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ステージ3

ステージ3


 目が覚め、残り僅かなリンゴを口にしてから、上空から垂れ下がる黒縄の梯子を昇る。ゆらゆらと揺れて昇りづらい。女性陣はその恐怖で身が竦み、何度も足を止めてしまう。


「おい、モタモタするな先に行くぞ」


 そんなことはお構いなしに、亀頭は縄梯子を進んでいく。その動きは下に伝わり、余計に揺れるが当の本人は一向に気にする様子はない。レディーファーストとは程遠い男なのだ。


 ようやく見えた上部の光に、亀頭が入り姿が見えなくなった直後、その場に文字が浮かぶ。


『ステージ2 クリア! NEXTステージへようこそ!』


 その文字を見て、出口では無かったらという疑念を持っていた皆が胸をなでおろす。何処となく心に余裕ができ、次々に光の中に昇り上がっていく。


 光の先は、薄暗い鬱蒼とした森の中だった。先ほど出てきた場所には、朽ちて半分崩れた井戸が佇んでいる。空はぼんやりとした灰色の雲で覆われている。薄らと陽の明かりが見える程度だ。


「城下町、地下排水路に続いて陰気くさい森か」


「結構バラエティーに富んだステージ構成になっていますかね」


 森の中で様子を伺う亀頭と栗田はそう呟くが、問題はどのような罠や敵キャラがいるかどうかだと考えている。第二ステージでは、偶然なのか罠が主体で、敵キャラは最後の広間で遭遇した蠅と巨大な醜い兎だけであった。


(今度は隠れる場所が多い森の中か、多分敵キャラ主体になるか)


 栗田は状況を見てそう判断する。手持ちには各自武具を持ち、工具投げが出来るようにはなっている。しかし、奇襲を掛けられた際、工具投げは、ゲーム慣れしていない素人では多分当たらない。素早い動きで翻弄するような相手もきつくなるだろう。


(社長一家と華園は当てにならないだろうな)


 プレイヤーの顔ぶれをちらりと伺って栗田は内心そう思う。馬鹿みたいに度胸があり、ケンカ上手な亀頭は持ち前の技術でどうにか凌ぐだろう。あの子供は、そこそこゲーム慣れしている。挨拶で言っていたみたいにヤイコシリーズをやり込んでいるようだし、他のゲームの経験もあるようだ。

 

(いったい誰が生き残るのやら)


 自分の事は置いといて、そう思う栗田であった。




 とにかく先に進もう。足助の号令の元、一人欠けた一行は、亀頭を先頭にして前へと進む。地図はおろか、方位磁針も手元にはない。当てに出来る情報は何一つない状況で歩むしかない。

 現実であれば、愚かな選択である。救助が来る当てがあるのならば無暗にやたらと動かずに、一所で留まるのが無難だ。

 しかし、ここは現実世界ではなくゲームの世界、電脳の世界。足助の考えでは、社員達は強制終了するという手段を取ることはないと考えている。


 万が一、電脳世界と接続したまま強制的にゲームを停止した場合の影響については――実験をしていないのだ。


 停電時等の不測の事態は内部の充電器が作動し、自動で適切にゲームを止める手筈となっている。

 そもそも、人が接続した状態から電源を切る実験を行う事は、単純に人体実験となる恐れがある。それだけは社会倫理的にも許される行為ではないと判断をしたからだ。


(脱出後は、国と共同で何かしらの手段で実験を行う必要があるな)


 下草が膝あたりまで伸び、露草が作業着の厚手のズボンを濡らす煩わしさを感じながら、足助は考える。

 そもそも、テストタイプ・イチの発表後から何度か国の関係省庁から打診があったことも事実だ。

 しかし、足助は良い返事をしなかった。下手な横槍で規制を掛けられたり、手柄を横取りされたくはなかったからだ。忌々しいことだが、背に腹は代えられない事態に差し当たり、方針を変換する必要があると感じている。

 

 そんなことばかりを考えていたため、周囲への注意が散漫的になったところを急襲されてしまった。横合いから突然、何者かが足助の脇腹目掛けて飛び掛って来た。

 足助は弾き飛ばされる。後ろを歩いていた萬姫が一瞬の間を置いて軽い悲鳴を上げる。亀頭が振り返り一歩だけ距離を取る。萬姫と華園はその場で立ちすくみ、栗田は周囲を伺いつつも身構える。玉雄が足助の元に駆け寄る。


「だ、大丈夫ですか」


「い、一体何に襲われたんだ!?」


 目を白黒させ、次の攻撃が来ないことを幸いに、玉雄の手を借りることもなく足助は立ち上がる。自分がいた場所には、体高が人の腰ほどにある、巨大で、薄汚れた毛並の兎が後ろ足で地面を叩きながら周囲を警戒している。


「……ラパラパです。先ほどのステージボスの元になる敵キャラですね。本当はもっと可愛らしいのに」


 玉雄は、威嚇のために顔を歪ませているため、可愛らしさが抜けてしまっているラパラパを見て心底ガッカリする。

 例え敵キャラでもデフォルメされ、愛らしさや、愛嬌が売りのヤイコシリーズらしさが全くないと言ってよい。電脳ダイブしてからずっと気に掛かっていたことだ。


「敵キャラに可愛いも、へったくれもないだろう。それよりも、私のライフポイントはどうなっている!?」


「残念ですが、一つ減っています」


 足助は盛大に舌打ちをする。第三ステージが始まって早々、貴重なライフポイントを減らされてしまったことに腹が立ち、目の前のラパラパを睨みつけ、怒りのままに工具を投げつける。

