6.私(2)
いや、わかるよ?
他人のもの壊しておいて好奇心の赴くままに剣見せろとか、出るの手伝えとか、テメェ何ほざいてんの? って感じだよね。
まずは謝るのが先だろ! みたいなね。
あの、まじごめんね?
物壊して捕まるのって、なんて言うんだっけ。器物破損? 精々が自転車二人乗りを注意された程度の私は、もちろん今まで器物破損で捕まったことなんてなかった。初めての経験だ。
人の物をつい壊しちゃったりしても「ごめんね」で済んじゃう生ぬるい生活環境にどっぷり浸かってましたからね。平和国家日本生まれですもの。
だから、言うよ。
ごめんね? 私なんていうか、初犯罪にちょっぴり興奮しちゃってるみたいでごめんね?
それでドキドキキョロキョロしながらコスプレ野郎の後ろを付いていってたら、おかしなことに気が付いたのだ。
そういえば病院にいたのでした。
名前も知らない上級生と階段で揉めて、突き落とされたのでした。
それなのに尻餅ついたのは階段でも踊り場でもなくて、よくわかんない屋根の上だし、ちょっと興奮してたらコスプレ野郎三人組に捕まえられちゃったし。
よくわかんないけど、これっておかしいよね?
「そこのとこどう思う?」
「静かにしろ、女。先ほどからうるさいぞ」
ちょっと聞いてみただけなのに、コスプレ野郎が手厳しいです。
そんなこと言われましても、暇なんだもん。
わたくしは今、手枷嵌められた状態で檻に入れられております。駄洒落じゃないよ。
牢屋に連れて行かれた私の第一印象は、『意外と清潔感がある』だった。
もちろん初牢屋デビューな私は若干興奮してあちこち見て回ります。
この牢屋には片面五つの計十部屋の檻があるようです。
黒い鉄っぽい格子は普通っぽいですが、壁がちょっと珍しいの。
壁が蒼いの。
青色の壁じゃなくて普通の壁なんだけど、中から蒼い光がぽやーっと出てきてるっていうかなんていうかよくわかんないんだけど綺麗なの。
一個欲しい。
なんとかして一個くらいぽろっと取れたりしないだろうか。
そんなことを考えながら檻の中を行ったり来たりしていると、何やら入り口が騒がしい。
「何々、なんかあったの?」
不思議な格好をした二人のコスプレ野郎に挟まれるようにして、一人の男が牢屋に入ってきた。背が高くて銀色がキラキラしてる神父服っぽいのを着た赤毛さんだ。
がっしりした体格はちょっと威圧的にも見える。けれど長い赤毛を巻き巻きして簪で留めたその姿からは、特にうなじ辺りから私には微塵も出せない色香が漂っている気がした。
「オネエだ!!」
私の魂の叫びを聞いたコスプレ二人は目を見開いて頬を引き攣らせ、赤毛のオネエは薄く紅のひかれた唇を三日月に歪めながら眉を上げた。
「あら、アタシのことォ? 貴女みたいな悪い子羊ちゃんを妹に持った覚えはないのだけど」
にんまりと笑みを浮かべながらこちらへ近寄ってくるオネエに、私は猛烈に首を振ってみせる。
「そっちじゃないです! 男なのに乙女なほうのオネエですよ。私、生で見たの初めて!」
オネエはさらに笑みを深くすると、私の目線に合わせるように腰を折った。
目の前に立たれると、身に纏ったコロンと色香が同時に押し寄せてきて、たまらず私の背筋はゾクゾクピクンピクンした。
なんだこの最終兵器オネエ……。
「面白い子ね、アタリだわァ。アタシ、クリムロイドって言うの。ケリーって呼んでも構わないわ」
「私、橘立花って言います。たちばなたちばなで橘立花です、クリムロイドさん!」
「ケリーって呼んでくれても、構わないのよ」
「あ、えぇっと……け、ケリーさん」
「なぁに、リッカ」
名前を言い直しただけで、何、と言われても特に言うことはないのだけど……あ、いやあった。
「なんか屋根壊しちゃったみたいでごめんなさい」
よし言った。ここで土下座を決めれば完璧なんだけど、後ろ手に手枷嵌められてるので諦めた。
「あは、良いのよ。リッカはいい子ね。そんなこと、どうせボンクラジジィたちが勝手にやってくれるから気にしなくていいのよォ?」
それで、と、ケリーは唇を舐めた。
赤い舌先がチロリと唇を割る様がこんなに蟲惑的だなんて初めて知りました私。
「今からリッカに質問するから、正直に答えてちょうだいね。オネガイ」
先ほどまで確かに黒い格子越しで会話していたはずのケリーが、いつの間にか密着するほどの至近距離から頬を撫で、反対側の耳元でそう囁いた後、耳たぶを甘く噛んだ。
堪らず艶っぽい悲鳴を上げ、私の腰は砕け散った。