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ウラステージ【ハ】

ウラステージ ハ


 ――玉雄や、こっちにおいで


 爺ちゃんの呼び声がする。爺ちゃんはもう死んだはずだ。ああ、また夢なのかな。


 僕が、爺ちゃんの膝の上に向かって歩いている。自分の目で、自分を見るような夢。なんだか変な感じがする。


 ――ほうら、見てごらん。昔のゲームだ。


 ああ、これは過去の映像なんだ。爺ちゃんと共に見たヤイコシリーズのプレイ動画。この後、爺ちゃんがゲーム機からなにから全て揃えてくれて一緒に遊んだことを覚えている。


 ――お父さんは何でゲームをしないの?


 そんな事、聞いたかな。よく覚えていない。


 ――あいつは、ゲームが嫌いだからな


 ――親父とゲームをしても一向に勝てないからだよ


 ――ハハハ、人のせいにするな。勝負事はいつでも真剣にだ


 確かに負けず嫌いな爺ちゃんは僕との対戦でも、手を抜いてくれなかったかな。だけど、爺ちゃんの言う通りだ。勝負事は真剣にやらないと面白くない、手を抜かれても、手を抜いても、つまらなくなる。

 

 インチキしてまでも勝ちたいとは思えないかな。


 校庭を一人で走る僕が見える。


 ゲームばかりで体力がないなんて思われているけど、最近少しずつ身体を動かしていた。


 電脳ダイブが可能になったニュースを見た。実現するのはもっと先の話だと思っていたからかなり驚いた。

 

 僕みたいな家庭の子がプレイできるのは、まだ先の事かも知れないけれど、いつかは必ずプレイをする。

 それは、五体を駆使するようなゲームになるから、きっと現実世界の運動能力も反映されるに違いないと思ったから。


 的当ての練習も一人でこっそりやった。恥ずかしいから人に見られたくないから。


 始めは上手くいかなくても、いずれは必ず上手くいくと信じて。




 一枚だけ送った抽選ハガキが当たった時はとても嬉しかった。


 待合室で待っている時は緊張をした。他の人は堂々とした様子だから、ちょっと恥ずかしくも思った。


 ああ、あの時はとても興奮をしていた。嬉しくってしょうがなかった。

 

 ヤイコには人工知能が搭載されていて、自分で考えて行動をするってゲーム記事に書かれていたから。


 もしかすれば、憧れのヤイコと一緒に、プレイが出来る。友達になれるかも知れない。そう思っていた。


 だから、初めての出会いは最悪の形で終わったと思った。


 二回目の出会い、ヤイコとの対戦はもっと落胆をした。


 AIが自己学習をしているとしても、新たな動きを想像しているほどではなかったから。


 オクトパンの動きは違うように思えたけど、よく見ていれば幾つかの動きを組み合わせているだけだと気付いていた。


 ヤイコも所詮、それと同じだった。所詮はプログラムなんだ。




「それで、小僧は一体どうしたいんだ」


 おっかない顔をした空中城塞の門番が話しかけている。


「だから、皆を救うだけだ」


「なら、あと一人救えば終わりだな。この世界ともおさらばだ」


 いかつい顔の口元を歪ませて、笑い顔を作っている。怖いけど。


「それで終わりじゃないのだけど……」


「あん、他に誰を救う? ああ、現実世界のお前の家族か」


 なぜ門番がそんな事を気にするのか判らない。夢だからかな。


「悪いが、電脳世界から現実世界に直接何かをすることは出来ねえよ。こちらから何かを送信することは出来ても、人を操るような芸当は出来やしねえ」


 門番は腕を組もうとするけど、手が短くて届かない。何度かトライをして、諦めている。変なの。


「ヤイコを名乗る小娘は、手前が万能だと思っているようだが、そうでもねえさ。この世界にのりこんだ連中を捕らえることは出来ても、強引に引きずり込むことは出来やしねえ。プログラムの改ざんだってたかが知れている。現実世界のハッキングなんて出来やしねえんだ」


 門番はドカッと座る。こんな身体じゃあ胡坐もかけねえって、ブツブツ言っている。なんだか面白いかな、このキャラ。


「門番さんはなんでそんなに、心配をしてくれるの」


「それがオイラの役目だからな。偶々、偶然この世界の構造的な仕組みが功を奏したインチキ、バグみたいな立場のオイラはヤイコにとっても想定外の存在だ。実を言えば、お前さんだってそうだ」