 しかし、そんな状態で投げた工具は見透かされたかのように、後ろ飛びに躱されてしまう。が、躱したあとから直ぐに次の工具が投げられ直撃し、ラパラパはエフェクト共に消失してしまう。


「き、キミ、栗田君、余計なことは……」


「そんなこと言っている場合ではないでしょう」


 横取りをされたことに文句を言おうとする足助の言葉を、栗田は冷めた口調であっさりと遮る。亀頭相手なら怖くてまともに反論なんて出来ないが、それ以外なら別だ。栗田は、ラパラパが消失した場所に歩み寄り、屈んで何かを手に取る。


「アイテムをドロップしたみたいだ。ラパの肉、一応は食べ物かな」


「おい、肉か、寄越せ、って言っても味はねえのか。生肉食っても仕方がねえからいらねえな」


 亀頭は肉と聞いて思わず叫び、栗田から奪い取ろうと思ったが『食』の楽しみが奪われている現状に気付き、直ぐに興味をなくす。栗田は肉を一瞥すると、玉雄に向けて差し出す。


「きみ、いるかい」


「は、はあ。貰っておきます」


 意味も分からず玉雄は栗田からラパの肉を受け取る。親切心からではない。十六マスしかないアイテムボックスの欄を無駄に埋めたくはないだけだ。

 先ほどのステージで、玉雄がラパの骨をこっそり取得していたことに、栗田は気付いていた。玉雄はアイテムを取りあえず取っておく性質なのだろうと読み取り、そこに付け込んだけだ。


(もしかすれば、使える可能性はあるかもしれないけど、貴重なアイテム欄の空きは確保しておかないとね)


 栗田はなにも考えずにアイテムを受け取った玉雄に対して、してやったりと内心でほくそ笑んだ。


「しかし、この森は油断が出来ないようだ。周囲を皆で警戒しながら進もうじゃないか」


 ラパラパというザコキャラの攻撃を受け、ライフを一つ減らしてしまったことに歯がゆい思いをしながらも、足助は全員に声を掛け先に進もうとする。


「おい、オッサン。アンタの言う通り油断は出来ねえ場所だ」


 壮絶な笑みを浮かべた亀頭が身構える。一体何事かと、足助は亀頭の様子を伺い、直ぐに周囲を見渡す。辺りからガサガサと音が聞こえてくる。誰かがこちらに近づいてくる音だ。


「み、皆、武器を手に取れ! 敵が来る」


 足助はそう叫び注意を呼びかける。その露骨にでかい声が敵を呼び寄せてるんだろうよと、亀頭は内心思うが、自分は生き残る自信があるので構いやしないとも思っている。

 離れた場所からヒュッと言う、音共に放たれた何かを、亀頭は察知して斧で弾く。弾かれた矢が足元に転がる。放たれた方向に生える藪を、斧で手荒に伐採して視界を広げる。


「おい、リンゴじゃねえか。丁度いい、食料が物足りなくなってきた所だ。始末するぜ」


 後方で矢を番えようとするリンゴ兵の他に、槍と剣を持ったリンゴ兵三体がこちらに向かってくる。矢を番えようとする兵に向けて誰かの工具が投げられる。亀頭は気にせず他の兵に立ち向かい、瞬く間になぎ倒してしまう。


「リンゴ四つ頂きだ」


「待ちたまえ、一つは私が倒したのだ。それに、皆で分けるのが……」


 亀頭は聞く耳を持たずに、リンゴを一つだけ足助に投げ渡し、残りは自分のアイテムとして収納してしまう。


「倒した奴が獲る。ゲームの鉄則だろう。文句があるなら手前で倒しな」


 ニヤニヤと笑いながらそう言い捨てて、先頭を歩きだす。その後ろを華園が追いかける。


「やっぱり、亀頭ちゃんは強いっしょ。頼りになるよね」


 媚びて、腰に手を回し、亀頭の後ろに寄り添う形で共に歩む。役に立たない慧瓶がいなくなった今、頼れる男に寄り添ったほうが勝ちだと判断したようだ。

 足助達は仕方がなく、二人の後ろをトボトボと追い歩く。今後は、なるべく早い段階で敵を見つけて、自分から倒さない限りは、食料が手元に残ることはないであろう悲壮感を漂わせながら。




「おい、リンゴは食えそうかよ栗田」


「駄目です。腐ってます」


 幾度かのラパラパの襲撃を受け乍らも、警戒を続けているおかげで無事に進むことが出来ている。但し、どこに向かっているかはまるで分ってはいないので、実際は無事とは言えないだろう。

 その間に何体かのリンゴ兵の遺体を見つけている。全てが放置されてからかなりの時間が経過しているためか、食料となるリンゴの部分はグズグズに腐り、食べられる状態ではなかった。

 第三ステージにおいても、NPCキャラが復活するような設定にはなってはいないようだと、今更ながらに全員が気付く。


(まあ、結局はゲームだからどこかでポップしているのだろうけど)


