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生まれるまえにみる夢  作者: みやしろちうこ
第1話 エン・ヤッシャー
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006

 指輪をはめた日から、ずっと壮太をさいなんでいた右肩と右腕の痛みがだんだんとやわらいできた。骨折はしてないようだが、ひどく打撲した両足と腰も、我慢ができるくらいに緩和してきている。あちこちにあった裂傷は、それらに比べてどうということもなかった。

 エン・ヤッシャーは訪問したその日に、壮太の治療の具合をたしかめ、あらたにいくつか指示をだし、いつの間にか壮太に関するすべてを采配していた。

 壮太の質問に根気良くつきあい、体を支えて足の衰えを防ぐための運動をうながした。

 この家には電気がない。

 家どころかエン・ヤッシャーは電気を知らない。

 この家にはカレンダーがない。

 暦といいなおすと、エン・ヤッシャーは知っていた。

 壮太が時計のことをきくと、エン・ヤッシャーは目を丸くした。

 時計はとても珍しいもので、エン・ヤッシャーはひとつだけ知っているといった。

「われらが、師。お持ち」

「エンさんの師匠ですか?」

「わたしの師の師の師。われわれの師」

「そのかたは時間のこと、二十四時間といいましたか」

「めぐる針。十二。二回通過して一日」

 よほど楽しい思い出なのか、男はふっと優しい笑みをみせた。



 何度も意思疎通に挑戦し、壮太はここにきて二ヶ月ほどになることを知った。

 深夜。村の外れで爆音が轟き、鳥は一斉に飛びたち。大地が揺れた。翌朝、村人が連れ立ってその場に行くと、意識のない少年が倒れていたという。服はぼろぼろで、全身が傷だらけだった。村長の家に運ばれた少年は、村人たちの知恵で手当てされ、とにかく意識がもどるか死ぬか様子をみられた。

 目をあけた少年は口をひらかず、いくら話しかけても反応せず、目はあらぬほうを向き。村人たちはどうしたものかと顔をみあわせていたところに、おもわぬ訪問者があった。

「エンさま、ソーをみにこられた。ソー、よかった」

 マグイ村の村長夫人は、腰に巻いた布で手をふきながら、そういった。たわわに実った葡萄を壮太にすすめる。エン・ヤッシャーは、呼ばれて席をはずしていた。

「エンさま、炎のアリーシャの一の弟子の、一」

 壮太は寝台から離れ、椅子に座れるようになっていた。食事も汁だけから、やわらい具が入るようになり、果物はエン・ヤッシャーに奨励されてよく食べた。濃い紫色をした房のある果物は、まさに葡萄の味だった。

「アリーシャ……?」

「そう、六大弟子の三番目。赤い髪のアリーシャ」

 おそらくいわずもがなの事柄なのだろう。それでもきかねばわからない。実を一粒のみこむと、壮太はたずねた。

「エンさんは、お医者さまですか」

 師の師の師が時計を持っているといってた口調が、自作したように感じられたのでなんとなく工芸か芸術家かともおもったが、怪我の手当てがとても堂に入ったものだと感じたのでそうあたりをつけた。

 夫人は首をふった。

「エン・ヤッシャーさま、魔術師です」

 葡萄にのばした壮太の手がとまった。

「魔術……師?」

 イリュージョニストっていうあれかな。

 壮太がまずおもったのはそれだった。

 手品師が興業的に名乗る名称。これは手品ではありません、魔術です! 超魔術です! われわれの使命は、みなさまに夢をみせることです! ――というあれだ。

 家の奥からどよめきがおこった。

「みてきます」

 夫人は席を立ち、部屋をでていった。

「エンさま」

「エンさま」

 興奮を抑えかねた声が部屋でひとりでいる壮太のもとまできこえてくる。

(……なんだろう)

 テーブルに手をつき、エン・ヤッシャーが作ってくれた杖をついて数歩すすみ、壁に手をついてドアの隙間をのぞいた。

 裸の子供が父親の首に抱きついていた。

 エン・ヤッシャーはもうひとり子供を片腕で胸にだき、自由な右手にいつも首にぶらさげていたネックレスのペンダントをにぎって仰向けに眠る子供にかざしていた。

 それぞれ子供を抱いた男ふたりを囲むように村人たちが、涙ぐみ頬を紅潮させ、くいいるように黒髪の男をみつめている。

 輪の中心に立つ男は、村人たちより頭ひとつ高い。

 静かになにかを口ずさんでいたエン・ヤッシャーは目をきつく閉じ、離れている壮太にもわかるほどに集中力を高めた。

「――!?」

 音のない雷が走ったのかとおもった。いつの間に閉じた目をひらくと、太陽をみたときのように、ただし、視界に赤い斑点ができた。

 若い女性の泣きむせぶ声があがった。エン・ヤッシャーは抱いていた子供を母親に渡し、後方にさがって椅子に腰掛けた。

「エンさま、ありがとうございます」

「ほんとうにありがとうございます」

 黒髪を額に乱した男は、だるそうに首をふった。腰に巻いていた白い紐を解くと、小さな刃物で短く切り、ふたりの子供それぞれの左手首に結んだ。

「自然とほどけるまでこのままで、さあ、家につれかえり湯をあたらせ、温かくして三日はそとにださないように」

 そう両親に告げているエン・ヤッシャーの声をききながら、壮太はそっとドアをしめた。その手が震える。壁にもたれかかる。

(い、いまの何だよ……)

 魔術です!

 テレビ画面のむこうで大げさに叫ぶアナウンサー。

 みなさんご覧になりましたか。これはもう、魔術です!



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