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ステージ1

ステージ1


 八人が城門の前で少しの間、ぼうと待っていると、城門は勝手に開いた。ここで立ち止まることも可能だが、現実の世界へ戻るにはゲームをクリアしなくてはならない。


 結局のところ、選択肢は『前に進む』しか選べない状況だ。


 城門の外には、やや下った感じの湾曲した木の橋が続いている。自然の渓谷を利用した堀に対して掛けられた立派な橋なのだが、何が起こるか判らない状況で渡るのは、恐ろしい気がしてならない。

 そんな中、亀頭はただ一人、何も考えずに城門を抜けアーチ橋をズンズンと進んでいく。他の者も遅れまいと後に付いて行く。今だけは、この男の脳筋ぶりが少し羨ましくも感じてくる。


 曇天――雲の厚みで陽の光が差し込まないせいか、寒々とした感じがする。吹く風が体を冷やす。堀代わりの渓谷の樹木は、花も葉もない枯れ木ばかりで、余計に寒々しさを演出している。


 ここが、電脳世界であることを忘れさせるほどにリアルな体感が肌身に染みてくる。


(私の聞いた感じでは、ここまでの再現性はなかったはずだ)


 社長である足助の元に提出されていた、電脳ダイブ時の報告書では五感を完全に再現することは出来ていないとされていた。

 元より、ゲームとして楽しむには現実に近すぎても問題があるだろうと開発会議でも発言され、状況を模索しつつも現状を維持する方針で進めることに決まっていた。

 だが、実際は嫌な程リアルに近い体感をさせられている。ヤイコを名乗る者の言うことが確かであれば、どういう技術で行われたのかは判らないが、ゲームプログラムの設定がいじられ五感が再現されていることになる。


(この技術、これはこれで惜しいものだ)


 木のアーチ橋の中央を進み続ける亀頭の背中をぼんやりと見乍ら足助は、そんなことを考えている。報告書を読んでいた時は、仕方がないと思いつつも、実際は技術がそこまで追い付いていないことにガッカリもしていた。


 人はきっと、地球上には存在しない光景を視覚として見ても、聴覚として音を聞いても、肌に触れるやさしい風の感触や、陽の光の暖かさ、懐かしい草木の香り、新鮮な空気が喉を通して肺に満たされる実感が体験できなければ、きっとどこかで嘘臭さを感じてしまうことになるだろう。


 始めは目新しくとも、いずれは飽きられてしまう可能性もある。


 足助は自分達が造り上げた電脳世界にそうした危惧を抱いていた。だが、今いる世界であれば、そうした心配はなくなる。人の創造性を駆使して、ありとあらゆる理想郷が作れることになる。そうすれば、電脳ダイブをする価値は高くなり、『テストタイプ・イチ』の売り上げに繋がって来る。


 まずは、無事に生還する。そして、この設定を作りだした人物を捕らえて、出来ることなら一心庵側に引きずり込む。


 足助は内心でそう考えていた。ヤイコが語ったことなど半分以上は嘘であると思っている。電脳世界のキャラクターに人格が産まれることなど、結局は微塵も信じてはいなかった。




 橋を通り抜けた先はコクレア城下町が広がっていた。ヨーロッパの街並みが意識された作りは細部まで凝っているようだ。

 二階から三階建てで間口の狭い煉瓦積の住居が建ち並ぶ。屋根は青や、黒味の強い天然石スレートが葺かれ、木製の鎧戸とアーチ状の玄関が取り付けられている。

 

 「随分と陰気くさい街だな、おい」

 

 どの窓も扉も何人も寄せ付けないといった雰囲気を醸し出すかのようにピッタリと閉ざされている。

 時に、鎧戸の隙間から誰かが覗き込む気配を感じるが、目をやると直ぐに戸は閉じられてしまう。街路には八人の姿以外に人の気配は感じられない。


「当初の設定では陽気な街とされていたが、先程の人物が設定をいじくったのだろう」


 亀頭は街の状況を呆れた感じで見渡し、足助は設定が替えられた街の様子をつぶさに観察している。華園は慧瓶の後ろに、百姫は足助の後ろに控える萬姫の後ろにしがみついている。栗田と玉雄の二人はせわしなく頭を動かし、不安げに周囲の状況を見ている。


