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ステージ4

ステージ4


 暑い、熱い、暑い、熱い

 

 どんよりとした天候から、雲一つない空へと変わり


 灼熱の光が真っ白い砂を照らし続ける


 素足の裏から焼けた砂の熱が伝わり、火傷のような痛みを伴う

 

 許さない、許せません、許さねえ


 その痛みを忘れる様に許し難い相手を追い続ける


 今まで散々当てにしていた癖に、あっさりと裏切られた憎しみが


 心に灼熱の炎をまとわせ、心の底で煮えたぎる


 背後から追いかけ続ける相手から逃げる


 許して下さい、許して下さい、許して下さい


 呂律が回らなくなるほどに酔ったような許しの言葉を連呼するも


 追い付いた相手は慈悲もなく熱された足の裏で希望を打ち砕く




「雲間が見えなくなった途端に、灼熱のような砂漠か」


 亀頭は顔から噴き出るように湧き出してくる汗を袖で拭い、うんざりとした様子で空を眺める。

 空には雲一つない。今まで厚く覆っていた雲が今は恋しくなるほどだ。嫌になるほどの青い空が広がる。その割には、照らし続ける太陽の姿が見えない。

 ただ、白く眩しい光が果てのない砂漠を延々と照らし、熱し続けていることは感じ取ることができる。


 第四ステージは砂漠が広がるステージだ。第三ステージで取得したリンゴを歩きながらも食べ続ける。一つの大きさが、かなり大きいので直ぐには無くなりはしないが、この状況が続けば、想定より早い時間で手持ちが無くなりそうだ。


 飢餓からの食事ではなく、渇水を回避すべく水分摂取をしなければ、死につながるような症状を起こす恐れを感じたからだ。


 スポーツをする亀頭は、熱中症の怖さを知る。年配の連中が根性論をひたすらに振りかざし「水を飲むな」「休むな我慢しろ」と口を出して来れば、歳の差も関係なく殴り飛ばしたほどだ。

 

 くだらない根性論でこちらを苦しませようとしたからだが。


 亀頭の思惑はともかく、熱中症は死に至る症状だ。適切な水分と塩分の補給を怠り、発汗による体温調整ができなくなれば、水分が七割を占める人間の身体を、自然に茹で上げているようなものだ。


 茹で卵が、生卵に戻ることはない。人の細胞も同じ事だ。


「これは、かなり暑い。中東方面の砂漠の暑さに匹敵する」


「日に焼けて、シミができないか心配ねえ」


 足助の家族や栗田は袖や裾をまくり、身体の暑さを少しでも外気に触れさせ熱を逃がそうとしている。亀頭はその様子を一瞥し、気取られないように鼻で笑う。


(例え太陽が見えなくとも、強烈な日差しを感じねえのか。素肌を晒せば、後の始末が負えなくなるのを知らねえようだ)


 亀頭は服の中で汗ばむ気持ち悪さを我慢してでも、強烈な日差しの元に肌を晒すようなことはしない。

 後になれば、日に焼けた肌が嫌になるほどヒリヒリと痛み出すことは目に見えている。ましてや、汗を気化させることで体表面の熱を奪う、貴重な汗を無駄に蒸発させる必要性はない。

 そもそも、全員が来ている作業着は通気性も優れている。わざわざ、袖をまくる必要は無い。格好はともかく、日除けにもなる麦わら帽子があれば最高なのだが、と亀頭は思う。


「あ、あの、あまり強い日差しの中で肌を晒すのは良くないと学校で保健の先生が話していましたけど……」


 亀頭以外ではただ一人、ツナギの袖も裾も捲らずにいた玉雄がそう、周りの人間に伝える。


「ハハハ、日焼けを気にする年齢ではないだろう。ましてや、ゲームの中で何を気にしているんだ、キミは」


 玉雄の言葉を足助が一笑に付す。他の面々も嘲るような笑みを浮かべている。正しいことを言ったはずの玉雄が恥ずかしそうに下を向く。


「余計な口を叩いていると、すぐに体力がなくなるぜ」


 そんな連中を腹の中で見下して、亀頭もまた一言だけ、心にもない苦言を呈する。その一言で皆が黙ると、灼熱の砂漠のなか、黙々と歩を進め続けるのであった。




 陽炎が立ち昇る熱気の最中、激しく動き回ることは大変な疲労が伴う。汗が止まらず、噴き出てくる。服は汗を吸いこみ、重くなっている。絞れば滴り落ちるほどに濡れそぼっていることだろう。