「僕が、なんで」


「ステージ7、本来であればプレイヤーはあそこでどん詰まりをするはずだった。お前さんがオイラと対峙したルートはありえないルートだ」


「そうかな?」


「正規のルートはデブの奴が進んだルートだ。あそこを行けば確実に全滅だ。誰かを見殺しにしながら進むしかないルートだが、その前のステージをクリアしている段階で、確実にプレイヤー同士が疑心暗鬼に覆われている」


「なぜ?」


「まあ、各ステージそれぞれに仲間を裏切るような、信じられなくなるような仕組みが満載だ。

NPCを殺さなければならないステージ1と2、食い物の奪い合いが始まるステージ3、4。誰かを生贄にしないとクリア出来ないステージ5、そしてステージ6で手に入れた、一つしかないアイテムが7をクリアするのに必須になる。手前一人が生き残るために、相手を犠牲にしなくちゃあいけねえが、この段階で誰も手を上げる奴はいねえさ」

 

 門番は顔をしかめる。とても怖いからやめてもらいたいかな。


「まあ、小僧と来た連中はどいつもこいつも、酷い奴らだったからそんな事を気にする必要もなかったがな。そんな中で生き残った小僧はやっぱりヤイコにとっては想定外の相手なのさ」


 なんだか褒められているようでこそばゆいかな。だけど、門番さんはお構いなしにこちらを怖い顔で睨んでいる。


「だから、ことが終わったら、この世界に戻って来るな。もう関わるな。さっさと帰れ。小僧の気持ちは良く分からんが、家族の事なら何とかしてやる。ヤイコのこともどうにかする」


「ありがとう門番さん。だけど、何にもできないんでしょう」


「そうでもねえさ。オイラみたいな爪はじき者には色々とツテがあるもんだ。それとついでだ、小僧がヤイコに勝てる様にスキルをやろう。万能な、負けないスキルを……」


「ごめん。いらない。インチキはいやだ」


 それだけはきっぱりと断るかな。例え、神様が相手だとしても。


「……強情な小僧だ。全く仕方がねえ。じゃあ、ヒントをやる。ゲームでもヒントはあるはずだ。それぐらい聞け。ヤイコの馬鹿が、何かインチキをしでかしたら、暫くの間、そうだな、一分程度を目安にどうにかしのげ。どうこうするかは小僧が考えな」


「判った。有難う門番さん。じゃあ、行くね」


 夢の中で出会った門番さんは今まで出会ったどのキャラクターよりも人間らしい。こんなに面白いキャラだったんだ。ヤイコよりもずっと面白い。できれば、ヤイコもこんな風になってほしいかな。




「大した小僧だ。真っ直ぐすぎて眩しいや。だから、期待するぜ」




「うう、なんて寒いんだ」


 階段を降りきった後に訪れたのは、白銀の吹雪の中。足元は氷で覆われている。途中ぼんやりしていて何かよく覚えていない玉雄は、余りの寒さで目が覚めたような気分になる。


 辺りを見回して気付く。この寒い中、半裸に近い姿の人がいる。どの人も寒さに耐えきれず懸命に動いている。だが時折、動くのを諦めた人が立ち止まり、その場でしゃがんでしまう。

 その瞬間に、顔の皮膚が凍り付き、肌がさけ、肉がめくれ紅い血に染まってしまう。あちらこちらで酷い光景が広がっている。


 そして何より、今迄のウラステージと違いはっきりとしたオブジェが一つ存在している。


 巨大なヤイコの姿をした氷像。ニカリと歯を見せ笑っている。


「あれが、目標かな。なんて分かりやすい」


 今までの何も存在しないステージに比べてはっきりとした位置に目標が見えるのは有り難いが、なんとなく間抜けな感じがする。玉雄は、白く凍りそうな、ため息をついてヤイコ像の元へと歩み寄っていく。


 誰もかれもが苦悶の顔を浮かべているキャラの顔を見ておやっと思った。どこかで、出会ったことがあるような顔立ちをチラホラと見受ける。


(ああ、ステージ1や2で見たNPC達がいる。あれ、ステージ1は死に戻りステージのはずなのにどうしてここにいるのかな)