「おい、オッサン。今後はどうする。各自が自由行動で先へ進んでゲームのクリアを目指すか? 俺は一向に構わん」


 先ほど、リンゴ兵から奪った唯一の武器である手斧を肩に担ぎ亀頭は不敵な笑みを浮かべ、残りの人間の中で比較的まともに行動をしている足助に意見を求める。

 

「いや、全員で行動をしよう。はっきり言うとこの先の事は私でも分からない。報告書などで一通りの事は知っているが、電脳ダイブをしたのは今日が初めてだ。しかも、設定が弄られているのであれば私の知っている知識など大した役には立たないだろう。それに誰かがクリアの条件を見つけたとしても、私達も知ることが出来なくなるかも知れない」


「それでいいんじゃね。皆で行動すれば、危険性も減るし」


 足助の意見に慧瓶が賛同する。亀頭は、フンと鼻で笑うと肩で担いでいた斧を振りあげる。突然の仕草に、慧瓶はヒィと小さい悲鳴を上げて頭を抱えて及び腰に屈みこむ。

 斧は手から投げ出され、屈んだ慧瓶の上を通り抜け向かいの住宅の壁へと撃ちこまれる。いつの間にか現れたリンゴ兵の頭に斧が突き刺さっている。


「まあ、自分の身は自分で守って貰うのが条件だろうな!」


 亀頭は、投げた斧の方向へと一直線に向かい、リンゴ兵の頭から斧を抜きとる。抜き取る際には頭がもげ、身体だけが残る。目障りだと言わんばかりに身体を蹴り飛ばすと同時に、周囲の路地からリンゴ兵達がワラワラと溢れ出て来た。


「い、いつの間に……、ここにいてはマズイ! 早く脱出だ!」


 亀頭が斧を振り回し、リンゴ兵達をなぎ倒している。落した武器を拾いたい所だがそう言う状態ではない。


「そんなに慌てて逃げないでも、いいじゃねえか。お前達もデフォの飛び道具を持っているだろう」


「そ、そうだ! 僕に任せて」


 慧瓶が手を握るとドライバーが現れ、それをすぐさまリンゴ兵へと投げるが、見事に外れる。代わりに別のドライバーが飛び、リンゴ兵の頭に突き刺さる。栗田が投げたドライバーだ。


「……FPSと同じで目線の先に照準点がある」


 栗田はボソリと呟くように喋る。その言葉の後に、もう一つのドライバーが飛ぶ。こちらもリンゴ兵の頭に見事に突き刺さる。青い顔をした玉雄がスローイングのフォームで固まっている。


「た、確かにそうみたいです。それと、投げたドライバーが当たるまで、次のドライバーは出ないみたいです」


 連投が出来ないと聞き栗田の顔が歪む。周りを囲まれると対処が難しいかもしれないなと考える。亀頭のように近接武器を手にしておかないと、きつくなる場面が来るかもしれない。


「は、早く逃げようよ! 囲まれるとマズイっしょ!」


 華園が、その場で留まり戦っている男連中に、逃げることを呼びかける。十数体はいたリンゴ兵は、大体亀頭の手で倒されてしまっている。


 悠々と言った感じで亀頭は皆の元に戻る。全員がひとまず大通り沿いに向かい動き出す。


 リンゴ兵が倒された後、八人が場を離れた様子を見て、周辺の住居の扉が開き中から住人達が出てくる。

 皆、一様にやつれ疲れ切った顔をしている。倒されたリンゴ兵に群がり、手にした刃物でリンゴ頭を争うようにもぎ取っている。


「おいおい、あれはいったい何をやっているだ」


 皆と合流した亀頭が、リンゴ兵の死体に群がる住人達の様子を見て驚きの声を上げる。その時、ヒヤリとした涼風が通りを抜ける。「ユーコー、ユーコー」と言った音が聞こえる。

 

 風が通り抜けると共に、倒されたはずのリンゴ兵が向くりと起き上がる。もがれた頭まで元通りになっている。そして、群がっていた住人達を手にした棍棒で叩き伏せ、剣で突き刺し始める。群がっていた住人から悲鳴と絶叫が上がる。その様子を尻目に八人は駆け足で逃げだしていく。