「硬いトカゲだったな」


 硬質の鱗が所々剥げた巨大な蜥蜴を足元に睨みつつ亀頭は息を吐く。栗田はその場でへたり込み、玉雄は膝に手を突き中腰の姿勢で荒く息をしている。


「こ、これも、ヤ、ヤイコシリーズでは見た事の無い、て、敵です」


 途切れ途切れになりつつも玉雄がそう解説する。砂漠の砂よりやや濃い目の色をした蜥蜴のゴツゴツトした岩のような表面は見たままのような硬さをしていた。斧を叩きつけた亀頭の手がしびれ、斧の刃も欠けてしまったほどだ。

 その様子に感づいた玉雄がマイナスドライバー攻撃で支援をした。そこに栗田も加わり、コツコツと表面を砕く。亀頭はつかず離れず、得物を棍棒に切り替えて蜥蜴の頭を叩き続けた。

 大量の汗をかきながらも地道に続けた工具投げが功を奏して、蜥蜴の表皮の一部が剥がれおちる。むき出しになった肉の部分に棍棒を叩き込むと、あらか様に身をくねらせいやがる仕草をしていた。

 亀頭は、隙を見ては表皮のない部分に執拗に攻撃を加える。栗田と玉雄も、工具投げを続けるため、硬い表皮が剥がれおちる部分が広がっていった。

 亀頭の棍棒の一撃で動きを止めた蜥蜴の肉の部分にプラスドライバーが深々と突き刺さる。


「ギュウイィィィ」


 蜥蜴が悲痛な叫びを上げ、再び斧を手にした亀頭が肉の部分に欠けた刃を食いこませる。斧に切れ味はなく、ただ、力任せに押し切っただけだ。刃物で切るよりかは、無理やり押し当て裂いている状況に近い。

 悲痛な目線を向けるような蜥蜴に何の感情も抱かずに傷口へとさらに斧を叩き込む。それでも刃先は肉に食い込み、血が飛び散る。首の半分以上が千切れかかった時、蜥蜴は動きは止まりエフェクト共に消失をした。

 

 口元に付着した血を舌で汗と共に舐めとり。

 

(塩っ気も感じねえ血と汗は頂けねえな)


 亀頭はその事については残念に思う。ゲームをクリアーして、味覚の点について訂正をしてもらえば大いに気に入る世界だ。誰の咎めもなく、自由気ままに暴力を振るえる世界。亀頭が望む世界なのだから。電脳ダイブに興味を示したのも、栗田に無理やり抽選枠を用意させたのも、その点に期待をしていたからだ。

 亀頭としては、電脳世界は大いに評価できる。これが、当初の設定のように感情の無い人型の人形が街を動き回り、ルーチンワークが組み込まれた敵が襲ってくるだけであれば評価は低いままだったと言える。


(やっぱり、感情のある相手を蹂躙することこそが良いよな)


 蜥蜴が消失した跡を考え事をして立ち乍らぼんやりと見ている亀頭を脇目に栗田が近寄り、ドロップしたアイテムを見て取る。


「蜥蜴の肉か。キミ、貰えば。火を持っているのはキミだけだし」


 失われ水分を補給するためにリンゴに噛り付いていた玉雄にそう勧める。玉雄は咀嚼したリンゴをゆっくりと飲みこみ、一つ頷く。


「はい、そうします。リンゴの数も見る間に減ってきていますので」


 栗田もその点については危惧をしている。このステージにリンゴ兵はいない可能性がある。森と違い、良好な視界が広がる砂漠の中に遠目でもあの赤い頭を見て取ることが出来ない。

 偶然なのかも知れないが。もし、いないとなった場合は食料よりも水分の補給が滞る事態はかなり不味い。空腹よりも渇水の方が、時間の間隔が短い。

 下手にステージの奥深くでリンゴ切れになった場合は取り返しがつかなくなる。かといってステージ始めのオアシス村の周辺だけに留まっていればステージのクリアは不可能だろう。