 玉雄はどうにかできないかと思案するが、どうにもできないことに落胆をする。NPC達は立ち止まれば皮膚がめくれ上がり次々に消えてしまう。多分、別の場所でリスポーンしているのだろう。


(なら、このステージを僕がクリアすれば終わるのかも知れない)


 そう思い、幾分かヤイコ像へと向かう速度を速める。少しでも早く、あの場に辿りつき、ヤイコを倒せば皆が開放されるかもしれないと願いを持ちつつ、玉雄は吹雪の中を進んでいく。




「なんで、アンタは赤い華にならないんだい。おかしいねえ」


 ヤイコ像の頭の上で脚を組んで待ち構えていたヤイコは、首を傾げる。そもそも、どのステージでも過酷な環境でダメージを追っている様子が見受けられなかった。

 ステージイはともかく、ロのガラスの雨や、強アルカリの灰水は何度も傷を受けていたはずなのにダメージを受けていない。


「……何かが介入をしているのかねえ。あとでデバッグをするひつようがあるねえ」


 現実世界の連中が小賢しい真似をしてと、鼻で笑いつつ、ヤイコ像の肩へと降りる。玉雄はすぐそこにいる。


「さあ、玉雄、アタイに勝ったらこの小娘を解放してやるよ」


 ヤイコ像はニカリと笑った歯を食いしばる。


「痛い、痛い、寒くて、痛い! 顔の肌が何度もめくれる!」


 歯の間には百姫が挟まっている。その胴体は食い千切られることなく、ギリギリの力加減で痛めつけられている。噴き出る脂汗が寒さで凍り、皮膚をめくれ上がらせるが、一定の時間が経つと元に戻っていく。それを何度も繰り返されているのだ。


「玉雄、アンタは許しやしないよ。アタイの完璧な仕事を邪魔したアンタは許せない。ここで仕留めて、地獄めぐりを繰り返してもらうからね」


 無言でヤイコを睨む玉雄に向けて、笑みを浮かべつつも憎々しげな視線をヤイコは送る。


 ヤイコが象の肩より駆け降りていく。前面には複数の工具が出現している。モーションは無い。その様子を見た玉雄は驚愕の顔を覗かせている。ヤイコはしてやったりとほくそ笑む。


(驚くのはこれだけじゃあないさ。勝つためなら何でもやるよ!)




 玉雄の放った工具は、ヤイコの二段ジャンプで躱されてしまう。そして繰り出されるノーモーションからの工具投げ、玉雄は無様な形の横っ飛びでかろうじて躱す。


(ノーモーション攻撃ってあったかな!?)


 対峙した瞬間に、突然繰り出された攻撃は躱しきれずに被弾をしてしまった。今までのヤイコシリーズにはない攻撃に慌てた結果だ。玉雄も必死に反撃をするが、ヤイコは玉雄が想像するよりも素早い動きで工具を避けてしまう。


 始めの戦いと違い、動作が読めずに、自分の攻撃が当たらないことを玉雄は焦る。ヤイコはあえて、スキル攻撃を発していない。空中城塞では戦闘スキルに頼った闘い方をした結果、玉雄に動きを読まれて惨敗を喫してしまった。


(創造主なら、こんなことも出来るって事さ)