「冗談は止してもらいよ! 倒しても蘇るなんて」


「そ、それよりも住人の方達を、た、助けなくて良いのでしょうか?」


 逃げ乍ら慧瓶は悲鳴を上げて、玉雄は住人達から上がる悲鳴を聞き、逃げることに酷い罪悪感を覚える。


「あれは、ゲームの世界の住人だ。作られたプログラムだ。助けなくても問題はない。どうせ、先程のリンゴ兵と同じで蘇るだろう」


 足助は余計なことを考えて足を止めるなと、言いたげに玉雄へ向けてそう説明をする。


「そうそう、所詮はゲーム。問題ないよ。変な正義感出す必要は無いっしょ」


 華園は玉雄の頭を掴むように撫で、前に進むように促す。玉雄以外の誰もが、住人の悲鳴など気にする様子はない。


「それにしても、あの住人達はなぜわざわざ安全な住居の中から出てきたのだろうか……」

「さあな。家から出られない恨みを晴らそうとでもしたのかもな」


 足助の疑問に対して、亀頭がなおざりに答えを返す。戦闘が終わったので気持ちが明後日の方向に向いてしまっているようだ。そんな中で、萬姫が一人奇妙な行動に移る。


 適当な住居の玄関を叩き中の住人に呼びかけ始めたのだ。


「もしもーし。どうして、リンゴさんの死体に群がったのでしょうか? わかりますか」


「馬鹿、お止しなさい。答える訳がないだろう」


 足助の疑問について住人に聞き始める萬姫を足助は窘める。その様子を見て、娘の百姫を含めた一同全員が苦笑いをする。だが、答えるわけがないという期待を裏切り、住居に住む、やつれた男性が玄関の戸をわずかに開ける。


「……腹が減っているんだ。街中はコクレア城のリンゴ兵達が常に巡回をしていて、見つかれば殺されちまう。直ぐに生き返るがな。ただ、死ぬときは死ぬほど痛いんだ。当たり前か。だから、家から一歩も出られない。買い物もできない」


「それでリンゴ兵を襲う理由にはならないのでは」


 足助はリンゴ兵に追われていたことを忘れるように足を止め住人の言葉に耳を傾け、再度疑問を問いかける。


「だから、腹が減っていると言っただろう。リンゴ兵の頭はリンゴだから食えるんだ。だから、隙を見て襲って倒して食うんだ。頭から下が戻ることはないからな。……だけどたまには肉を食いたくなる」


「え、肉が食えるの。教えろよ、一人占めはダメダメ」


 肉と言う言葉を聞きつけた慧瓶が話に割り込んで身を乗り出す。玄関先の男はニヤリと笑うと、いきなり扉を開け慧瓶に襲い掛かる。手には包丁を持っている。包丁がブスリと慧瓶の腕に突き刺さる。


「に、肉は他の住人だ! 隣のガキは美味かった! 勝手に生き返るから食い放題だ! お前達の肉も食わせろ! 女と子供は柔らかくって美味そうだ!」


 狂った目をした男は慧瓶を押し倒し、包丁を振りあげるが、先に亀頭が薙ぎ払った斧の一撃を首に受けてしまう。

 首はごろりと地面に落ちる。流水が流れる様に血が首から湧き出てくる。唖然として動かない慧瓶は血を受けて真っ赤に染まっている。その光景に玉雄は思わず目を背ける。


「ふん。悪趣味なことだが、このリアルさは、かなりいいな」


 亀頭は人を殺した感覚を疑似的にも体験できたことに内心興奮をしている。現実世界では間違いなく逮捕される事態だが、ゲームの世界であれば問題は無い。

 

 また、冷たい風が吹く。ユーコーという変わった風の音が響くと、首の無い男の身体はモザイクが崩れるようなエフェクト共に消え去ると同時に家屋の奥で音が聞こえる。


「……直ぐに場所を離れた方がいいよ」


「なぜそう思ったのかな」


 栗田が発した助言に、足助が意味を聞く。栗田は面倒臭そうな顔をして答える。


「……あの男、多分、街の住人のリスポーン場所は各自の住居だと思う。奥で音がしたから、リスポーンしたと思う。あの変な音がする風が吹くと復活する仕組みなのだろう」


 栗田が言うように、奥から呻くような低い声と、ガタガタと騒がしい音がしてくる。予想が確かならば、狂った男が再度こちらに襲い掛かろうとしているのだろう。


「……栗田君の言う通り、この場を離れよう。途中でリンゴ兵に見つかる恐れもあるが、私達も攻撃手段は持っている。皆まとまれば何とかなるだろう。まずは、街を囲んでいる壁まで行こう。多分、門があるはずだ。この街を脱出しよう」