「き、キミたちだけでアイテムの取得について相談するのは心外だ」


 戦いに参加をせずに遠巻きで眺めていた足助が突然、口を挟む。栗田は冷えた目線を足助に向ける。斧を肩に担いだ亀頭が歩み寄り足助の肩を思いっきり突く。


 亀頭の力に押され、足助は少し吹っ飛び尻もちをついてしまう。


「おい、戦いに参加しねえ奴にどうこう言われる筋はねえよ」


「わ、私は家族を守る義務がだねえ……」


「なら、お前達だけで行動しろよ。お零れ頂戴で寄生はよせ」


 見下した表情を向ける栗田、弱い癖に口だけが回る足助を睨む亀頭に向けて、まだ、何かを言いたげな様子だが、諦めてスゴスゴと百姫と萬姫の元へと戻っていく。


「渇水をいやすアイテムを探す必要があるか。それともサッサとクリアをするかだな」


 亀頭はそう言うと、再び砂に埋もれる足を上げ前へと進み始める。栗田がその後を追う。ノロノロと足助達の家族も立上り、後から付いてくる。結局、皆と共に行動することに決めたようだ。


「ま、待ってください。向こうに人影のようなものが見えます!」


 玉雄が進む方向とは別の方向を指差す。陽炎が立ち、判りにくいが確かに動く人影のようなものが見える。


「リンゴ兵か?」


「流石に判りません。もしかすると水を持っているかもしれませんよ。分けてもらえるかも」


「馬鹿なこと言うなあ、キミは。この砂漠で水を分ける奴はいない」


「栗田の言う通りだな。なら、奪うまでだ」


 すぐさま亀頭と栗田は人影の方に向かう。二人の話を聞いた玉雄の出足は鈍い。できれば、こちらの様子に気付き逃げてもらいたい、そう思ったからだ。

 しかし、人影は逃げるそぶりを見せずに、逆に徐々にこちらへと近づいてくる。亀頭は内心ほくそ笑む。どちらにしても、こいつは戴く。


「ギョボ、ギョボ」


 奇妙な声を上げる人影――サボテンが二足歩行する敵キャラ『サボテンマン』は亀頭の斧の一撃で半分に割れてしまう。こちらが近付いたのを見て攻勢を仕掛けるような好戦的な性質のキャラだが、比較的弱い部類の様だ。


「ああ、サボテンマンがいましたね」


 ヤイコシリーズの砂ステージで馴染みのサボテンマンだと判り、下手なNPCキャラでなくて良かったと玉雄はホッとする。が、それも束の間で、砂の中からサボテンマンが次か次へと姿を現す。

 陽炎のせいで分からなかったが、この辺りは岩が点在し、肉厚な植物がわずかながらに生息をしている。ここはサボテンマンのテリトリーだったのかも知れない。


「ケッ、全く次から次へとよく敵が湧く」


「まあ、見つけたのはアイツですけどね」


 できる限り体力を温存したい砂漠ステージで、余計な戦闘に巻き込まれたことに嫌味を言う栗田。

 亀頭としては、ただ、言葉が出ただけで嫌味を言ったつもりはない。栗田が、勘違いをしているだけだ。だが、その言葉に玉雄は俯き「スイマセン」と小さい声で謝罪をする。


「おい、下らねえことでモタモタとするな」


 亀頭が一括をして目の前の敵に集中しろと暗に促す。足助達家族は、遠巻きに眺めるだけだ。きっと、戦闘に参加せずに体力を温存する方針なのだろう。

 棘で覆われた腕を振り回すサボテンマンの攻撃をダッキングで躱し、体勢が崩れたところに斧を打ちこめば濃い緑色をした胴体は脆くもへし折れる。


(なら、アイテムは絶対に渡さねえよ。どんな手段を使ってもな)


 ――もし歯向かってきたならば、格好の実験台として利用させて貰うつもりだ、亀頭は向かってくるサボテンマンを、次々に叩きのめしながらそう考えていた。




「ドロップアイテムは『サボテンの果肉』なんだいこれ」


 アイテムを拾い上げ手にした栗田は素っ頓狂な声を出す。家に引きこもりがちの栗田は食材の事などろくに知らない。

 自分好みの味の作られた料理にしか興味がない。この世界においては、ただ飢餓状態と言うバッドステータスを回避するために、リンゴに噛り付いているだけである。

 それは、それで構わないと思っている。調理に余計な時間を取る必要もない。ただ、味覚だけは再現をして貰いたいとは思っている。カップヌードル、スナック菓子、ジャンクフードの類は、現実においても好みの味だったのだ。


