キャラクターメイキング
これは救済の物語である。
キャラクターメイキング
緩やかな景気回復と不景気を繰り返しつつ、少子高齢化が進み閉塞感が否めない日本に一つの可能性が産声を上げた。
最近は今一つパッとしない状態が続いた古参のゲームメーカー『一心庵』。
後進のゲームメーカーに追い越され、若者達から見はなされつつある老舗企業だ。
年に二回開かれる国際的なゲーム展示会で若き社長自らが壇上に立つ。
マスメディアも関係各社も、ややしらけ気味のムードだ。
一心庵は前社長で現会長の時代に盛り返しつつある傾向であったが、現社長でその芽は潰えつつある。
ユーザーにすり寄ったつもりもアイデアがつまらない。流行に乗ったゲームを作っているようだが、今までと同じような内容で独自性が見合たらない。現状の評価は散々だ。
だから、誰もが一心庵の才能の無い社長の発表に興味を持ってはいなかった。壇上には光沢のある布で覆われた何かがある。かなりの大きさだ。
(又、新規の次世代モデルの発表か。今はソフトの時代だろう)
誰もがそう思った。社長についてきた顔のよいコンパニオンが営業スマイルを保ったまま布を捲る。――シングルベットを少し大きくした程度のサイズで、カプセル状の何かがある。社長が歩み寄り透明なドーム状の部分に触れると、アクリル製の蓋が開き、人が乗り込むことが出来るようになる。
遂に、ゲーム業界だけではやって行けないと考え家具業界か、健康器具業界にでも参入を表明するのか? なら、もう終わりだな。幾人かの情報に疎い記者はそう思った。
逆にギョッとした顔を浮かべた記者、業界関係者は多い。噂は本当だったのかと。
一心庵の社長、『市清 足助』は自信満々の笑みを浮かべマイクを片手に、会場の全員に声が聞こえる様にはっきりゆっくりと、語るように説明を始める。
「一心庵は今日、この時、この場所からゲーム業界、ひいては人類技術史上に新たな可能性を提示いたします。こちらは、私達が自信を持ってお送りする電脳世界ダイブマシン『テストタイプ・イチ』です。既存のグラスを通してのVRではなく、脳を通した新たなる世界でゲームを体験できるマシンです」
場内は静寂を保つ。茫然とする者、意味が理解できない者、信じられない者、表情から見て取れる反応は様々だ。社長はその様子に満足をして、笑みを浮かべ更に続ける。
「今までのようにコントロールを持ってゲームをする時代は終わりを告げます。自らの五体を駆使し、夢にまで見たゲームの世界を駆け巡り、目の前の敵と戦い、スキルを使い圧倒する。現実世界では見ることのできない美しい風景。生身では行くことは出来ない深海や山頂。想像でしかなかった神々が住む楽園。又は、地獄のような恐ろしい光景でさえも、皆様方の前に広がります。危険性はありません。数年にわたるテストを経てこの場で発表をしております。モニターを見て下さい。これから開発担当者が乗り込み現段階で作り上げられた電脳世界をご覧ください」
いつの間にか壇上に登り、カプセル状のベットに乗り込んだ男性が手を振りながら寝そべり上部のカバーが閉じる。モニターにはプログラムを読みこんでいる砂時計のマークが反転をしている。
皆が固唾を飲んで壇上の巨大モニターに眼を向ける。言葉を発する者は誰もいない。社長はしてやったりと言った感じの笑みを浮かべている。成功することに微塵の疑いもない。
画面が映り、一心庵のロゴが表示され通り過ぎると、一瞬白く瞬けば、美しい平原の風景が広がる。ファーストパーソンの視点。もし本当なら、現在カプセルに入っている開発担当者の見ている風景となるが、にわかに信じられない。別の場所で処理をされた風景の可能性も高い。
画面の中の風景が動く。走ると風景が流れる。飛ぶと視点が高くなる。敵らしき虫のような形をしたキャラクターを蹴り飛ばし、手で払いのける。それでも、皆、半信半疑だ。しかし、社長はそこも予想の範疇であったのだろう。
「疑い深い皆さんの為に、本日この場から一人だけマシーンに試乗して貰いたいと思います。ただ、私が選ぶとサクラを疑われます。……きざなやり方になりますが、この胸ポケットの万年筆を投げて受け取った方に試乗していただきましょう」