 足助の言葉に栗田と玉雄が頷く。女性達は先ほどの光景に怯えており、慧瓶はいまだに腰を抜かしたような状況だ。亀頭はただ一人ニヤニヤと笑みを浮かべている。

 

「慧瓶君だったかな。立ちたまえ。そんな場で座り込んでいれば直ぐにライフが無くなり、映像で見た場所に送り込まれてしまうよ」


 足助は慧瓶に立つ様に促す。今更ながら、頭の上に光るライフポイントを示す三つのハートの一つが無くなっていることに慧瓶は気付き、慌てて立ち上がる。


「う、う、刺された時はすっげえ痛えの。傷は塞がったから良いけど、あの野郎ぜってえ許さねえ。いつか痛い目見させてやる。手前の肉を刻んで食えって……」


 刺された怒りを晴らすように住居の玄関戸を乱暴に閉める。誰も泣き言を聞く耳は持っていないようで先に進んでいる。慧瓶は、ブツブツと文句を言いながらも皆の後を追って行った。




「おい、こいつは無理だ。押しても引いてもびくともしねえ」


 巨大な門を前にして亀頭は息を吐いた後に、そう告げる。リンゴ兵の襲撃を躱しつつ辿りついた都市の門はしっかりと閉まっていた。

 門番はおらず、まばらにリンゴ兵がいるだけで建物の影から全員で奇襲を仕掛け、数を減らした後に亀頭が残りをなぎ倒している。遺体は復活前に、内堀に投げ捨てた。

 亀頭は、その際に頭をもぎ取り味見をしている。『味も、素気もありゃあしねえ』と言い、咀嚼したリンゴを口からベッと吐き出している。味覚の再現はされていないようだ。


(視覚、聴覚、触覚、痛覚に時折鼻を突くかび臭い匂い、嗅覚は再現しているのに味覚は再現をしていないのか……)


 足助はふと疑問に思う。味覚が再現されていれば、現実世界と変わらない状態であると言ってよい。意図的に無くしているとも考えられる。だが、何故と――疑問が残るだけだ。


「どうでもいいけど、無駄足じゃね!? 疲れただけじゃん」


 華園は歩き疲れたのか、その場で座り込む。他の面々にも疲労の色が見られる。華園の言葉を聞き、足助はふと、ヤイコを名乗る人物が語ったことを思い出す。


『この世界での感覚は現実世界とまるっきり同じにしておいたよ! 痛覚、疲労、空腹、全部きちんと感じるようにしてある』


「しまった! そう言うことか。こいつは嫌がらせだ!」


「なに、急に叫ぶの、オッサン。気味悪くね」


 叫んだ足助を訝しげな表情で慧瓶は睨む。そんな視線を無視して足助は事情を説明する。


「この電脳世界には私達が現実世界で感じる、様々な体調不良も再現されていると、仮称だが『ヤイコ』は言っていた。今のように疲労を感じる、そのうちに眠気や空腹も訪れるだろう」


「おい、待て、さっき食ったリンゴに味はねえぞ。あれを食わねえと腹が満たされねえのか! 食う楽しみがねえじゃねえか!」


「そう言うことだ。これは、プログラムを改ざんした者の私達への痛烈な嫌がらせだ。無味な食事程、不味い物は無い」


 きっと、苦しい感情を味あわせたいだけなのだろうな。そう、足助は考えている。この点については当たっている。

 現状の電脳世界には苦しみが満ちる『地獄』のように設定がされている。地獄の苦しみに『楽しみ』は不要だ。


「いずれにしても『空腹』という感覚が再現されているということは、今後リンゴの頭は多少なりとも、食べたり、保管する必要がある」


「えー、あんなの食べられないよ」


 座り込んで休んでいた、百姫が軽く叫ぶ。電脳キャラとはいえ、人の形をしていた者の頭を食べるのは気が引けるのだろう。小学生の女子であればなおさらだ。


「……我慢しなさい。百姫。無事、ゲームをクリアするためだ」


「そ、そうですね。ゲームの設定上のルールであれば、それを克服してクリアを目指すのは必要です! ねえ、栗田さん」


「……ゲーマーなら当然だな」


 百姫に向けた足助の悲しくも厳しい言葉に玉雄がフォローをし、栗田に賛同を求める。言葉は短いが、栗田は一応意見を合わせる。この二人は地味ながらも、ドライバー投げで亀頭や他の人間を援護している状態だ。渋々ながらも百姫も意見を聞きいれる。