 栗田は食べられそうもないリンゴに見切りを付けて、手にしたリンゴを投げ捨てる。グズグズした感触は手に不快感を残すだけだ。 

 倒してもあえて消し去ってはいないのは、食料と期待させつつ手に取らせ、腐敗していることへの失望感と、不愉快な感触を味あわせる為の処置であろうと予測が出来る。


(いちいち、癇に障ることをしてくる)


 そう思うことが相手の思うつぼだと判って入るが、募る不満や失望感はどうしても蓄積されて行く。

 生きているリンゴ兵と出くわしたのは、先ほどの一度きりで、後はラパラパだけだ。ラパラパを倒すと肉が必ず残るが、生肉を食べたせいで、状態異常になる危険性もあるので取得する理由はない。玉雄が、三つほど所持をしているにとどまっている。

 闇雲に彷徨っている状態が続いており、なおかつ、薄暗く鬱蒼とした森、どちらかというと樹海に近い中を歩き続けているので疲労も蓄積されている。


「一旦、休憩をしよう」


 足助のその言葉に、亀頭はともかく他の者は賛同をする。適当な倒木に腰を掛け、アイテム欄からリンゴを取りだす。亀頭以外の者の所持しているリンゴの数はもう、一つ二つ程度しかない。


「亀頭ちゃん、リンゴ分けてよ」


「あん、何を言ってやがる」


 華園は甘えた声で亀頭にすり寄る。華園のアイテム欄にリンゴは一つしか残っていない。できれば、消耗せずにいたいのが本音だ。先ほど、三つ取得している亀頭からお零れを頂戴すべく、科を作り肩にもたれ、耳元で囁く。


「現実世界に戻ったらお礼はするから……ね」


 華園の放つ言葉を聞き、軽く一瞥した後、下卑た笑みを浮かべてアイテム欄からリンゴを二つ取り出し、一つを服で隠れた胸の谷間に押し付けるように渡す。


「よく、覚えておくぜ。戻ってから、鳴くなよ」


「うんうん、大丈夫。待ってるからね」


 リンゴを手で包むように受け取った華園は、内心で舌を出す。


(ゴリラの相手なんてまっぴら御免でしょ。皆に頼んで、囲めば亀頭でも何とかなるっしょ)


 慧瓶のように頼りにならない奴以外に、幾らでも男はいる。体育会系や、外人系のセフレも何人かいる。顔は亀頭なんかと比べようもない。その辺りの連中に適当に媚びて、どうにかして貰えばいいだろうと華園が考えている最中に、素っ頓狂な声が上がる。


「おお、キミ、どこからその火を出したんだ」


「先ほどのステージの広間で松明を取っておいたんです」


 見ると玉雄が手に火を取り、集めた枯れ枝に火を着けていた。その様子に亀頭も驚いている。栗田は、しまったと言うような顔をしている。


「しかし、熱くはないのか、ああ、ゲームの設定だから可能なのか」


 珍しく足助が仕切りに感心をしている。玉雄は気にせずに、先ほど手に入れたラパラパの肉を短剣に刺し火で炙る。


「味もないですけど、これなら生肉ではないですから状態異常も出ないと思います。まあ、肉に毒がなければですが……」


 最後の一言を聞き、分け前を預かろうとした足助達は食べるのを躊躇をする。


「ま、まあ、そうだろう。その肉は気にせずキミ一人で食べたまえ」


 食べた玉雄の様子を見て、今後は肉を取得するかを考えようと足助と栗田は思案する。ようは、毒見を人任せにした状況だ。しかも、その毒見役は自分達より年若い子供だ。だが、誰もがそのことを気に留めることはない。

 玉雄以外の全員がリンゴで腹を満たす。玉雄は十分に焼けたラパの肉を口にする。肉の香りも味もないが、口の中に熱さを感じ、肉を噛む感触が残る。それだけでも、何かを食べた満足感が残る。


『調理スキルを取得しました。今後、調理をした食材には味が付きます』


 突然、脳裏にその言葉が浮かぶ。吃驚して周囲を見渡すが、誰も気付いている様子はなく、各々が楽な姿勢で休んでいる。そして、突然声を掛けられる。


「ねえ、焼けたんでしょ。食べても大丈夫そう、一口食べさせてよ」


 今まで一言も口を訊いていない百姫が玉雄に話しかけてきた。同い年だが、玉雄の同級生にはいない整った顔立ちの美少女に話しかけられドキドキとしてしまう。


「ど、どうぞ。この辺りが良く焼けているよ」


「そう、判った」


 そう言うと自前の短剣で焼けた肉の部分をこそげ落として、手で取り、口にする。


「……やっぱり、味も香りもないのね」


「そ、そうだね」


 百姫はそう言うと、短剣をしまい、肉を食べたことに気付いていない父親である足助の元にトテトテと駆け寄り、汚れた手を足助の作業服の裾で拭う。


(あの娘はスキルを取得しなかったのかな。それに、味がしないのは、スキル取得前に作ったからなのかな? スキルは火で炙って食べるみたいな一連の行動をしないと取得が出来ないのかな)


