。


 栗田が理解したことを、玉雄が足助達にご丁寧にも説明をしている。


 栗田は、役立たずの連中にわざわざ手にした攻略のヒントを教える必要もないだろうにと、玉雄の行動が理解できないまま、さらに海の底へと向かって行く。




 ――こいつは一体何を考えているのか


 見えにくい位置にいたオクトパンから不意に吐き出された水弾の前にでて、わざわざこちらを庇う行為をする。子供が夢見がちな「英雄的行動」の一環なのかも知れない。

 ビジネス的な打算もないのに他人を助けるような行動をする必要はあるまいと思う。企業が救済に動く理由は、顧客(消費者)に向けてのPRの一環に過ぎない。そうではないと言っても、どこかで打算的に動いている。

 でなければ、被害者を救うために私財を全て投げて出る企業家が多数いても良いはずだ。しかし、実際にはそのような奇特な人物は滅多にいない。自分の生活に支障が出ない範囲での援助に留まる。

 それで良いと思う。まともに生活が出来ない人間が、他人を思いやること等、出来ない。まずは、自分の事を第一に考えるべきだ。他人はその余力で助けられればいい。


 ――だからまずは私の生活が守られなければいけない


 そう言う意味では、彼の取った行動は正しいのであろう。ゲーム経験の豊富な彼が、そうではない足助を助けるために行動するのは当然のことだ。だから、礼を言う必要もない。


 自分に与えられた仕事を代わりにするのも当然のことだ。そして、その仕事は私がするわけだったのだから、成功した際の手柄は当然私の者だ。失敗したのは、仕事をした奴のせいだ。私の責任ではない。私は、私が出来うる仕事だけをすれば良いのだ。


 そもそも、経理の人間は会社に利益が出る様に金勘定をすれば良いのに、妻の為に余計なことをして会社の金に穴をあけた奴を処分したのに、今度はその事実を掴んで告発しようとまでする奴が現れた。

 そんなことをすれば、低迷している会社の売り上げに手痛い打撃を与えるだけである。そのことをいちいち説明をしても理解しない馬鹿には処分が必要だった。

 売り上げの伸びなかったソフトの予算配分を誤ったことにしたミスを、そいつのせいにして、ついでに横領の罪も被せてやり会社をクビにしてやった。興信所の人間を雇い、行く先々の求人先を突き止め、どれだけ会社に貢献をしていなかったかという情報を与えてやった。

 流した情報を信じたどの会社も、そいつを雇うことはなく、今では何をしているかも判りはしない。興味もないのだから仕方がない。多分、破滅的な人生を迎えていることであろう。

 

 栗田の後ろから付かず離れず進んでいる愛娘がこちらを見て、目が合うとプイと直ぐに視線を逸らす。

 最近は反抗期のせいか、私に対する接し方が冷たい。多少の事は仕方がないが、酷いようなら萬姫にしたような折檻も必要になるだろう。

 

 そして、先を進む子供の頭を冷たい視線で見据える。先ほどの行為も、萬姫に手を掛けた私が恐ろしいから行ったのだろう。結局は自分を守るための行動だ。

 アンコウの光はまばらだ。海底の中を煌々と照らしているわけではない。合間合間に暗がりが発生する。もう少し進めば、また暗がりになる。

 そして、先に進む栗田から見とがめられることなく、あの岩礁に引きずり込み、手にした槍で手足を突き刺し、目を抉り、耳鼻を削いでやろう。

 そこまですれば、後遺症でまともな動きが出来なくなるはずだ。オクトパンの水弾を浴びることもできなくなれば、海水の冷たさで低体温となりいずれはロストすることになる。

 

 幾らゲームが上手くとも所詮は子供だ。社会の厳しさを知る由もない。

 

 どうとでもなる。どうとでもなる。どうとでもなる。

 

 ほのかに暗い感情に支配されながら、足助はそっと玉雄へと近づいて行く。アンコウの灯りの範囲からはもう少しで外れる。栗田はこちらを無視して進み続ける。社会不適合者が、優良な社会人を見下す胸糞が悪くなる行為だが、今は問い質すことはしない。