「でも、持ち歩くには不便ですよ、アナタ。こんなに大きなリンゴ」


「うむ。その通りだ。今回手に入れた武器を手放すわけにはいかないしなあ……」


 リンゴ兵を投げ捨てる前に、それぞれに見合った武器を奪い盗っている。年長組は槍、年少組は短剣、亀頭は棍棒を更に手にしている。斧は捨てず、リンゴ兵の肩ベルトを奪い背中に担ぐようにしている。


「ま、待ってください。実は、さっき気付いたのですが、念じると浮かぶメニュー表示に『アイテム』欄があります。もしかすると……」


 玉雄は皆の前でメニューを表示させ、アイテムの項目を選び、次に出てきた選択肢から『収納』を選ぶ。そして、短剣をしばし見つめると短剣の姿が無くなる。

 皆が驚いた顔をしているうちにアクティブ表示になった『使う』の選択肢を選び、更に『短剣』の項目が出て選択をすると再度手元に短剣が現れた。


「数に限りはあると思いますが、ゲーム性自体は残っている見たいです」


「そう言うことは早く気付けよ、ガキなんだから毎日ゲームしているんだろう」


 手柄を立てられたことに不満なのか慧瓶が玉雄に向けて悪態をつく。子供と言っても二人の年齢差は5歳しか変わらない。慧瓶自身まだ高校生だ。


「可愛そうな事言わないほうがいいんじゃね。この子が気付いたのは事実なんだし」


 華園が玉雄を庇う。それを見て、ぷいと慧瓶はそっぽを向く。『ガキの癖に』と呟き声が聞こえ、『ガキ相手にムキになってダサ』と華園も、慧瓶に聞こえないように呟く。


「まあいいじゃないか。こうして、アイテムの収納方法が判ったんだ。これからは、必要な品はなるべく採る方向で進んでいこう」


 あまりひどい不協和音で諍いになることを恐れた足助は、急ぎそうまとめる。とりあえず一休みしてから行動を再開しようと言い、自らもその場で休憩を始めた。




 結局、街の門は開くことはなく一同は諦めて他の場所の探索を始めた。行く先々で襲撃をしてくるリンゴ兵を倒し、頭をもぎ取り空腹を満たす。


(空腹だけではなく、渇水も満たしてくれたのは助かった)


 門を離れてから感じ始めた喉の渇きは無味無臭ながらも、仕方なく食したリンゴにより解消された。空腹を満たすと同時に、水への飢えを凌げたのは偶然の賜物だ。

 毒見を勝手にしてくれた者がいたから、皆、安心して口にすることもできた。空腹のあまり、おかしな物を口にしてゲームオーバーなんて間抜けな事態は起こしたくない。

 それ以前に、映像で見せられたゲーム開発担当者が送り込まれていた場所に行くのはどうにかして避けたい。全員がそう考えていた。


 今いる電脳世界のゲームにおいて『優しさは無用の長物』と言いたいような程、ヒントがまるでない。自らが考え、解き明かしていく必要がある。

 そして、現状では街を出る方法が判らずにさ迷い、歩き続けている状態だ。探索を始めてから幾度目かの休憩を取る。陽が傾き始めているのか厚い雲で覆われた空は始めの頃より暗くなり始めている。


(できれば、完全な夜になる前に街を出たい)


 足助は、今の現状に焦れ始めている。闇夜に紛れた敵に襲われる状態は避けたい。探索を続けるにしても、日中が望ましい。そうなると、泊まる場所が必要だ。暗くなっても、ステージクリア条件が判らないようであれば、適当な人家を乗っ取る必要がある。そう考えている。