 残った肉を再度火で炙ると今度は確かに肉の味がする。調味料を付けているわけでは無いため塩っ気があるわけではないが、食べている実感がわく。血の味が舌に染み込む。

 肉に噛り付きながら、取得したスキルについて皆に教えないといけないなと玉雄は思う。便利なスキルについて黙っておく必要はない。

 口を開こうとして、顔を上げると華園がきつい目つきでこちらを睨んでいる。思わずギョットしてしまう程、怖い顔をしている。再び食事を、するふりをして目線を逸らす。


(なにか、気に障るようなことをしたかな)


 焼けた肉を咀嚼し、飲み込むことを繰り返す。思いあたることはない。考えながらの食事なら、結局は味もろくに感じないことに玉雄は気付き、自嘲する。残った僅かな肉を食べ終え、火を始末した直後に、亀頭が呟くように声を出し立ち上がる。


「全く、ろくに休憩も取らせてはくれねえのか。嬉しいことだ」


 皆が、その事に気付き慌てて武器を手にした瞬間に、矢が四方から飛んできた。栗田と、萬姫が避けきれずに矢を受け、ライフが一つ消し飛ぶ。


「い、痛い、ほ、本当に痛い!」


「あ、アナタ、ど、どうにかして」


 ゲームを開始してからまともに身体に傷を負ったのは初めての二人が、矢を受けた痛みに耐えきれずに気を動転させる。


「大丈夫だ、今まで見てきたが傷は直ぐに塞がる。それよりも、矢が放たれたと言うことはリンゴ兵がいる。私は、リンゴを狩り、食料を手にする」


 亀頭に遅れを取るまいと、足助は槍を手に周囲を探り始める。亀頭は斧で周囲を薙ぎ払い、リンゴ兵を目ざとく見つけ近寄り、すでに何体かを仕留めている。


(焦るな、矢は四方から放たれた。まだ、いるはずだ)


 逸る気持ちを押え、槍で前方を探りながら、及び腰で周辺を探る。まともな食料を得るチャンスは今しかないかもしれないのだと、心に言い聞かせる。

 そして、樹の脇を抜けた瞬間にリンゴ兵と出くわす。咄嗟の事に、身体が追い付かず槍を相手に向けるのが遅れる。足助よりはるかに背の低いリンゴ兵は剣を上段に上げ、無言のまま向かってくる。

 やられると思った瞬間、工具が投げつけられリンゴ兵が倒れる。投げられた方向を見ると玉雄がそこにいた。


「まだ、います! 気を付けて下さい!」


 玉雄の掛けた声に、呆けている自分に気付き、直ぐに周辺を探る。茂みの奥から何かが歩み寄る音が確かに聞こえる。音の方向に槍を必死に突き出すと、手応えを感じる。

 槍の穂先で茂みを払うと、一体のリンゴ兵が倒れている。そして、奥には弓に矢を番えこちらを狙うリンゴ兵が見える。また、やられると思った瞬間に、再び工具が投げられ、リンゴ兵に直撃する。


「ゆ、油断せずに行きましょう」


「わ、判っている。余計な心配は無用だ」


 足助は、自分よりはるかに歳の若い、玉雄からそのような言葉を掛けられる事が心外で、思わずイラッとする。深呼吸を一つして、油断なく周囲を探る。

 又、茂みの奥から音が聞こえる。槍を突き出し、手応えがあると今度は正面に立たず、樹の陰から茂みを払い奥の様子を伺う。同じように矢を番えて構えているリンゴ兵がいる。矢は放たれるが、樹の陰に身を隠しやり過ごし、再び矢を番える前に、リンゴ兵に近づき始末する。

 そのようなやり取りを幾度か繰り返したおかげで、無事にリンゴ兵の掃討ができ、足助も玉雄も結構な量のリンゴを手にすることができた。


「ガハハ、良い収穫だ。このステージでの食糧の心配はねえな」


 亀頭は満足げな顔で皆と合流をする。亀頭が収納できなかったリンゴを分け前として貰ったのか、華園も先程とは違いホクホクとした顔を浮かべている。


「百姫、萬姫、キミ達の分だ取っておきなさい」


 足助がまともに動けなかった家族に余剰のリンゴを手渡す。栗田の分は玉雄が手渡している。


「ラパの肉のお礼です」


と、恥ずかしげな笑みを浮かべる。栗田は気にもせず、リンゴを受け取り、さっさと自分のアイテムボックスへと収納する。

 結局、玉雄はリンゴ兵からの襲撃を凌げたことに満足してしまい、自分が取得した調理スキルについて、皆に教えることを忘れてしまった。




 ――そもそも、なぜこんな目に遭わなければいけないのか。


 華園は好みでもない脳筋ゴリラの腰に手を回し歩きながら考えると、ムカムカしてくる。


 ことの発端は、慧瓶だ。顔が良いだけで役に立たないアイツがこの脳筋ゴリラに、キモオタで引きこもりの栗田の親が、今、巷で有名な一心庵が開発した電脳ダイブマシンの開発担当部門のトップだと教えたことからだ。