 ――私の行為を見た、キミはいてはならない存在だ


 暗がりに近づく玉雄の背後に忍び寄る。胸が少し高鳴るが、これからする行為に若干、感情が高ぶって来る。


 亀頭はきっと、この状況が好きだったのだろう。少しだけ、理解が出来るような気がする。


「な、なに!?」


 玉雄が叫び声を上げる。栗田達も前進するのを止めている。こちらの行動が読まれたのかと、足助は狼狽する。

 振動音が鳴り響く、目の前の山のような岩礁から真っ赤な太い筋が勢いよく吹き出している。冷たくなっていた海水が徐々に温かくなってきている。


「海底火山が噴火したのかよ! スゲエ演出だ!」


 盛大が轟音と共に吹きだされる、赤黒い溶岩をみて栗田が驚愕の声を上げる。

 火口付近は海水と噴煙が入り混じり、見通しが付かなくなっている。流れ出た溶岩がこちらに勢いよく向かってくる。

 しかし、水中にいるため海底に足を付ける必要もないので、溶岩に触れてダメージを受けることはない。


(今一歩の所だったのに!)


 海底火山の噴火の影響で、暗かった周囲がほのかに明るくなっている。アンコウの隙間にあった暗がりはもはやない。玉雄は栗田達と合流すべく先に進んでいる。

 傍から見れば火山の噴火を見て茫然としているかのように見える足助は、内心で玉雄の殺害に失敗したことに、臍を噛んでいるだけだ。今の状況を理解していない。


「足助さん、危ない! 逃げて!」


 玉雄の叫び声に我に返るも、遅かった。足元に流れる溶岩の中から、見慣れない何かが飛び出し、足助に向けて、どこからか生み出した火の弾を撃ちだす。突然の行為に、足助は対応が出来る訳もなく火の弾を顔面に直撃してしまう。


「ヒイャア! 熱い、熱いよう!」


 顔面は一瞬で焼けただれてしまう。目の前が見えない。真っ暗だ。顔の皮膚がが突っ張るように痛い。あれは、一体何なのだ。


「フーフェアリー! 火の妖精かよ!」


「ええ、ヤイコシリーズでも厄介な敵キャラの一つです!」


 紅い半透明の身体をした、手びれと、尾びれを身に付け、頭から二本の触覚を生やした、顔のない妖精。


「ヒイイイ、助けろ、私を助けろ!」


 目が見えなくなった足助は方向感覚もつかめずに明後日の方向へと逃げ出す。そちらは、より多くの溶岩が流れている。溶岩のなかから無数のフーフェアリが火の弾を足助に向けて撃ちだしていく。


 ――だから、ヤイコシリーズを一作目にするのは反対だったのだ


 火の弾を全身に浴びた足助は電脳ダイブマシーンの開発が進み始めた当時の事を思い出す。




 成功するはずがないと高を括っていた開発が、義父の最後のテコ入れにより成功した。


 義父の口からその事を聞き、足助は内心で慌てた。開発予算の縮減を狙っていた矢先のことだ。

 無理矢理にゲーム開発部長に自分の手ゴマをねじ込んだ。体面を気にする、口先ばかりの能無しだが、足助でも扱える手駒の一つだ。

 余計なことはするなと指示を出す。義父は鋭い。手駒が上から目線で開発に無用な口を出せば、たちどころに部長の首を据え返る動きを見せるだろう。


 ――とにかく、開発に携わった人間を送った事実を作る


 社長自身も開発に賛同をして、参加している意思表明を見せておく必要がある。ゲームに詳しくない足助自身でも、電脳ダイブマシーン『プロトタイプ・ココロ』の価値は判る。

 本音を言えば、MMO−RPGのシステムで、日本人に人気のある幻想的な世界観をデザインにした設定で第一作目を売りだし、多数の人間から利益を吸収できる課金型のゲームを開発をしたかった。


 義父の考えは違った。あくまで、一心庵の看板ゲーム『ヤイコシリーズ』の新作を当てる方向でゲームの開発は決まった。

 足助は、家族向けゲームであり、古臭いイメージのヤイコシリーズの開発を打ち止めにしたくてしょうがなかった。


 今時のゲーマー達は、きっと、もっと、刺激的なゲームを要求しているはずだと思っている。


 単純に格好良く、美しく、可愛く、艶美で、残忍かつぬるいゲーム。

 

 足助の求める方向性とは真逆なゲームが開発されていく。アクション型のゲーム。子供でも分かりやすいシステム。それでいて、プレイヤースキルを要求する場面も多いゲーム。だから、途中で興味を失っていた。

 