 亀頭は一人壁に背を預け、目をつぶり立った状態で休憩をしている。その目がゆっくりと開き、ぼそりと呟く。


「お客さんだ」


 視線は路地の方向に向いている。リンゴ兵がこちらへと向かってきている音が聞こえる。


 まだ、距離があるのか姿は見えない。亀頭が気付いたのは休みながらも注意深く周囲の変化を気にしているからだ。


「もう、勘弁してくれね。いい加減あきたっしょ。持ち物リンゴで一杯だし」


 慧瓶が一人、そう愚痴のような不満を漏らす。アイテムボックスは十六個までしか持てない仕様になっていた。

 但し、身に付けている分はカウントをされてはいないため、空腹と渇水を満たせるリンゴで、皆一杯にしている。


「ここは路地のどん詰まり。どうあがいてもやるしかねえんだ。くだらねえ事を言うな」


 亀頭は、そう慧瓶の愚痴に対して冷たい怒りの言葉を向ける。その意思を感じ取った慧瓶は不満ながらも口をつぐむ。


「ねえ、この壁、穴が開いているから逃げられるよ」


 百姫が休憩をしていた場所にあった壁にどうにか大人も通り抜けできそうな穴を見つける。ゴミのように積み上げられた壊れた木箱の陰に隠れていたようだ。


「ここから逃げよう。リンゴ兵が追ってきても、穴から出てきた奴だけを相手に出来るから幾分か楽だろう」


 足助はそう言いながら百姫を穴の先へと促し、自らのその後に続く。萬姫、慧瓶、華園、玉雄、栗田、亀頭の順で穴をくぐる。栗田が穴の途中でつっかえそうになるが、前では玉雄が手を引き、後ろから亀頭が蹴りを入れどうにか抜け出すことが出来た。


 穴の先は、掘っ立て小屋はましなほうで、大抵は惨めなバラックが建ち並ぶ、少し据えた匂いがするみすぼらしい場所だ。路地の中ほどに井戸が設置されている。


「陰気臭い場所だ」


 亀頭が穴から出て早々、吐いて捨てる様にそう呟いた。そう言った瞬間、長屋のように建てられている粗末な小屋の中から痩せこけた住人達が姿を現す。そして、八人を見た瞬間に、奇妙な叫び声を上げながら襲ってきた。


「な、何、こいつら、おかしいんじゃねえ!?」


 手にした槍で向かってきた住人を突き刺した華園が叫ぶ。同じように槍を振るう慧瓶が笑いながら答える。


「でも、弱いっしょ。これなら楽勝!」


 亀頭は薄い笑みを浮かべ乍ら向かってくる住人の頭を棍棒で叩き割る。頭が潰れた感触が手に伝わり、歓喜で身体が震えている。栗田は黙々と住人を槍で差し、周囲か居なくなるとドライバーを投げ離れた場所で様子を見ている住人を狙い攻撃していく。


「……止まっていればいい的だね」


 足助と萬姫は黙々と向かってくる住人を処理している。誰もが、人を相手にしているとは思っていない。

 あくまで、ゲーム上のキャラが襲ってきているだけだ、と考えている。ただ、足助自身は、それでも百姫に手を掛けさせたくはないと思っている。

 そんな中、やつれ、ボロを纏っているだけとはいえ、人間と同じ姿をした住人に手を掛けられなかった玉雄は、なぜ急に住人達が襲ってきたのかを考えていた。

 

 まず、始めに出会った住人が言ったように自分達を食料にしたかったのかということ。しかし、ここに来る以前の住人達は自分達から外に出てまで襲ってくることはなかった。結局、萬姫が勝手に呼び出した男が襲ってきただけなのだ。


(僕たちは手に武器を持っているから、リンゴ兵よりも強いことが判らないのだろうか? それとも、何かを守るように設定されているのかな?)


 そう考えた玉雄は辺りを見渡す。ぼろい小屋と井戸以外は、襲ってくる住人と遺体しか見えない。住んでいる数も上限があるだろうから襲う数も減り始めている。


(そうか、あの井戸! 今まで見たことが無い!)


 思った直後に足が進み、数の減った襲撃者達の合間を抜けて井戸に向かい始める。

 

 その時、冷たい風が効果音と共に吹きはじめる。

 狭い路地に建ち並んだ掘っ立て小屋に反響して効果音が鳴り響く。

 

「ユーコー、ゆーこー、ゆうこう、有効、有効、有効……」


 風が吹き荒れると、倒れたはずの住人達が、嘆き叫びながら再び立ち上り素手のまま、襲い掛かって来る。その光景はさながらゾンビ映画の様だ。華園が気持ち悪さに、一歩後ずさりをする。