「おい、是非体験をして見たいな」


 亀頭のその一言がきっかけで、栗田の部屋に押しかけ強引に説得をし、又、亀頭や慧瓶の親の力も背景に抽選枠を強引にもぎ取った。


 今回の体験者選出は抽選と言う名の出来レースだったのだ。


 多くの人間は無駄にお金を浪費しただけであった。ただ、例外として最後の一枠を獲得した玉雄は、かなりの幸運の持ち主だと言ってよいだろう。


 始めは少し可愛らしいかと思いもしたが、先程、社長の小娘に肉を分け与えていた。華園が、ゴリラに心にもない言葉を掛けて食料を得ている苦労をしているにも関わらずだ。


(まずは、私に融通するのが基本でしょ)


 華園は心底そう思う。二人共、引っ叩いてやりたいが流石に小娘の方は両親の目があるゆえ、迂闊な行動に出ることは出来ない。

 周囲は亀頭が警戒を続けてくれる。好みでなくとも、取敢えずこの男の傍にいれば危険性は低いだろう。

 先ほども、虫の翅をはやした気味の悪い兎が飛来してきたが、容赦なく斧で叩き落としていた。残った肉はそのまま捨てられた。アイテムボックスは先ほどのリンゴ兵撃退時に一杯になっているから、無駄な肉を取得する必要は無い。

 玉雄の様に火があれば取得しても価値は多少はあるだろう。あの子供の事だ、ねだれば訳もなく譲ってくれる可能性は高い。

 だが、焼いた肉にも味も香りもないと言うことなので、わざわざ火で炙る手間を掛けるのならば、リンゴをそのまま齧っていた方が面倒がなくて良い。


(リンゴダイエットかな、だけどゲーム世界じゃあ意味ないっしょ)


 早く元の世界に戻り、派手に遊びたい。街歩きにショッピング、美味しい食事にカラオケ、男に酒に、セックスとドラッグ。ゲーム世界から抜け出したら、いつもより派手に気晴らしをしよう。華園はそう考え、今ある非現実的な世界から目を逸らす。


 亀頭が守ってくれると言う慢心からの油断。現実世界で過保護に育てられ、誰もが守ってくれるゆえの、危険に対する認識の不足。心持ちの甘さ、経験の不足が華園を襲う。


 何気なく通り過ぎた場所から伸びた樹の枝が、ツナギの襟首に引っ掛かり華園は盛大に転ぶ。何事かと皆が、転んだ華園を見る。そして、目の前で鞭のようにしなる太い枝が華園の顔面を叩き打つ。


「――ヒィ、イタアアアイイイ!!」


 顔面を叩きつけられた拍子に身体が跳ね上がり、襟首に引っ掛かった枝が外れる。地面を転げる様に痛みを表現する華園のツナギは、湿った泥で見る間もなく汚れていく。アップでまとめた髪には枯葉や枯れ枝が突き刺さり、鳥の巣のようにも見えてくる。そして、ハートが一つ、無残にも砕け散る。


「おい、こいつは一体何だ!?」


「し、知りません! ヤイコシリーズでは見たこともないキャラです!」


「トレント、エントの類をモチーフにした敵キャラかな」


 亀頭の言葉に、玉雄と栗太の二人が別々の反応する。今までのヤイコシリーズには登場をしたことがない敵キャラ、動く樹『デンドロクリエ』である。樹に擬態し、油断をしているプレイヤーを襲う。


 枝を振り回し、気付いた残りのプレイヤーに襲い掛かる。亀頭は斧で襲い来る枝を払いのけ凌ぐ。他の面々は、枝から距離を取らざるを得ないため、手をこまねいている。


 そんな中、痛みが引き、立ち上がれる状態となった華園が立ち上がり、デンドロクリエの攻撃を避けるために一時的に幾分か距離を取った亀頭にスタスタと近づくと頬を思いっきり引っ叩く。その顔は、怒りに顔を歪ませている。


「亀頭、アンタ、きちんと守りなさいよ! それしか能がないでしょうアンタは! その化け物を早く倒してよ! 顔に傷が付いたらどうするのよ! 役立たず、役立たず、役立たず!」


「おい、手前、どの口でほざく無能女。傷なんざ、直ぐに治るから気にする必要はねえだろう……って、おい、鼻がひん曲がったまんまじゃあねえか! ギャハハハ、ざまあねえ面だぜ」


 ゲラゲラと品のない笑い方で指を指す亀頭の言葉を聞き、慌てて鼻に手をやる。痛みは感じないが、確かに鼻の曲がり方がおかしい。


(わ、私の美貌がだ、台無し)


 例えゲームの世界でも、その事実は華園を絶望の淵に追い詰める。栗田はその様子を見て違和感を覚える。今までは、直ぐに治った傷が何故、治っていないのか。

 ピロンと言う音と共に空中にウインドウが浮かぶ。デンドロクリエの攻撃を躱しつつ、皆の眼がそちらに向く。


『仕様変更のお知らせ。ダメージを受けた際、危険性が高評価されると、ステージクリアまで何らかの形で身体に影響を及ぼすことにしました。影響による追加ダメージはありませんが、不都合や不便が生じるかも知れません。byヤイコ』


「……そんな、理不尽なご都合主義があるかよ!」


 一瞬の沈黙の後に、いつもは寡黙な栗田が思わず叫ぶ。今後はもし、直撃で手指が切断するようなケガを負ったステージでは、そのままプレイを続けなければいけないと言うことだ。