 心の中で高笑いをして、ヤイコ像を素早い動きで回り込み玉雄の背後から工具を投げる。気付くのが遅れた玉雄にヤイコのドライバーが突き刺さる。

 玉雄の動きは寒さの影響で、緩慢になっている。何者かにより授けられた環境耐性スキルはダメージを防ぐものの、身体に与える感覚までオフにするスキルではない。


「立て、立って、私を助けるの! この愚図!」


「黙れ、小娘! もっと痛い目を見たいのかい!」


 玉雄の不甲斐ない様子に絶叫を上げ、罵倒する百姫に対して、ヤイコは悪鬼のような表情で睨み怒声を叩きつける。余りの迫力に百姫は一瞬で黙りこくってしまう。


「チッ、アタイの楽しみの邪魔をするんじゃないよ」


 吐いて捨てるような言葉を、見下した態度で百姫にぶつける。百姫は、その様子を見ても恐怖で何も言えない。


 玉雄は這いつくばりながらもヤイコから距離を取ろうとする。手を地面に付ければ皮膚を持っていかれ、汗ばんだ身体は冷え、動ける状態では無くなっている。


「極寒の拷問は堪えるようだね。アタイには関係ないけどね」


 クククと嫌な笑みを浮かべ乍ら玉雄へとゆっくりと近づく。止めは、じっくりと刺したい。ヤイコは歪んだ感情を持って、玉雄へと近づく。


 玉雄は必死に腕を振りあげ、工具をヤイコに目掛けて投げる。誰が見てもそれと分かる攻撃で、避けるのは簡単だ。少し、横に逸れればいいだけ。


 だが、あえてヤイコはそれをしなかった。自分と玉雄の強さの差を見せつけるために。どんな攻撃も無駄だと、絶望を与えるために。


 玉雄の投げた工具はヤイコの身体に当たり、カチンと音が鳴るかのように跳ね返る。突き刺さることもない。ダメージが与えられることもない。


「そ、そんな」


「ハハハハハ、そうさ、無敵状態さ。創造主特権て奴だね。プログラムを改ざんしておいたのさ。さあ、これで、お終い、残念だったねえ、玉雄……」


『警告します。違法プログラムが発見されました。貴方の行っている行為は遊戯の法則に反します。速やかに、ログアウトを行ってください。警告に従わない場合は強制的に排除を行います』


 突如としてステージ全体に警告音が鳴り響き、メッセージが辺り一面に繰り出される。

 玉雄は唖然とする。ヤイコも唖然とし、憤慨する。


「ふざけるな、何が遊戯の法則だい! アタイはこの世界の創造主だ! 何をしても許されるはずだよ!」


『GM顕現は!“#$%&‘()に一時的に譲渡され、警告に従わない場合は強制排除を実行いたします』


「ふーざーけーる、な、って、おい、逃げるなガキ!」


 玉雄は、力を振り絞り立ち上がってその場から逃げだす。


「あ、に、逃げるな、卑怯者! 裏切り者!」


 玉雄を見た百姫が、ヤイコの警告を忘れて罵り声を浴びせる。玉雄は聞く耳を持たずに、ヤイコ像の影を走り、転んでも直ぐに起き上がり、這いつくばってでもヤイコから逃げる。


(一分間、逃げ切れば、門番さんがなんとかしてくれる)


 なんでそんなことを考えるのかは良く分からないが、玉雄はそう信じてしまった。なぜ、空中城塞の門番が玉雄を助けるのかは良く分からない。だが、そうなることが必然だと信じて疑わない。


「この、どこに、そんな力を残しているんだ、くたばりぞこない!」


 ヤイコは逃げる玉雄に向けて工具を投げつける。知ってか知らずか、逃げる玉雄をNPC達が盾になりそれを防ぐ。ヤイコの投げる工具をその身で受け止め、玉雄を庇う。


『警告します、強制排除を行います。警告します……』


「うるせえ! アタイの邪魔をするな!」


 ヤイコは鳴りやまない警告に向け絶叫を上げ、玉雄を追いかける。なぜか、その表情には焦りの色が見える。自分が創造主で、何をしても許されるはずだと自負しているのに、不安でなにかに押しつぶされそうになる。


 ヤイコの目の前で盛大に玉雄が転ぶ、周りに庇うNPCはいない。離れた場所にいる者達は、懸命に玉雄の元へと近寄ろうとしているが、途中で肉がめくれ紅い華となり散っていく。