「な、何なんだよ『有効』って」


「まだ、使える存在だから有効とでも言いたいのか」


 再び襲い始めた住人達をがむしゃらに槍で突き刺し、薙ぎ払う。玉雄が一人、頭を抱え、背を丸めて井戸へと駆けている。慧瓶がそれに気づき大声で怒声を上げる。


「おい、ガキ! 一人で逃げるなよ、汚いぞ! 助けないからな!」


 騒ぎに巻き込まれた状況で、声は玉雄に届いていない。横合いから突き飛ばされた玉雄は地面に転がりバラックに追突する。その瞬間、ハートマークが一つ飛び散る。攻撃判定が働いたようだ。遠くで、慧瓶が「ざまあ!」と叫ぶ。

 それでもなお、玉雄は立上り井戸へと向かう。他の者は皆、群がる住人を攻撃することに夢中だ。慧瓶が一人、喚き散らし、逃げた、逃げた、と周囲を煽るように罵倒し続ける。


 襲い来る住人達の隙間を潜り抜け、井戸へと辿りついた玉雄はそこを見てゾッとする。真っ暗な井戸の底。釣瓶落としに掛けられた縄の先はまるで見えない。

 周りを見渡すと住人達が必死にこちらへと向かってくる。路傍の小石を拾い上げ、中に落とす。落した音は返ってこない。


(多分、ここだと思うけど、他の人を巻き込めないよ)


 玉雄は意を決して、釣瓶落としの縄にしがみつき、スルスルと井戸の底に降りていく。井戸から姿を消す頃に、玉雄に向けて罵倒をする慧瓶の目に、浮かび上がった文字が映る。


『ステージ1 クリア! NEXTステージへようこそ!』


「あ、あそこが出口だ! ガキが先に逃げやがった!」


「な、なに、どういうことだ!?」


 慧瓶の発した言葉に、玉雄がいなくなっていたことに気付いていなかった、他の者は驚きの声を上げる。足助と亀頭は事態の説明を、慧瓶に促す。

 しどろもどろになりながらも慧瓶は説明をする。ギャアギャアと意味の分からないことを叫んでいた慧瓶が、実は戦いの最中、井戸に向かう玉雄に気を向けていた事実に呆れつつも、全員が井戸へと向かう。

 向かってくる住人は武器で薙ぎ払い、殺す。『有効、有効』と冷たい風は鳴りやむことなく響き渡り、死んだ者を戦いの場へと戻していく。


「彼は、どうやって井戸に降りた」


「そこに吊るされたロープを掴んで降りたっすよ」


 足助に睨まれつつ、問われ言葉に、若干ビビりながらも慧瓶は答える。足助は、成程と思う。もし、ゲームで行うように飛び降りた結果、次のステージについた瞬間、飛び降りたショックでダメージを受ける又は、敵に囲まれる等の悪い場面に出くわさないように慎重に出した、答えの結果だろう。


「萬姫、次は百姫を頼む。弱い者から順に降りてくれ。万が一、全員が掴まった瞬間に縄が切れることも考えられるから、一人ずつ降りて来てくれ。ここの住人相手なら、簡単だろう」


 そう言うと、足助は縄に手を掛け、スルスルと井戸の底へと降りていく。姿が見えなくなると、井戸の上に再び『ステージクリア』の文字が浮かび上がる。


 百姫、華園、萬姫、慧瓶、栗田、最後に亀頭が降りていく。亀頭は最後まで住人の頭を叩き潰し、直ぐ近くで住人が蘇らないように遺体を相手に投げつけ、戦いを存分に楽しんでいた。


 全員の姿が消えると、井戸の回りには襲い掛かった住人の遺体が無残にも散らかる。冷たい風は止み、遺体は起き上がることはない。残された小さい子供がワンワンと泣きじゃくる。


 今までにないような冷たい風が、みすぼらしい小屋と小屋の間の路地を抜ける。


「「「無効」」」


 いつもと違う音が響き渡るように聞こえる。侵入者を食い止めることが出来なかったことで、存在を否定するかのように、住人達の遺体は消える。


 辺りには先程までの異様な喧騒はもう聞こえない。

 ガラガラと一つのバラックが崩れ落ちる。

 埃が舞う。

 残った子供が泣く。

 

 完全に陽が落ち、闇が支配する前に、コクレア皇国の城下町から八人は抜け出すことに成功したのであった。


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