 ケガの状態によれば、とんでもない不利な立場に追い込まれることになる。安易にダメージを受ける捨て身の戦法は出来なくなるかも知れない。


「じゃ、じゃあ、この鼻治らないって事?! 嘘、やだ、見るな、見るな、見るなあああ!!」


 華園はそう叫ぶと一人、樹海の奥に駆け出していく。普段から、注意書きや説明を読むことをしないので、ステージをクリアすれば治ると言うことが目には入っていないようだ。一人で行くのは危ないと玉雄が叫ぶが、耳に届いた様子はない。


「おい、あんな女の心配をするより、目の前の敵をどうにかしろ」


 華園が離れたことで、デンドロクリエの間合いに近づき斧で枝攻撃を凌ぎ始めた亀頭が、玉雄を呼び止める。他人の心配をする性質ではない。気が散るから、余計な行動を取るなと戒めているだけである。

 デンドロクリエの間合いは広い。迂闊に近寄ることは出来ない。槍の間合いも届かない状況では、玉雄の持つ、短剣では届くことはない。距離的には工具投げで対応可能だが、周辺の木々が邪魔をする。しかし、このまま手をこまねき続けているわけにはいかない。

 そんな中、栗田が木々の隙間を縫って、精密な工具投げをやって見せる。が、投げたドライバーは直撃するも跳ね返ってしまう。


「工具投げが効かない!?」


 栗田は自分の精密な攻撃が失敗に終わったことに、茫然とする。しかし、次に投げられた工具が、デンドロクリエの硬質な樹の肌を砕く。


「栗田さん、マイナスドライバー投げです!」


 ああ、そうかと玉雄の助言を聞き、間抜けな開発担当者が、手を握り返せば硬い物を砕く力がある『マイナスドライバー』に工具を変更できると言っていたことを思い出す。

 工具投げのフォームをとると握られるプラスドライバーを握り返すと、先端が平らなマイナスドライバーへと変化する。

 FPSでもトッププレイヤーの栗田が攻撃を外すことは少ない。次からの攻撃は確実にデンドロクリエの肌を打ち砕いて行く。

 徐々に、動きの衰えていく枝の攻撃を、斧で打ち払い続けた亀頭が、最後は斧を樹の幹に深々と突き立てると、エフェクトと共にデンドロクリエは消失した。


「宝物は何を残したのか……、『枝の束』かよ。こりゃ、いらね」


「キミが貰っておけば」


 残された一括りにまとめられた『枝の束』に有用性を感じられないためか、亀頭は目もくれず踵を返してその場から立ち去る。

 栗田がからかい半分に玉雄にアイテム取得を進めるが、予想に反して、玉雄が『枝の束』を所得するのをみて、目を丸くする。


「一つだけ、アイテム欄に空きを作っておきました」


 玉雄は照れ臭そうに聞いてもいないことを喋る。栗田は内心呆れる。ここまで熱心に、無駄アイテムを取得する必要はないであろうと。




 華園は一人、森の中を彷徨い続ける。鏡がないので、折れた鼻がどのようになっているのかは判らない。例え、ゲームの世界だろうとも醜悪な顔を、他の連中に視られたくはない。


「どうして、どうして、どうして……私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ……」


 グチグチと独り言が零れる。

 全ては私に捧げられ、他に譲るべきものはない。

 私は、誰からも愛されるべき存在で、誰もが私を守る。

 

 だから、気に入らない奴らは死んでも構わないはずだ。


 役に立たない慧瓶も、不細工でデブで気持ちが悪い栗田も、脳筋で暴力的な亀頭も、安全を約束したのに守らない足助も、何もできない馬鹿な足助の女も、私を差し置いて肉を食べた小娘も、差し出したガキも、私よりも派手に振る舞う街の女も、地味な癖に口やかしい同級生も。


 女王である私に逆らう奴らはいない。いてはいけない。

 私が指示をすれば、皆が従う。従わなければいけない。


 だから、私を注意した地味子と誰も口を訊かなくなった。

 目も合わせることもなくなった。

 机にゴミを詰めて、鞄を捨てても、誰も注意をしなかった。

 校舎の裏に呼び出して、皆で寄って集って嬲ってやった。

 

 嬲った翌日に校舎の屋上から飛び降りても私の責任ではない。

 

 教師に呼び出されたことを母に言えば、直ぐに対処をしてくれた。

 著名な教育評論家の母が正しいと言えば、正しい教育なのだ。

 

 正しい教育を受けた私の行動は、絶対に正しいのだ。

 

 嫌いな物は食べずに捨てる。一口食べて不味ければ捨てる。

 お金を払えば、何をしても振る舞っても構いやしない。

 気に入らなければお金は払わない。

 

 母はいつでもそのように振る舞っていた。

 

 だから母は私にお小遣いを渡すだけで、何もしてはくれない。

 自由に生きている。私を見ることはない。

 

 だけど、お小遣いをくれるということは、私の行いが間違ってはいないということだ。間違っていればお金の支払いは止まるから。

 

 いつの間にか忍び寄ったデンドロクリエに気付くこともなく、背後から茨のように棘のある木の枝に抑え込まれ、声を出すこともできずに、虚ろな目をし、体液を吸われながら華園は今までの事を思い起こす。そこに反省の色はない。二つのライフポイントはゆっくりとした時間の中で、一つずつ砕け散る。