 ゲーム市場発表会の壇上で浴びた、完成の期待を浴びるまでは。




「だれか、だれか、助けて、助けろおおおお」


 全身に火の弾を浴びた足助のライフは残り一つになっている。同時に攻撃を受けたために、システム上一回のダメージ判定として受け止められたようだ。


 逆に、簡単にロスト出来なかった分の時間、足助の全身を火傷の痛みで苛まれる。


 足助に向けて、溶岩の中から頭を出し、あざ笑うかのようにフーフェアリーが火の弾を撃ちだすが、運が良いのか悪いのか、無茶苦茶に動く足助を捉えることはない。


「そっちに向かっては危ない!」


 どうにか足助の救助に向かおうとする玉雄が叫ぶ。こちらもフーフェアリの攻撃を躱すので手いっぱいの状況だ。近付きたくても、近付くことが出来ないでいる。


「なかなかの弾幕ゲーだ。ドットサイズじゃないから、俺じゃなければ避けるのは至難の業だね」


 無数に撃ちだされる火の弾を避けつつ、栗田は嘯く。本人も内心躱しきれるかヒヤヒヤしているのだ。百姫はそんな栗田の背後にしがみつきそうな距離を保ちながら、必死に後を追っている。


 始めの一撃で目が見えず、音もまともに聞こえていない足助は、痛みで我を忘れて闇雲に突き進む。目の前には溶岩流が流れているにもかかわらず、ひたすらそちらへと突き進む。


「ヒイイイイ、熱い、熱い、火の弾が一杯向かってきている!」


 実際は、自らが溶岩流に向かっているだけだ。フーフェアリは無面のままに手びれをひらひらと動かし、手招きをして、足助を溶岩へと招いているようだ。


 ――このまま行けば、来年度の利益は消し飛びます


 萬姫の使い込んだ金額はかなりの額だった。発覚した段階で手の付けようがない状態だった。だから、粉飾決算を指示したのだ。自分が社長に就任してから、売り上げが落ち込み始めた。妻の使い込みを理由に赤字が発生すれば責任問題だ。


 ――いずれにしても、会社は火の車です、覚悟を決めて下さい


 そんな覚悟が決まるはずがない。私はなにもしていないのだ。なにも悪くないのだ。火中の栗を拾うことはない。すべて、私以外の奴らの責任だ。


「アアアアアアアア」


 足助は声にならない痛みを叫びつつ、溶岩の中に突っ込む。溶岩の中で消し済みとなるかのように足助の姿が消える。


『プレイヤー タスケ ロスト!』


 間の抜けた音と共に足助がロストをしたことを示すメッセージが表示される。メッセージを見て、玉雄は助けられなかったことを、もっと自分がしっかりしていればと、悔やむ。


「おい、先に進むぞ! フーフェアリーの数が半端じゃあない! 奴ら攻撃をさせる隙も与えてはくれない」


 栗田が玉雄に向けて叫ぶ。万が一の盾は多い方が良い。足助のように、役にも立たずロスとされては困るのだ。


「わ、わかりました」


 栗田の声に反応し、どうにか気を持ち直す。薄情な行為かも知れないが、もう、どにもならないのだと子供ながらに自分へと言い聞かせる。

 延々と噴火を続ける火口の方に目を向ける。ヤイコシリーズのフーフェアリも同じように、真っ赤な火の海から突然姿を現し、プレイヤーに向けて火の弾を浴びせてくる。


(まるで、火口から無数のフーフェアリが飛び出しているようだ)


 玉雄はその光景を見て内心そう思う。そして、火口の付近を飛び回る一際大きいフーフェアリの姿を見つける。そいつはこともあろうに、こちらへと向かってきている。


「く、栗田さん、ボ、ボスが来ます!」


「あん、何を言って、って、ま、マジか、あれ!」


 今まで出現していたフーフェアリー全てが群体になった大きさのようなものが、溶岩の流れを泳ぎ、飛び出しを繰り返し、こちらに向かってくる。


「で、でかければいいってもんじゃあねえよ!」


 栗田は声が裏返りながらも威勢よく叫び、向かってくる巨大なフーフェアリに向けて工具を投げ飛ばす。玉雄も続いて、工具を投げつける。


 だが、二人が投げた工具はフーフェアリに届く前に焼失してしまう。


「ふ、ふざけるなよ! 又、無敵キャラかよ!」


 迫りくるフーフェアリから距離を取るように、今まで来た道程をなぞるように後退をする。栗田は手も足も出ない、クリア不可能だと、インチキだと叫び続ける。


(考えてみれば、フーフェアリも倒す手段がない敵だっけ)