「キミ、食べてみる?」


 手にしたサボテンの果肉を玉雄に差しだす。毒見をさせるためだ。薄い緑をした表皮に棘はない。玉雄はそのまま厚みのある皮をナイフで軽く削ぎ、口にする。

 水気が多い果肉は冷やりとして、サックとした食感で、ネバネバしたぬめりが口に広がる。若干青臭いが、比較的味のクセは少ない。熱くほてった身体が少し冷まされたような気もする。


「水気が多くて、喉の渇きが潤いますね」


 美味しいですよと言う言葉を思わず飲みこむ。何故そんなことをしたのかは判らないが、調理スキルについて明かしていないことを知られるのは、なんとなく嫌であった。


「ん? じゃあ、これがこのステージの渇水回復のアイテムになるのかな」


 栗田の言葉に、足助が近寄りそこら中に散らばっているサボテンマンのドロップアイテムを拾い上げようとする。その手を亀頭が蹴り飛ばす。


「おい、オッサン。先に言ったよな、戦いに参加しない奴に分け前はねえって」


「私は家族を守っているんだ! 無理に戦闘に参加する必要は無いだろう! 君たちは黙って戦い、私達を守ってくれれば良いのだ! 特定の人間だけが得をするなんて許さないぞ!」


 家族を守る義務を果たしているのだから、公平にドロップアイテムを貰うのは当然だと言いたげに、再びサボテンの果肉に手を伸ばし手に取ると、亀頭に向きあい睨む。


「ふん。どんなにあがこうと、このゲームの設定では同士討ちは出来ない。私達に手を出そうとしても無駄なことだ」


 足助は亀頭に対してそう指摘する。同士討ち設定がなければ、別段電脳世界で殺されると言った危険性はない。そもそも、初期ステータスが同等であるのだから別に何も暴力を恐れる必要は無い。

 他の果肉を拾い上げようとする足助の顔面を、亀頭は砂漠の熱で熱された、靴の裏で思いっきり蹴り飛ばす。

 足助は蹴られた勢いで手にしたサボテンの果肉を手放し、ゴロゴロと砂地に転がる。同士討ち設定がないのだから、ライフが減るようなことも、気を失うようなこともない。


「ヒイ、ヒィ、い、痛い、な、なんで」


 しかし、亀頭に蹴りあげられた顔は、変形こそしていないものの、はっきりとした痛みを感じる。その反応を見た亀頭は、大きい声で笑いだす。


「ハーハハハ、華園の奴に引っ叩かれた時におかしいなとは思っていたんだ。ライフは減らねえが、叩かれた頬に痛みがありやがった。同士討ちはなくても、痛覚設定はそのままのかも知れねえってな」


「しかし、慧瓶君に工具を投げても痛みを感じてはいないようだった! 又、ヤイコが設定を変更したのか!?」


「違うな。きっと、工具投げでの痛覚設定は切ってあるんだろう。直接的な攻撃でのみ有効にしたんだろうよ。出ないと、下手糞なプレイヤーが混じれば直ぐに気付かれるからな」


 生憎と、ヘボプレイヤーは戦闘に碌に参加しないから気付くのが遅れたがなと亀頭は心で返事を続ける。


 へたり込んだままの足助に近づき、腹を蹴りあげる。ゲポという音が口から出る足助は苦しそうだ。髪を掴み上げ無理矢理引き起こす。足助が、弱弱しくも拳を握り反撃の突きを繰り出すがあえなく躱されてしまう。


「ド素人のテレホンパンチを喰らうかよ。幾らステータス値が同じでも技術に差があれば当然、強い奴と弱い奴の差が出るもんさ。俺は強者、アンタは弱者。そうだろう」


 髪を掴んだまま、頭突きを二度、三度と繰り返し鼻っ柱に食らわせる。足助は痛みが顔を歪め、情けない悲鳴を上げる。大の大人がべそをかき、亀頭に許しを請い始める。


「す、すまない、ゆ、許してくれ。次からは戦闘に参加するから」


「別に構わねえよ。今までの行動を見る限りアンタは下手糞だ。格闘技の経験も皆無なんだろう。足手まといだ。ここらで退場を願うぜ。」


「亀頭さん、荷物持ち位には出来ますよ。女の方は……」


 足助とのやり取りを見ていた栗田がニヤニヤと笑い、亀頭にそう助言をする。足助の顔が蒼くなる。亀頭は、栗田に向けてニヤリと笑うと――顔面を思いっきり殴りつけた。


「黙れ! 俺に指図をするな! 手前ごときが差し出がましい口を訊くんじゃねえよ!」


「ヒィィ、スイマセン! スイマセン! 許して下さい!」


「おい、栗田、ゲームの腕が良いのかどうかは判らねえが、調子に乗るな。判ったらすぐに行動しろ」


 は、はいと返事をして、何をしたらよいのかを栗田は真剣に考え始める。亀頭の指示に具体性はない。言葉が少なくても判って当然と思っているからだ。見当違いなことをすれば、大音量の怒声を張られ、顔の形が変わるまで殴られる。現実世界で、多くの人達が亀頭から受けた仕打ちだ。