社長は言うが早いか胸ポケットに刺さった万年筆を抜きとり適当に会場へと投げる。会場席は立ち見の状態の為、誰かが指定してその場にいることはありえない。受け取ったのは眼鏡をかけた一人の男性記者。ゲーム関係の雑誌記者ではなく、経済新聞系の記者だ。新規参入業者の開発状況を見るついでに、一心庵の発表を興味なさそうに欠伸交じりで聞きに来ていた。
突然のことにオロオロとする。社長は満面の笑みを浮かべ、壇上からわざわざ降り立ち、記者をカプセル状のマシーンまで招き寄せる。
社長がマシーンのボタンを押すと巨大スクリーンの画面は暗転し、数秒後カバーが再び上がる。先ほど乗り込んだ開発担当者がすぐに降り、記者が中に入るための席を譲る。
記者は心中の戸惑いが治まらないままに簡単な説明を受け、意味が分からないまま乗り込み、カバーが閉まった後内心で(本当に安全なのか?)と、思い出したかのように不安を駆られるも、時すでに遅く、カプセルの中が真っ暗になる。
そして、直ぐ目の前には、先ほどスクリーンで見た風景が広がった。
果ての無い平原。青く澄み切った空。今まで確かに、薄暗いゲーム展示会場にいたはずだと思い起こす。やや離れた場所から、巨大な昆虫の群れが迫って来る。見たこともない大きさだ。無我夢中で逃げるも、相手の方が早く直ぐに追い付かれる。
齧りつこうとする虫を手でつかみ投げる。自分でも判るくらい非力なはずなのに、虫は遠くへと飛んでいく。
蹴れば砕け散り、エフェクトになる。その光景を見て確信する。間違いなくゲームの世界だ。いつの間にか興味を失い、やることもなくなった、ゲームの感覚。
そして、非力な自分にはあまり経験したことのない、得も言えぬ高揚感に駆られれ途端に気が大きくなり、群がる虫を拳で、蹴りで、薙ぎ払う。非力、体力なしの記者だが息が切れること
はない。
気が付くと虫の群れを撃退し、周囲にはなにもいない。思わず雄叫びを上げる。興奮しているのが手に取るようにわかる。そして、目の前の風景が暗転する。
カバーが開き会場の天井にぶら下がるLEDの照明が眩しく、手で光を遮る。その手を誰かが軽く握りカプセルの中から起き上がらせる。
「いかがでしたか、初めて電脳世界へとダイブしたご感想は?」
「……ほ、本物だ、す、素晴らしいです!!」
一瞬、声に詰まった記者が言葉短く語る。直後、会場から大歓声とどよめきが広がる。
カプセルから降りたつ記者と、壇上の一心庵社長に向けて一斉に盛大な拍手が見舞われる。社長は満足げにうなづく。
「おっと、失礼。万年筆はお返しください。結構高価なのですよ」
一心庵社長は興奮冷めやらぬ記者に語り掛け、万年筆を返してもらう。記者は平謝りを繰り返す。会場から明るい笑い声が上がる。社長も気には止めていない様だ。そして、会場に向けて再び語りだす。
「御覧の通りの結果です。ただ、現状では変わり映えの無い風景しかプログラムされていません。私達、一心庵は来年までに全力を持って対応ゲームを開発いたします。市場価格は高価なものになると思われますが、需要が広がれば直ぐに、誰もが、電脳世界を経験できるようになるでしょう。そして、来年のこの場で国内に限りますが、抽選で五人の中から試乗体験をしていただきます。抽選方法は後日に発表を致します。皆さん! 電脳世界を楽しみにしていて下さい!」
日本国内の記者からは歓声が、外国プレスからはささやかなブーイングが上がる。
しかし、誰もが期待をしている。夢にまで見た電脳仮想空間でのゲーム体験。ごく短いながらも電脳世界を経験してきた記者が周りを取り囲まれ、熱くその体験を語る。
来年のこの場所で、新たな時代の可能性が開かれるのだ。
抽選は一心庵が販売中のゲーム機本体や、新規ゲームソフトの購入時についてくるシリアルナンバーを入力し対応することになる。国内の人間はこぞって一心庵の商品を買った。例え、ソフトの内容がつまらなくても、ありきたりであっても。
傾きつつあった業績が一気に取り戻される。そして、その利益を「テストタイプ・イチ」に対応する開発中のゲームの資金に充てる。開発担当者は不眠不休で事に当たる。交代要員の補充も増えてはいるが、時間は差し迫っている。
誰もが、会社の仮眠室で眠り、机の間、廊下にまで死屍累々と泊まり込みの社員が寝転がる。
業績は回復しているが、利益を開発費につぎ込んでいるため、残業代は支払われてはいない。
そもそも金があっても、家に帰れない、外出をしないから金銭感覚が狂ってきている。