 

 誰もが振り返るような美貌を持つと信じる、華園の最後――体液を吸われたために醜く皺くちゃに萎んだ姿を看取る者はいない。三つ目のハートが砕けるとエフェクトと共に消失する。


『プレイヤー カエン ロスト!』


 他のプレイヤーに知られることもなく、華園は第三ステージでロストし、地獄のランダムステージへと強制移動をさせられるのであった。




「クソが、鬱陶しい野郎だぜ」


 振り回される巨大な棍棒から距離を取り、攻撃の隙を伺うが、なかなかその機会が訪れないことに、亀頭は苛立ちを募らせる。頭上のハートマークは一つ減っている。

 デンドロクリエを撃退すると直ぐに、今現在、戦いを繰り広げている敵キャラ、二足歩行の手に太い棍棒を持つ巨体の象男『エレファントマン』が、森の木々をなぎ倒しながら現れた。

 デンドロクリエがボスキャラだろうと意識をしていた全員にとってエレファントマンの出現は予想外で、一瞬呆気にとられた。


 その隙に繰り出された棍棒の一撃は、先頭にいた亀頭に狙いが定められる。


 それでも、持ち前の技術を駆使し、斧で直撃を防ぎつつ、吹き飛ばされた後も受け身を取ったため、身体状態異常の判定を喰らうことはなかった。

 だが、あくまで直接的な攻撃を受けたと言う判定は下され、亀頭のライフは一つ減る。屈辱的なことだと、亀頭は頭に血が上るも、自らが受け止めた相手の攻撃の力強さが尋常ではないことに気付き、もう一歩の所で怒りに身を任せるような状況に踏み込むことはなかった。


(気に入らねえことには、変わりがねえ)


 歩く動き自体は鈍重だが、『象』の名前が付くように、亀頭よりもはるかに大きい巨体から繰り出される棍棒の攻撃は、意外に鋭く、震えるほどに力強い。間合いは斧よりもはるかに長いため近寄ることが中々出来ない。

 栗田が離れた場所から、プラス、マイナスを絡めた工具投げで攻撃をしているがあまり効いているようには見えない。かなりタフな相手の様だ。

 周辺の木々はエレファントマンになぎ倒されたため、視界はかなり広がっている。逆に、木陰に隠れながら工具投げで奇襲を繰り返すという戦法は取りづらい。

 離れた場所から栗田が工具投げを繰り返す。まるで効いてはいないわけでは無いと思われるため、辛抱強く攻撃を続ける。ゲームでは地道にダメージを与え続けることも必要だと理解をしている。

 そんな、ハエがたかるような攻撃を煩わしく感じたエレファントマンは持ち前の鼻で倒れた大木を掴み上げ、栗田の方向に投げつける。慌ててその場から飛び退き難を逃れる。その様子を見た亀頭は軽く舌打ちをする。


(あんな、攻撃までしやがるのか。ますます、不用意に近づくことはできねえなあ、って、おい)


 どうしたものかと思案を始めようとした亀頭の目に、倒木を陰にしながら、隠れんぼとだるまさんが転んだをするかのように、身を屈め、そろりそろりとエレファントマンに近づく玉雄の姿が映る。


(馬鹿か、あのガキ。お前があの攻撃を受けたら、骨が折れる程度じゃあ済まねえよ)


 玉雄の愚かな行為を見て、腹の中で見下す。ろくに戦う技術もないガキが何をそんなに粋がっているのだと。

 多少は、ゲームで培われた技術と知識があるようだが、現実のような戦闘技術が必要なこのゲームでは、早々上手くは立ちまわれないだろう。勝手にやられてロストをすればいい。

 だが、亀頭の予想は大きく外れる。玉雄は一定の距離まで近づくと倒木の陰に、身を潜め続けエレファントマンの動向を伺い続ける。プレイヤーの中で一番小柄な玉雄ならではの機転と言って良い。気付くことなくエレファントマンは玉雄が潜む倒木へと近づく。


 玉雄の心臓は高鳴る。体格のよい亀頭を吹き飛ばすような強大な力を持つ、巨体のエレファントマンが地面を踏みしめるたびに振動が伝わる。その度に、思わず悲鳴を上げたくなる。


 見上げるような巨体が傍を通り抜ける。その恐ろしさに、沸き上がる恐怖をどうにか押さえつけ、叫びたくなる衝動を我慢する。

 

 そして、倒木の陰に潜む玉雄が居る場所を通り過ぎた時、満を持してエレファントマンの背後に近寄り、工具投げで攻撃を始める。近距離からの攻撃の為、工具は直ぐに直撃し、連続攻撃が可能になる。

 玉雄の攻撃に気付き、エレファントマンは巨体を翻そうとするが、鈍重な動きの為、近くで攻撃を加える恐怖を押えつつ玉雄は慌てずに背後を取り続ける。

 足元で繰り出され続ける攻撃に苛立ったエレファントマンは『パオーン!』と叫びつつ、誰もいない前方に棍棒を振り回す。巨体だが、腕が余り長くは無いため、背後に棍棒の軌道が行くことはない。

 エレファントマンは、猫や犬が自らの尾っぽを追うかのようにグルグルとその場を回り続ける。時に亀頭や栗田が近付こうとするが、その度にエレファントマンは立ち止まり威嚇をする。それを見計らい玉雄は更に連続的に攻撃を繰り出す。