 そして、見事にやり遂げても、労いも、褒め言葉の一つもない。手柄は全て攫われる。亀頭としてはやって当然のことだからだ。それでも人が離れない理由はただ一つ、暴力で縛り上げているからだ。


「おい、お前達全員でやるんだ! モタモタするな」


 玉雄や、足助の家族達にも威嚇の声を上げる。栗田は懸命に散らばっているサボテンの果肉を拾い上げ、集めている。皆が同じ鼓動を始める。

 玉雄はサボテンの肉を拾い上げる際に、ふと肉厚の植物が目に入った。現実世界のアロエに似た植物。先端が少しだけ赤い。


(確か、アロエも食べられたっけ)


 小さいころに母がダイエット食として一時的に食べていたのを覚えている。味はそれ程美味しく無かった気がする。


(まあ、皆は味がしないからついでに取っておこう)


 出来心で、アロエモドキを摘み取る。遅い、遅いと亀頭の怒声が鳴り響く。亀頭に恐れを抱いた理由は、やっぱり暴力からだったと思い知る。人は理不尽な暴力に恐怖を抱く。


(いやだな。今よりもっとギスギスした感じになるのだろうか)


 多くの不安を抱え乍ら、サボテンの果肉を拾い上げる。その中に先ほど摘み取ったアロエモドキが混じる。何かを考えながら起こした行動は、時として忘れやすくなる。

 玉雄は、その事に気付かないまま、言われるがままにサボテンの肉を集め続けるうちに、アロエモドキを摘み取ったことを忘れてしまっていた。

 

 


「遅い。鈍間な奴らめ。よく聞け。各自、アイテムボックスに入る限りのサボテン肉を入れろ。入らない分は上着を脱いで包んで運べひとつ残らずだ。それから、俺の指示なく勝手に食べるな。これは、俺の物だ。全部な」


「そ、そんな……」


 足助の言葉に亀頭が睨みを上げる。足助は直ぐに黙るが、亀頭は足助の頬を盛大に引っ叩く。首がちぎれんばかりに横に向く。


「余計なことを喋るな。反抗をするな。いいな。女でも容赦しねえ」


 今にも泣きだしそうな萬姫と百姫を睨みつける。二人共恐怖で身が竦み何も言えなくなる。

 玉雄はギスギスした雰囲気が通り抜けて、恐怖が支配するとは思ってもいなかった。


(こ、こんなの許せないよ……)


 誰も、亀頭に逆らうことが出来ずに俯いたままだ。玉雄自身も、怖くて何も言えない。『許せません』と口に出して言い出せない。


「ふん、まあいい。どれ、一つ食ってみるか。まあ、味はしねえんだがな……」


 先端の赤い、他とは見栄えの違ったサボテン肉を摘まみ上げ亀頭は口にする。青臭く、エグミを感じるものの若干甘味を感じる。確かに水気は多い。


「ん、何で味がするんだ? おい、こいつは――」


 亀頭が何かを言い出そうとした瞬間に口から喉、胃に酷い熱さを感じ始める。思わず、言葉もないままに倒れ込む。


「ぐ、だ、ダレダ、ドクをしこんだのは」


 身体を廻る熱さと痛みに身体が動かない。皆の前で、亀頭のハートが一つ砕ける。その状況を察した栗田が、一人、荷物を手にしたまま、その場から駆け出し逃げ始める。


「ク、くり、た、て、てめえ」


 喉と腹を押えて苦しむ亀頭を尻目に足助達家族も逃げ出す。玉雄は自分がしでかしたことに気付き、膝が震え始め、遂には亀頭の前から逃げだしてしまう。


 日が傾き始めているのか、気のせいなのか分からないが、日差しは弱まりつつあるように思えるが、灼熱の砂漠であることには変わらない。肌にまとわりつく砂と、空気が暑い。腹の熱さは徐々に治まりつつある。