これが出来れば必ず巨額の利益が上がり、賞与が転がり込む。長期休暇も出す。それまでの辛抱だと上層部は社員に呼びかけ叱咤を続ける。
開発しているゲームは一心庵が誇るロングセラーであり、社の歴史と共に歩み続けるキャラクターが活躍する「ハイパーヤイコシリーズ」の新ソフト「ハイパーヤイコの冒険―コクレア皇国を救え−」。
VR型アクションゲーム。人類が初めて経験することになる電脳世界を媒介し、自分の脳を通した意思で、自身の身体を動かすように行動するアクション体感ゲーム。
誰もが待ち焦がれる新規のゲーム。
そして、開発発表から長くも短い一年の月日が流れた。
都心からやや離れた場所に位置する展示会場の外には人が溢れていた。年二回、夏と冬に開催される有志が行う、大規模のイベント並か、それ以上に人混みが酷い。
目当てはただ一つ。一心庵が発表するはずの電脳ダイブマシーン「テストタイプ・イチ」と、対応するゲーム「ハイパーヤイコの冒険」だ。自分達が試乗するわけではない。ここに並んでいると言うことは抽選に漏れたからだ。
しかし、出来れば肉眼で、悔しいことだが抽選者が体験する状況を、スクリーンを通してでも生で見たい。その心が会場に無数の人を集めていた。
「御覧下さい! 凄い人混みです! 本日、会場では一心庵が昨年発表したテストタイプ・イチの対応ゲームの試乗体験を見ようと沢山の人が集まってきております……」
人混みを無数のマスメディアが撮影をしている。リポータはオタクっぽい連中を捕まえてインタビューをしている。こちらも、この後すぐにメディア発表会場へと向かい、試乗体験の状況を生中継で放映する予定だ。
そして、誰もが待ちわびた発表の時間を迎える。発表会場には集まった人、全員が入れるわけもなく、外にまで溢れだしている。警備員たちが懸命に人波を整理するが、なかなか追い付かない。
そんな状況の中、発表は始まる。壇上には八人の人影がある。
司会者が壇上へ上がり一礼をする。
「では、まず一心庵社長、一清足助様よりご挨拶を頂きます」
司会者が言うと、手にしたマイクを足助へと手渡す。真面目な顔で会場に向けて語り始める。
「去年の発表から早くも一年が経ちました。本日はお約束通り、電脳ダイブマシン『テストタイプ・イチ』対応ゲーム『ハイパーヤイコの冒険−コクレア皇国を救え−』の試乗体験発表を行います。発表後の反響は凄まじいものでした。私自身が考えるよりも遥かに大きいものでした。逆に、様々な否定意見も見受けられました。可能、不可能についてはもう語る必要はありません。本日、この場に私が立っていることが何よりの証拠となるでしょう。しかし、危険性についての様々な憶測も飛び交いました。電脳世界から戻れなくなる、脳に異常を与える。そのような危険性がないことを証明するために本日は、お約束した抽選者五名の他に、私の家族である妻と娘も共にゲーム世界の体験を行ってきます。ん、実は真っ先に家族にゲームを体験して貰いたいだけだろうって? ……はい、おっしゃる通りです!」
静寂した会場からドッと笑いが起こる。普段なら対して面白くもないことだが、場の状況が状況だけに十分に心を掴める対応だ。事実、この一年様々な憶測が情報雑誌、新聞、テレビ、ネットで飛び交った。
肯定的な意見から、否定的な意見まで数え切れないほどだ。
しかし、どちらかと言うと肯定的な意見の方が多い。否定的な意見は少なくなったものの根強く残っている。大体は、未知なるものに対して何らかの危険性を訴えるものだ。
その否定的な意見を駆逐するために、社長自らが家族を伴い電脳世界へとダイブする。
無事に戻り、健康に異常がなければ安全性は証明され、電脳世界への道が近くなる。
社長の挨拶が終わり、マイクが司会者の手元へと戻る。
「では、本日抽選で選ばれ電脳世界でのゲーム体験を行う幸運の持ち主達を紹介しましょう」
司会者がそう言うとマイクは壇上の五名へと渡される。
「……栗太です。十八歳です」
一人目の青年は聞こえづらいボソボソとした声で短く語るに終わった。メタボ体系で、ニキビ面。典型的な引き籠りかオタクと言った感じだ。まあ、ゲーム好きには間違いがなさそうだと、誰もが苦笑いをした。