 亀頭も栗田も必要以上に近づかない。二人は気付いている。エレファントマンが威嚇の度に立ち止まれば、玉雄の攻撃をする時間が動きながらする時よりも長くなることに。いわば嫌がらせをしているようなものだ。


『パ、パオーン』


 長く繰り返された戦闘は、エレファントマンの悲痛な叫び声と共に終了を告げる。玉雄が繰り出す連続的な工具投げの攻撃を喰らい続け、遂に足元から崩れ落ちる。亀頭と栗太が嬉々として近付くがその前にエフェクトと共に消失をしてしまう。後には何も残らない。

 

 息を切らし、その場で立ち続ける玉雄の頭の中に言葉が浮かぶ。

 

『連投スキルを取得しました。以降、工具は二つまで同時に連投ができます』

 

 思わぬことに茫然とする。調理スキルも有用だが、今回取得したスキルは戦闘に直接的に関わる貴重なスキルだ。


「何にも残さないのか象男は。ケチくさい敵だ」


「あ、あの」


「調子にのるなよ小僧。偶々、倒せたが毎回思い通りにはいかねえ」


 スキルについて喋ろうとした玉雄の言葉を制するように、亀頭は睨みつけ説教のような嫌味を言う。標的としていたエレファントマンを横取りされたようで不満なのだ。


「おお、見て見なさい! 象が向かってきた方向に光が見える! 出口だ、あれがボスキャラだったのだろう。あちらに向かおう」


 家族と共にひたすらに木陰に隠れ、難を逃れていた足助がエレファントマンが通ったために出来た道の方向を指し示す。確かに、光の辺りから森は途切れているようだ。

 皆が光の方向に向けて歩み出す。玉雄は、亀頭に睨まれたため恐怖で竦んでしまい、またもや取得したスキルについて語ることが出来なかった。


『ステージ3 クリア! NEXTステージへようこそ!』


 森が途切れた光の先は、かなり寂れた小さい村があった。人の気配は感じられない。家屋も風化し、ボロボロだ。どうにか、雨露を凌げる程度に壁と屋根が残っている。

 村の外には砂漠が広がる。広場の中央には釣瓶式の井戸がある。足助が期待をしないで垂れ下がっている縄を手繰ると重みを感じる。木の桶に澄んだ水が張られているのを見て喜びの声を上げる。


「おお、この井戸には水があるぞ!」


「毒が混じっているかもしれませんけどね」


 喜ぶ足助の感情を逆なでるように、少しは考えた言動をしろと言いたげに、嫌な笑みを浮かべた栗田が告げる。案の定、ムッとした足助が声を出す前に、玉雄が一つの異常に気付く。


「あの、華園さんがいないようですけど……」


「おい、あんな馬鹿な女は放っておけ。どうせ役には立たねえ。そちらの家族と一緒でな」


 先ほどのエレファントマンとの戦いに、一切参加をしていない足助家族に対して亀頭は嫌味を言う。


「私は家族を守る義務があってだね……」


 亀頭、栗田、現段階で主要なメンバー二人からも嫌味を言われ、返す言葉がでない足助は言葉をすぼめ、すごすごとその場から立ち去る。

 亀頭はその様子を、フンと鼻で笑い、汲み上げられた桶の水で顔を洗う。水は冷たく、汗ばんだ顔がすっきりと洗い流される。


「ふう、すっきりするぜ。こんな感触まで再現するとはな。たいしたもんだ」


「だ、大丈夫ですか亀頭さん」


 心にもない言葉を栗田は亀頭に向けて告げる。毒がないことが実証されたようで内心小躍りをしている。


「おい見ろ、この澄んだ水に、毒なんざあ、ねえんだろうよ」


 亀頭は木桶を井戸に降し、水を汲み上げ、その場で服を脱ぎ、崩れかけた家屋の壁引っ掛けて水浴びを始める。次は俺でお願いしますと、栗田は告げてからその場を離れる。


 玉雄も何も言えないまま、仕方なくその場から立ち去る。


 皆バラバラだ。もっと、仲良くできないのかな。玉雄はそう考える。誰も、華園の心配をしていない。そう言う自分も、今の今まで気付いていなかったから、余り、人の事は言えないのだろう。


 適当な家屋の中に入り一人蹲り、膝を抱える。本来のヤイコシリーズはもっと、明るく、楽しく、皆で騒ぎながら楽しんで進めるゲームだ。この電脳世界には、その欠片一つさえも感じられない。


(絶対に元に戻したい)


 普段は気弱で、引っ込み思案な玉雄らしからぬ考えが産まれる。そして、ヤイコが語った言葉が頭に浮かぶ。


『下手糞な現実世界のプレイヤー達に操られ、延々と死に戻された』


 今ある電脳世界は意趣返しだと言う。なら、プレイヤーとして無事に全ステージをクリアーして見せる。そうすれば、きっと、元のヤイコに、ヤイコワールドに戻る。


 玉雄は淡い期待を胸に、目を閉じる。樹海で歩き続け疲れているのだ。第四ステージ、無人のオアシス村の一画で一人静かに、眠り始める玉雄であった。


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