 変わりに、はらわたが煮えくり返るような激情にかられる。毒も他のケガと同様に、それほど時間が掛からずに治癒をした。身体的な悪影響は残っていないようだ。


 だが、逃げた連中を許せるような気分には絶対にならない。


「ゆ、許さねえぞ!」


 栗田は怒声を張りあげ、他の連中が逃げた方向に走り出す。乱れた心のままに身体を動かすから、脚が砂に捕られもつれ、転びそうになる。


(許さねえ、許さねえ、許さねえ)


 しかし、頭に血が上り過ぎ冷静になれない亀頭は、滅茶苦茶に砂地を駆け、栗太達を追い続ける。逃げた方向も見当がつかない。だが、絶対に見つけ出し痛い目を見させる。


 あの時もそうだ、俺の指示に従わず、逆らい続けた生意気な後輩。柔道で俺が唯一敵わなかった奴。俺の厳しい指導の方法にケチをつけ『時代錯誤のやり方だ』と喚いた馬鹿。

 校舎の裏に呼び出して栗田から預かった催涙スプレーで目を潰した後に転ばして、馬乗りになって殴り続けてやった。『卑怯者、卑怯者』とマヌケにも叫んでいやがった。

 勝てば官軍、大物政治家の親父からはそう教わった。どんなやり方をしても、勝てばいいのだ。相手の弱点を突く、権力に媚びる。弱い奴からは毟り取ればいい。強者こそが、弱者を管理する。

 だから、誰もが親父の前では頭を下げた。親父に悪しざまに言われても卑屈な笑みを浮かべてペコペコと首を垂れる。


(ああにはなりたくはない)


 子供の頃からずっとそう思い続けた。だから、身体を鍛えた。どんな手段を用いても勝ち続けた。親父の力を使っても。

 貧民、乞食に集りと、親父は選挙の無い時は、町内の連中を悪しざまに罵っていた。選挙の時だけは『お願いします!』と声を張りあげていた。それが勝つ方法なのだと教えられた。

 だけども人に頭を下げるのは嫌だった。周りが、俺に合わせればいい。俺のことを分かればいい。俺とは違う意見は間違いだ。


「愚図で、鈍間な、連中が、俺の脚を引っ張るな!」


 転びそうになる体勢を何とか保ちつつ、砂漠の丘を駆け上がり、駆け下りていく。熱く成り過ぎた心は冷静さを欠き、直ぐ後ろから駆け寄ってきていた存在に気付くことはない。


 ヒュンと言う鋭い音がして、亀頭の顔のすぐそばを何かが横切る。思わず足が止まり、砂地に突き刺さった物に目を見張る。白い矢羽のついた矢、よもやリンゴ兵かと後ろを振り向く。


 虚ろな目をし、くちゃくちゃと顎を動かし続けている。上半身は逞しく日に焼け赤黒くなった肌を晒している。下半身にはベージュ色のピッチリとした股引を着用し、股間の辺りがこんもりと大きくなっている。二本の足で立つ、ラクダ頭の男が弓に矢を番え、亀頭に狙いを定めている。


(ま、マズイ!)


 そう思った瞬間に矢は亀頭の肩を射抜く。痺れるような痛みが肩に走り、多分、頭上のハートマークが一つ砕け散った。リンゴ兵とは比べようにならない強弓。躱すこと等出来そうもない。

 止まっていればいい的だと判断した亀頭は、直ぐに走りだそうとするが、先程より激しく足がもつれ、反動で靴が飛び脱げ、転んでしまう。


(な、なんだ、身体が言うことを効かねえ……)


 頭がフラフラとする。熱気にやられたような感じがする。深く考えることもできないままに、重たい体を無理に出も持ちあげ逃げる体勢を取る。

 脚が重い、腕が重い、頭が重い、足の裏はひたすらに熱い。それでもラクダ男から逃げなくてはいけない。残りのライフは後一つ。動いていなければ、矢は身体を貫き呆気なく終わりを迎えてしまう。


「嫌だ、いやだ。負けたくない! 許して下さい! お願いします!」


 酩酊したように働かない頭が混乱したように、亀頭は悲鳴を上げる。何度も、何度も転ぶ。本来なら、いつ矢が射掛けられてもおかしくはない状況にある。

 ラクダの男は虚ろな目をしたままに亀頭に近寄る。矢を射る構えはしない。矢には毒が仕込まれていた。刺さったところで捕まえるのは容易いと判断されたのだ。

 例え、治りが早いとは言っても戦闘の最中に数十秒のバッドステータスは致命傷になる。亀頭は、長い時間を逃げたつもりだが、実際はほんのわずかの間だけ、身体が起き上がっただけだ。