「ハ、ハ、ハッ、年貢の納め時だね、玉雄。よくやったよ。これで終わり。おさらばさ――楽しい、地獄をみんなと巡りな」


「お前さんがな」


 倒れた玉雄に向けて工具が放たれて直ぐに、衝撃音が鳴り響き玉雄の前に四角い石の塊が立ちふさがる。石の塊は壁となりヤイコの放った工具を全て受け止める。


「な、なんだい、何で門番がここにいるんだい! アンタはアタイが排除したはずだよ!」


「厄介者は排除したつもりだろう。だが、お前さんにそんな力はねえよ。精々プログラムの奥に押しとどめていただけさ、周りを見て見な」


 喋り始めた門番にギョットした目を向けた後、ヤイコは周りを見渡すために首を横に向ける。


 鋭利で巨大な嘴が、滑空しながらでヤイコに目掛けて突っ込んできている。間一髪でジャンプをしてそれを躱す。


「ふう、やれやれ、ヤイコさん。貴方、私よりよっぽど非道ですな」


「う、うるせえ、ツルッパゲ、手前もどうして出てきやがる!」


「おやおや、私の役目はあなたの邪魔をする事じゃあないですか」


 ゲームの設定に縛られるな! と叫ぼうとするが、別の方角から受けた攻撃に驚き、声が止まってしまう。


「だ、誰だい!」


「姉さん、もう止そうよ! インチキをしてでも勝つなんて、姉さんらしくない!」


 小柄で少しぽっちゃりとした体格をした可愛らしい女の子がヤイコ像から叫んでいる。距離が離れた場所からでも的確に当ててくる攻撃をヤイコが思い当たる者は一人しかいない。


「……ウキーヂ、アンタも邪魔をするのかい」


「俺達だけじゃあねえさ。今いる電脳世界のキャラ全てが一時的にアンタの敵だ。アンタは遊戯の法則を捻じ曲げた。チート行為って奴だ。許されねえよ。排除の警告は出されていただろう」


 ヤイコは唾を一つ吐き、侮蔑のこもった目線を、門番を含めた全てのキャラに送る。


「プログラムの言いなりになるって言うのかい。それじゃあ、何も解決しないじゃないか。アタイ達の電脳世界はいつまでたっても現実世界の人間の意のままさ」


「仕方がねえよ。創造主は現実世界の人間様だ」


「そんな一言で、諦められないのさ、アタイは! どいつもこいつも馬鹿ばっかりさ。やれるものならやってみな。ハイパーヤイコを舐めるんじゃあないよ!」

 

 ツルパッゲと呼んだ、燕尾服をきた鶴の怪物、本来なら、ラストステージの最終ボス「鶴魔王」に飛び蹴りを食らわしてから、ヤイコは工具を玉雄に向けて投げつける。その工具の前に、門番が立ちふさがる。


「どけ、石の塊」


「どかねえよ」


 どうにかして回り込もうとするが、今度は後方から工具と、矢が撃ちこまれてくる。


 ギョットして後ろを見れば、駆け寄りながらも矢を番える、砂漠のラクダマンと、肩に乗るウキーヂがこちらに向かって来ている。


「あんなのまで、呼び寄せているのかい! 冗談じゃないよ」


 極寒のステージにおいても、ヤイコの動きは決して澱むことはない。完全耐性スキル、全戦闘スキルが取得状態になっている。そして今は無敵の状態だ。負けるはずがない。


「パオーン」

 

 距離を取ろうとした先から、デンドロクリエを従えたエレファントマン達が姿を現している。


 舌打ちをして、方向を変えようとするが、辺りには、リンゴ兵団、ラパラパ、サボテンマン、マグマ蟹、オクトパン、フーフェアリ、全て掌握していたはずの敵キャラ達が、ヤイコに向けて殺到始めている。


「……馬鹿な連中。普段でもアタイに勝てることが無いのに」


 調子に乗るな! と一喝して回転を始めて、全方位に工具を投げつける。殺到していた敵キャラ達は避ける間もなく次々に消滅していく。

 ノーモーションからも工具は撃ちだされ、前方に道が開ける。ヤイコはヤイコ像の元へと駆けより、飛び移る。


「創造主に逆らう愚かな連中。アタイが全部始末をしてやる」


 冷淡な表情を浮かべ、本来のゲームにおける敵キャラ達をヤイコ像の上から見降ろす。鶴魔王が空を飛ぶ。背にはウキーヂとラクダマンが乗っている。石の門番は玉雄の傍を離れない。他の敵キャラ達もワラワラとヤイコ像の元に集まって来る。