 栗田ともに後退をしつつ、玉雄の頭は冷静になりつつある。あくまで、ゲームとして目の前の事態を捉えつつある。思い当たるのは前のステージと同じ。あの、古臭い説明書のオマケの文章。

 火山から吹き出す溶岩の灯りに照らされている辺りを懸命に見渡す。溶岩の熱をものともしないようにオクトパンが岩礁の岩肌にへばりついたまま動かずにいる。


「栗田さん! オクトパンの方へフーフェアリーを誘導します!」


「あ、あん、な、なんの意味があるんだよ!」


 自分より年下の発言に、強気な言葉がでる。玉雄は構わずにオクトパンが数多くいる岩礁へと向かって行く。 栗田は、別段付き合わず、玉雄とは違う、溶岩の流れが少ない暗がりの方へと逃げて行く。

 フーフェアリは玉雄の方へと向かう。火の妖精であるフーフェアリは溶岩の熱を好み、熱が少なくなる場所を嫌う。そう言った意味では、栗田が逃げた方向は正解なのだ。

 玉雄に気付いたオクトパンが、水の弾を吐き出す。玉雄の後ろにはフーフェアリの群体が迫りつつある。一度の攻撃判定で、一ダメージ減るという設定には変わりはないが、あの火の弾を浴びれば足助のように後遺症が発生する。

 後方から熱を感じる。振り向く訳にはいかない。フーフェアリが特大の火の弾を作り上げて発射しようとしているのだろう。前面にはオクトパンの水弾が迫りつつある。

 水弾がぶつかる直前で、脚を頭の上に持っていくように垂直に身体を向け、海底の方へと一気に潜水をする。スキルのおかげで、一流ダイバーのような動きをしても身体に負担が掛かることはない。

 水弾は外れ、後方に控えたフーフェアリにぶつかる。熱水とは言え、水気をフーフェアリは嫌がる素振りを見せる。オクトパン達はそんな様子に気付き、玉雄から照準を外し一斉にフーフェアリ目掛けて水弾を放ち始める。

 次々と水弾が吐き出される。フーフェアリは嫌がるように溶岩の中へと逃げ込む。その隙を見て、玉雄は火山の火口の方へと逃げて行く。あそこに逃げ込めばステージクリアの可能性が高いと思ったからだ。

 その後を追おうとしてフーフェアリが姿を現すが、その度にオクトパンから水弾の攻撃を喰らう。

 からかうかのように、溶岩に逃げるフーフェアリに向けて更に水弾を放ち続ける。溶岩の中を潜って追いかけようとしたとき、今度は奥へと逃げた栗田が姿を現す。


 そちらに攻撃をする為に再び溶岩の中から姿を現し、そしてまた、水弾を浴びせられる。


「は、間抜けなボスめ。プレイヤーを優先的に自動追尾するようだ」


 栗田は苦しめられそうになったフーフェアリに向けて罵声を浴びせる。何度も何度も、同じ事を繰り返した結果、フーフェアリの群体は消滅をしてしまう。それと共に、火山の噴火が収束を始める。

 フーフェアリが消滅したことに栗田は驚く。背景キャラと同様のフーフェアリを倒すことは出来ないと思っていたからだ。そんな栗田の脇を抜ける様に百姫が消失場所へと近づいて行く。


「? 水鉄砲だって。使えるのかな」


 百姫がドロップアイテムを手にして首を愛らしく傾げている。栗田が近寄り、その手から水鉄砲を奪い盗る。


「……クズアイテムだろうね。キミの役にはたたないよ」


「へえ、そうなんだ。ふうん」


 感情のこもらない声を出して、玉雄が向かった火口の方に百姫も泳ぎ出す。玉雄と同じように、ボスが出てきた付近が海底ステージの出口になるのだろうと思っているからだ。


(何もしない癖に、生意気なガキ。可愛いからって調子に乗るな)


 父親と母親がロストをした割には、何の影響も受けていない感じを受ける百姫の後ろ姿を見つめる。そして、水鉄砲をアイテムボックスの空き欄に収納をする。


(例えクズアイテムでも何かに使う可能性が高い)