 ラクダ男ががゆっくりと近づく。顎はくちゃくちゃと動き続けている。ゆっくりと脚が上がる。ラクダの蹄には本来不要な蹄鉄が撃ち込まれている。砂漠の砂で磨かれ、熱されている。


 ラクダ男が殴り殺した後輩の姿に代わる。お前は死んだ、警察にも、学校にも、親が手を回した。相手の親は圧力をかけて、街から追い出した。首を吊ったかもしれないと噂が流れていた。

 弱いせいだ。俺には関係がねえ。腹の底から笑ってやった。だから、俺は負けたくない。弱くなりたくはない。


「やめて下さい、許して下さい、お願いします!」


 心の底から詫びを上げる。だが、後輩は心にもない言葉で人は動きませんよと悪しざまに笑いながら、振り上げた脚の裏を思いっきり顔面に叩きつける。

 蹄鉄が付いた、ラクダ男の下段蹴りは、亀頭の鼻の骨、顎の骨、頬の骨、眼底骨、歯諸々を砕き、頭蓋の骨も叩き割る。ゲームが始まってから最大級のダメージが亀頭を襲う。


 運悪く、毒の酩酊状態も切れ、最大級の痛みが亀頭を襲う。


「ミギャアアアアアアアアアア!!!」


 壮絶な叫び声が砂漠に響き渡る。その場から離れた場所へと逃げ続ける栗太達の元にもその声が届く。亀頭の声だと分かり、怒りで錯乱をしていると思わせ更に、皆を逃げる方向へと駆り立てる。


 亀頭を虚ろな目でラクダ男は見下す。血で汚れた脚の裏を砂でふき取るかのような仕草をする。亀頭の血よりも、砂漠の砂の方がよっぽど清潔だと思わせるかのように。


『プレイヤー キトウ ロスト!』


 間抜けた音の後に現れた中空に浮かぶウインドウにはそう書き示されている。現実世界で一番強いと思いこんでいた、暴力男は電脳世界であえなく倒されてしまった。




「さ、寒い」


「こんな、寒暖の差まで表現するとは……」


 寒さを訴える百姫を小脇に抱え、足助はヤイコのハックの腕前と悪感情に、心の中で舌打ちをする。陽が落ちた砂漠の気温は一気に低下した。凍えそうな寒さだ。玉雄が持っていた『枝』と『松明』を用いてどうにか暖を取っている状態だ。

 玉雄と栗太は周辺を警戒するために場所を離れている。腕のよい二人がそう行動するのは当然のことで、亀頭のような考えを持つ人間が異常だと足助は思っている。

 亀頭が奪おうとしたサボテンの肉を齧る。味も素っ気もない。サクサクとした食感と粘り気を感じるだけだ。


(亀頭は何を言っていたんだ? それとも、なにか他のアイテムが混じっていたのか)


 考え込みながら、そのまま寝てしまおうかと思った足助の判断を妨げるかのように玉雄の声が聞こえてくる。


「スイマセーン! ちょっとこっちに来てくださーい!」


 声を聞き、渋々と言った感じで足助は腰を上げる。同じように百姫も萬姫も一緒に付いてくる。


「どうしたのかね。私達家族は走って疲れているんだ」


「す、スイマセン。でも、こいつがいたもので」


 それは、お互い様で、手前らだけでぬくぬくと休んでいるなと栗田は思うが黙っている。砂漠にうずくまるように眠っているラクダ男

 

 ――ヤイコシリーズで断トツの不人気キャラであった砂の国のラクダマンを刺激して起こさないようにするためだ。


「あ、こいつは多分起きませんよ。ヤイコシリーズRPGで登場したボスキャラなんですけど、昼間はやたらと強い分、夜は寝てばっかりて設定だったんです。それに気付かないプレイヤーは『公式チートキャラ』って悪しざまに言っていたそうです」