「亀頭だ。十八歳だ。趣味は格闘技。好きなゲームジャンルは格闘系のゲームだ。実戦の方ばかりで、ゲームは余りやらないがな。だが、今日は楽しみだ! 電脳世界で自分の実力を試せるかもしれないからな!」
大きく響き渡る胴間声で自己紹介をする男は、身の丈が百八十センチを超え、筋骨隆々の大男だ。本人が言うように、ゲームをするよりもスポーツをしているほうが良く似合いそうだ。やや、凶悪そうな顔つきが恐く感じる。ラフプレイが得意そうだ。
「慧瓶だよ。十六歳だよー。好きなことはファッション。ブクロやジュクでよく遊ぶよー。よ・ろ・し・く・ね!」
イケメンの優男がなよなよした感じで挨拶をする。女性受けしそうな顔立ちだが、男には嫌われるタイプだ。調子が良く、チャラ男の感じが否めない。自己紹介を聞いていても女性は笑っているが、男性はイラッとしている。
「華園です。十六歳の女子高生です。ケビン君とは同級生です。偶然とはいえ、一緒に選ばれて超ラッキー! 今日は目一杯楽しんでくるつもりでーす」
慧瓶の同級生と言うだけあって、もしかすると友人なのか、こちらは今時のギャルそのもの。どことなく若くして男好きしそうな雰囲気が滲み出ている。ケビンとは逆に男性受けをするが、女性からは妬まれるタイプだ。ただ、本人は気にも留めないだろう。
「た、玉雄です。十一歳です。一心庵さんが作るヤイコシリーズの大ファンです。過去の作品もやりました。今日は、選ばれて、とても、う、嬉しいです」
時々詰まりながらも初々しい感じのする挨拶をする小学生男子の登場に会場はホット和む。先立って挨拶をした連中は個性的でどことなく好きになれない印象が強いからだ。五人の中ではこの子が一番まともそうだと誰もが思った。
マイクは司会者へと戻される。引き続き足助の家族の自己紹介が行われる。司会者は足助を通り越して、夫人へとマイクを手渡す。
「おいおい、君、私は自己紹介をしないで良いのかい?」
「社長の事を知らない人なんて会場にはいないでしょう。やるなら最後が宜しいのではありませんか」
それもそうか、と社長はおどけて返す。でも最後には紹介はさせて貰うよと司会者に言う。軽いやり取りに不満げな様子は感じられない。
「ご紹介にありました、市清 足助の妻、萬姫です。本日は電脳世界へのゲーム体験、怖くはありますが楽しみにもしていました」
「御歳は?」
「司会者さん、女性に年齢を聞くのは失礼ですよ」
軽く笑いながら司会者の質問をはぐらかす。歳は三十五歳。壇上の人間の中では足助に次いでの年長者だ。見た感じでは二十代にも見えるが、歳に見合った艶も感じる、香り立つような女性。華園とは別のタイプの美女と言える。
「百姫、十一歳です。今日は家族みんなとゲームができるのが楽しみです。よろしくお願いします」
歳に似合わないハキハキとした自己紹介をする社長娘。二人の子供らしく整った顔立ちは将来美人になることを約束されているようだ。事実、子役モデルもこなしている。この発表の後は芸能界に進出する予定もある。今日はその舞台前挨拶のようなものだ。
「では、早速電脳ダイブマシンへ……」
「こらこら、マイクを渡しなさい! ……一清 足助、四十二歳。今日はゲーム体験を通して皆さんに感動を与えたいと思います」
社長は司会者からマイクを奪うように取り上げ手短に自己紹介を済ます。マイクを帰す際に「じゃあ引き続き頼むよ」と一言返す。
「社長から正式にGOサインが出ましたので、皆さん、テストタイプ・イチへと乗り込んでください。尚、ゲームの起動は乗り込むと自然に開始をいたします。ゲーム中の生理現象等は脳神経を制御することで抑制されます。長時間のゲームは健康を損ねますので、本日は発表時間ギリギリの九十分間の体験試乗となります。ゲームの説明は別口で乗り込んでいる開発担当者がゲーム内で行う予定です。その点も含めてこれから会場ではリアルタイムで、電脳世界のゲーム実況を行う予定になります。――皆さんの用意は整ったようです。では、いざ、電脳世界VR−AG『ハイパーヤイコの冒険』の世界へと誘って貰いましょう!」
壇上の全員がカプセル状の電脳ダイブマシン『テストタイプ・イチ』へと乗り込む。手を振る者、さっさと寝そべる者、緊張を隠せない者反応は様々だ。
人々の希望を伴い、電脳世界対応ゲーム『ハイパーヤイコの冒険−コクレア皇国を救え−』の幕は上がる。
それは、地獄の舞台へと誘われる緞帳の幕上げでもあった。