 傍から見ればどうしようもないアイテムもクリアーのカギになる可能性が高い。今までの玉雄が取った行動を思い返し栗田はその考えに至る。


(クリアに至るために有用なアイテムになるのかも知れない)


 自分が手にしたアイテムの価値を考え、一人ほくそ笑む栗田であった。




「な、なんだろう、凄いことになっている」


 溶岩を吹き出してい加工付近に近づくにつれて、噴煙の影響で遠目からは周辺の状況が把握できていなかった山の形状が変貌している様子に驚きを隠せないでいる。


 海底火山は、その頂が見えなくなるほどに大きくなっていた。実際にはあり得ないことなのだろうが、電脳世界ならではの自然現象と言って良いのだろう。

 出来たばかりで、黒々として、ゴツゴツとした山肌に沿って頂上付近を目指す。この状態になると流石にフーフェアリは姿を現さない。時折、目印アンコウが近寄り、山肌を照らし始めている。


(このまま進めば多分クリアだ)


 アンコウがこちらの進む方向を照らし出しているのに気付いた玉雄は、ステージの出口に進んでいることを半ば確信する。

 海中が黒から、深い青色に変わり、更に透き通るような明るい青に変わっていく。当初ステージに入りこんだ状況よりも時間が進み、陽が出ているからだ。


「ぷはあ、で、出られた!」


 足が付き、首が出る程度の海面の高さになった海岸線で顔を出す。薄雲が空を覆い、太陽の姿は見えないが、夜よりかは十分に明るい。玉雄の目の前には島が見える。島の中央付近には、一際高い山がそびえ、噴煙を上げている。


「ま、また火山かよ」


 後方で水が流れる落ちる音が聞こえたので振り返ると胸辺りまで姿を現し、全身から水を滴り落とさせている栗田がいた。


「も、百姫さんは」


「あん、前見ろ、前」


 栗田のぶっきらぼうな言葉を受けて、前方に視線を向けると、海中から姿を現した百姫が一人火山島の方へと向かっている。その姿を見つけたことで安心をした玉雄も百姫の後へと続く。


『ステージ6 クリア! NEXTステージへようこそ!』


 百姫が白い砂浜に足を踏み入れた瞬間に、文字が浮かび上がる。海底ステージを無事クリアできたようだ。


(だけど、大人が誰もいなくなってしまった)


 あんな足助でも、大人としての存在感があるため、心のよりどころにしていた玉雄はふと不安になる。


「うえー、くたびれた。今日はここで寝るか」


 海岸線の砂浜に辿りつくなり、声を上げて、そこらに落ちていたヤシの葉を手繰り寄せると、さっさと寝転んでしまう。百姫も同じようにヤシの葉の上で腰を降ろして、リンゴを齧っている。


(そうだね。今は少し休んで落ち着いた方がいいよね)


 他の二人の逞しさに感心をしつつ、玉雄も自分の休める場所を作り手持ちのアイテムからカニ肉を取り出し、焚火で炙ってから食べ始める。


(残りはないけど、これが一番美味しいかな)


(残りステージはあと、二つ。順当にいけば、誰か一人は生き残る)


 子供二人に目を合わせずに寝転んだままの栗田はそう考える。味のしないサボテンの果肉を口に放り込み、咀嚼して飲みこむ。さっさと、クリアーをしてジャンクフードに舌包みをうちたい。栗田はそう願いつつ、どうやって出し抜くかに頭を張り巡らせる。


 一人佇みながら百姫はぼんやりと考える。


(馬鹿なパパ。ママに手を掛けてまで生き残ってきたのにね)


 あの日、二人が離れていく姿を見て、出し抜かれては堪らないと後を付けていた百姫は、足助のした行為をしっかりと見ていた。足助がこちらに戻ろうとした頃合いを見て、元いた場所に戻り寝たふりをする。


 百姫が動いた気配を感じた玉雄は一度起き上がったが、寸前の所で気づかれなかったようだ。


 玉雄はもう一度眠ろうと横になった直後に、足助の叫び声が聞こえ、飛び起きられたのだ。


(まあ、関係ないけどね。私が無事に生き残れればいいの)


 食べ終え残ったリンゴの芯を海へと投げ捨てた百姫はそう思う。下らない家族ゴッコに付き合わされた結果は最悪だった。


 早く、こんなくだらないゲームは終わりにして貰いたい。そう願う、百姫だった。


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