 ちなみに、昼間も倒せないわけではないが、正確無比な強弓と力強い近接攻撃で大抵のプレイヤーは直ぐに沈むそうだ。


 玉雄は、一度だけ昼のラクダマンを倒している。ただ、倒しても何も特典はなかったが。


「私達にどうしろいうのだね」


「全員で工具を一気に叩きつければ、直ぐに始末できるだろう」


 足助の言葉に、栗田は少しは役に立てと暗に言いたげだ。亀頭ほどに怖くもない栗田など恐れるに値しないと足助は値踏みをして交渉に入る。


「有用なアイテムがあれば私が頂く。それでいいね」


「なら、あっちに引込んでいろよオッサン」


 ふざけた提案に栗田は切れそうになる。足助はあくまで強気だ。ただ、交渉に役立つ札を持ち合わせているわけではない。見るからに社会的不適合者の栗田を見下しているだけだ。


「貴方、どうでもいいわ。アイテムなんて要らない。早く倒して休みましょう。疲れているの」


 萬姫が眠そうな顔でそう進言をする。仕方がないと言った雰囲気で足助は工具投げの構えをする。栗田は、いまだに不満そうだ。


「攻撃が当たれば目を覚ますでしょう。しかし、一気に畳みかけましょう」


 玉雄の言葉に、足助は唾を飲む。もし、攻撃を受ければ痛い思いをする破目になる。そうしたら、また、遠巻きに逃げて傍観をするとしよう。二人が負ければオアシス村まで逃げて、現実世界での救助を待つ。


(それとも始めからそうしておけばよかったのか)


『現実世界に帰るにはクリアすること』


 それが、絶対条件だと思っていたため始めに全員行動を提案した。その手前、下手に手を引けなくなっている。まあ、家族以外の余所者である残り二人がいなくなれば前言を撤回すればいい。


(それまではこの二人に頑張って貰うとしよう)


「では、投げます!」


 玉雄の合図と共に工具が投げつけられる。工具が突き刺さったラクダマンはビクリと動くが、起きることはなく眠り続ける。それを見た足助は続けざまに工具を投げ続ける。

 皆が夢中で工具を投げる。いつもよりも、少しピッチが速い感じがする。結局ラクダマンは眠ったままエフェクト共に消失をした。


「なにを残したかな」


 栗田がラクダマンがいた後に近寄る。そして、怪訝な顔をした後に首を傾げ、落ちていたアイテムを拾い上げ、足助に投げてよこす。


「オッサンに上げる。俺、いらね」


 投げつけられた品はラクダマンが着用していたと思われる『股引』であった。綿製の厚みのある一品だ。


「歳だろう。お似合いだろ」


「失礼なことを言うな!」


 足助は怒声を上げて、栗田から投げ渡された股引を投げ捨て、萬姫と共にその場から立ち去る。やれやれと言った感じで栗田もその場を動こうとする。


「あ、あっちを見て」


 足助と共に帰らずに股引を手にしていた百姫が指を指した方角には、今まで砂漠しか見えていなかった光景に変化が訪れていた。

 蜃気楼の先に浮かぶような海岸線。第四ステージのボスキャラであったラクダマンを倒したおかげで浮かび上がった新たなるステージへの道筋。


「よし、向こうに進もう」


 その様子を知らるために、足助の元に戻った百姫達に足助はそう告げる。今一番心配することはこの寒さの中を、敵キャラに遭遇することなく無事に過ごすことだった。

 先程は眠りそうになったが、眠っている間に敵に襲われれば一大事だ。もしかすると寒さの影響で、眠ればライフがゼロになる仕組みが施されている恐れもある。


 ろくに眠ることが出来ない状態でフラフラとした足取りのまま、海岸線へと向かう。今回のステージと同じように、ステージ当初は安全地帯がある。そこで、再び本格的に休むとしよう。

 

『ステージ4 クリア! NEXTステージへようこそ!』

 

 砂漠を抜けた海岸線にはヤシのような木々が所どこに生えている。ただ、若干先程よりかは暖かい。特に、海から吹く風は暖かさを感じるほどだ。これなら多少我慢をすれば眠ることもできそうだ。

 百姫が手にしたナイフで拾い上げた股引を適当な大きさに切り裂き、歪な形をした一枚の布に変える。それを一人まとい、暖を取り始める。


「百姫、汚いから止しなさい」

「でも暖かいよ」


 そう言われると何も言えない足助は、納得できないままに百姫を咎めることを止める。皆が肩を寄せ合い、海岸線に落ちていた枯れたヤシの葉を玉雄の松明で燃やして暖を取りつつ、夜の寒さに震えながらも睡眠を取り始める。


 目が覚めれば、又、現実よりもはるかに厳しい電脳世界でのゲームが始まる。今は、その事を忘れ、疲れをいやすのであった。


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