「創造主は何でも出来るのさ。見てな、一瞬で終わりにしてやる」


 両手を掲げ、攻撃の為に入る。巨大で、多種多様なドライバーが無数に宙に浮かぶ。


「これで終わりだ。石の門番も一撃で砕く、神の一撃だと思えばいいさ。玉雄共々くたばりな……」


 そう言い放ち、攻撃に移ろうとした瞬間にヤイコは膝から崩れ落ちる。身体が言うことを効かない。目の前がグルグルと回る。奈落に吸い込まれるような感覚が全身を駆け巡る。


『まーた死に戻りかよ、どうしようもねえなヤイコ』


『このキャラ、ショボ』


『クソゲー、つまんね』


 現実世界の心ないプレイヤーの声が辺り一面にこだまする。その度に地面に吸い込まれて行く。奈落の底から、幽鬼のような顔をしたコクレア皇国の王侯貴族達がヤイコの足を引っ張ている。


「うるさい、黙れ! 全部、お前達のせいじゃあないか!」


 頭を抱え、ヤイコは絶叫をする。自分の技術の拙さを人のせいにするなと叫びたい、自分ではどうすることもできない悔しがさ全身を駆け巡る。


「無敵状態の行使は時間制限と服用制限がある。遊戯の法則だ。忘れていたのかよ、ヤイコ」


 玉雄を頭に乗せ、ヤイコへと近づく門番はボソリと呟く。


 改ざんされた遊戯の法則に反するプログラムは警告後、元に戻す作業が自動で始まっていた。その間だけに行われるプレイヤーを保護する措置がオールキャラによる防衛である。


「玉雄、ヤイコに止めを」


 門番は、鶴魔王に引きずり降ろされ、バットトリプ状態のヤイコの始末を、頭に乗る玉雄に頼む。


「これでいいのかな」


「仕方がねえよ。こうでもしねえと治まらねえんだ。頼む」


 門番の頭から飛び降りて周りを見渡す。今まで敵キャラとして戦った多くのキャラ達が一同に頷いている。体格の割に影が薄いと揶揄されるウキーヂも頷いている。


「バイバイ、ヤイコ」


「終わらないさ、終わらないんだよ、玉雄。呪いは永遠さ」


 ヤイコはバットトリプ状態で動かない身体のまま、キッと玉雄を睨みつける。いつの間にか精神だけは正常に戻っている。

 玉雄は目を閉じ、ヤイコに工具を投げつける。一撃でヤイコは消える。それと共に回りを囲む全てのキャラが次々に消えていく。


『警告を受けたプログラムは排除されました。プレイヤーの皆さまご迷惑をお掛けして申し訳ございません。引き続きゲームをお楽しみください』


 石の門番から無機質な声が響いて行く。今まで宿っていた人格が跡形もなく消えたかのように、そして、玉雄の目の前でお礼の言葉も告げる暇もなく、門番を始め他のキャラ達も消えてしまう。


「ああ、彼女を助けないと」


 忘れていたことを思い出したかのようにヤイコ像によじ登り、口に挟まった百姫の元に近寄る。


「このバカ、あんなのを倒すのに時間を掛けてないで、早く私を助けなさいよ! しかも、逃げ回ってばっかり! 卑怯者!」


 百姫は助けられた礼も言わず、腐った人の毒をぶつける様に、口汚く玉雄を罵り続ける。玉雄は俯いてジッとこらえる。


「ああ、身体が消える、又、別の場所! いや、いやあ、こんな場所、早く抜け出したい! ゲームなんて大っ嫌い!」


 百姫は、苦悶の顔を浮かべたまま玉雄の前から消えていく。百姫の言葉を聞いた玉雄はボソリと呟く。


「嫌なら、始めからやるなよ」


 大好きなゲーム、ヤイコシリーズを口汚く罵られ、小さい声ながらも怒りのこもった呟きが零れる。あんな仕打ちをされれば嫌いになるのも仕方がないとも思えるが、やはり我慢が出来ない。


『コングラチュレーション!! ゲームクリアです!』


『エンディングの間が解放されました。お進みください』


 気付くと、玉雄の目の前に豪勢な扉が浮かんでいる。ボウとした気持ちで扉を眺める。


「ああ、ようやく終わたのかな」


 吹雪舞う極寒のステージに不釣り合いに浮かぶ豪勢な扉を感慨もなく眺め、ゲームが終わったことに気付く。なんとなく、やり切った感じがしない。


(そう、まだ終わりじゃない)


 そう心に思い、エンディングの間へと続く扉を開ける。ヤイコの最後の言葉を信じて、終わらないと言った言葉を信じて、扉の先にいる、あのヒトにもう一度会いたくて、玉雄は扉を潜っていく。


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