アリとセミ
「おや、なぜあなたはそんなところでひっくり返ってるんです?」
アリが聞いた。
「着地に失敗しただけですよ、お気になさらず。」
セミが答えた。
「だったら起き上がればいいじゃないですか。」
「それが思った以上に難しくてですね。」
アスファルトの上の光景であった。
「こう、脚をばたつかせても、中々起き上がれないんですよ。」
「もっと激しくばたつかせてみればどうです?」
「やってみます。……無理みたいです。」
アスファルトの上、セミがひっくり返っている光景であった。
「土の下で生活して、やっと日の目を浴びられて、その数日後にはこの有様ですよ。」
「土の下で生活しているのは私も一緒ですが。」
「生まれて初めて土から出てくるまでに5回冬を越しました。」
「なるほど。」
「土から出てきては5回ほど日が昇るのを見ました。」
「どうですか、土の上の世界は。」
「世界が変わったとしか言いようがないですね。実際違う世界ですけど。」
「でしょうね。」
セミとアリは昼下がりの太陽の光に照らされていた。
「まあ、一応やるべき事は終えたつもりですよ。」
「やるべき事と言いますと?」
「アレですよ。」
「何ですか?」
「つまり、ナニですよ。」
「……なるほど。」
セミの鳴き声も少し小さくなってきたように感じる頃の話であった。
「なので、もういっそこのままひっくり返っていても別に良いかと思っているんです。」
「そんな事言わずに、もうすこし地上の世界を楽しんでみたらどうです?」
「それも良さそうですが、時間が足りないもので。」
「時間ならいくらでもあるんじゃないですか?」
「いえ、何となく分かるんですが、私の生命の残り時間が足りないようで。」
アスファルトの上、死にかけのセミがひっくり返っている光景であった。
「ああ、私の仲間もこっちに向かってるようです。そうしたら…」
「それだとどうだと言うのですか?」
「あなたは……いえ、何も言わない方が良いでしょうね。」
「生きるのって、大変ですよね。生きるために私に何をしようが勝手です。そもそも何かされる頃には私は……」
セミの近くを、ああまたか、と良いながら過ぎ去る人間が居た。
「何かできる事はありません?とは言っても特にできることもありませんが。」
「少々、土の下から出てきた後のことを振り返らせてください。」
「思い出に浸るのもいいですけど、少しは目の前の危機にも目を向けたらどうです?」
「少々黙っていてください。」
「いや、本当に危険ですから。生きたままバラされてもいいんですか?……あ、言ってしまった。」
「だから黙っていてください。」
「だから本当に少しくらいは苦しまないため足掻く意志くらい」
「本当に黙っ」
「話を遮らなくても良いじゃないですか。」
「…………」
「……もしもしー?」
「…………」
「おーい?」
「…………」
アスファルトの上、死んだセミがひっくり返っている光景であった。
「久しぶりの話し相手がすぐに死んでしまうなんて。」
無言で蠢く無数のアリの中で、一匹のアリが呟いた。
「そして今運んでいるのが、その話し相手の羽だなんて。」
呟きに答える者は誰も居ない。
「ああ、この世はなんて酷いんだ。」
アスファルトの上、死んだ虫に無数のアリが集る、よくある光景だった。
擬人法、会話文メインの実験的な構成、何となく試し書きしてみたかったのみ。




