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生まれるまえにみる夢  作者: みやしろちうこ
第1話 エン・ヤッシャー
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005


 エン・ヤッシャーはその日のうちに壮太が世話になっている家にもどってきて、そのまま壮太と同じ家で寝起きをともにするようになった。

 風采のいいあの男がこの先しばらく滞在するのだと次の日になって壮太はなんとなく理解した。それも自分の回復を待つために、だ。

 壮太は左手にはめられた指輪に目をやり、右手でそれをちょっといじった。

 いつもの庭への移動には家の男手を借りていたが、それらはエン・ヤッシャーが引きうけることになった。

 息子は男がいうままに引き下がり、壮太はいつもの毛織物にくるまれてひょいっと抱き上げられる。

「ソウタ、さむ、ない?」

 庭の木のベンチが寝椅子に変わっていた。

「だいじょうぶです。ありがとうございます。あの、エンさん、これ、お返しします」

 壮太は指輪を外し、寝椅子のよこに用意された一人掛けの椅子に腰掛けたエン・ヤッシャーにさしだした。男は腰を浮かし、壮太の手を浅黒い大きな両手でつつんだ。

「ソ・グ、デガ……」

 男はほとんどうやうやしいといった手つきで、ふたたび壮太の指に白が散った琥珀色した指輪をはめた。

「はずす、だめ、ソウタ。これ、ソウタのため」

「おれのため……」

 椅子に身をよこたえながら、壮太は指輪のはまった指を目のまえにあげた。

「だいじ。ソウタ、はずす、だめ」

 はずしたとたん、黒髪の男のことばがもとの濁音にきこえた。どういう仕組みかわからないが、どうやらおそろしく大事なものらしい。うなずいて承知すると、男もうなずく。

 壮太は左手を織物のしたにもどすと、知りたくて仕方なかったことをきいた。

「エンさん、ここってどこですか。おれ、どうしちゃったんでしょう。母のことなにか知りませんか」

 椅子に腰をもどした浅黒い肌に鋭角な容貌の男は、その力強い口をつぐみなかなか返事をしなかった。

(…………あれ……似てる……?)

 エン・ヤッシャーはだれかを連想させる。

 長い手足といい、ただ座っているだけなのになぜか絵になる姿といい、もちろん男女の差はあるけれど、荒井家の女系につながる容姿をしている。そうおもうと壮太はドキッとした。

「ソウタはけが。ここはマグイ。ソウタのはは、わたし、しらない」

 濁音が単語になってずいぶん楽になったとおもったけれど、壮太はじれったくて泣き叫びたくなった。



 まだ寝床を離れられない壮太は娘にはこんでもらう食事を、上体をおこして介助してもらいながら食べ、エン・ヤッシャーは食事を家の者たちといっしょにとると、戻って壮太の摂取量を確認する。

 提供されている食事は、ほとんどが汁ものだった。果物や野菜、肉などを連想させる舌が知っている味のものもあれば、どうしても受けつけられないものもあった。

 家の者からすすめられていた以外の、なんとも食欲をそそらない匂いのする飲み物が、男の手から追加され、日に三度、壮太が飲むまでじっと寝台のそばで椅子に腰掛けて待つ始末。

 男は一日のほとんどを壮太のそばか、同じ屋根のしたで過ごしたが、男にたいしてのマグイの訪問者は遠慮深くも途切れることがなかった。

 なぜか日本語で解することができるようになったことばの切れ端からすると、村人たちはエン・ヤッシャーを怖れ敬い、なにかをたのんでいる様子だ。それにたいして男はまれにこたえることもあるが、ほとんどはあっさりとことわっていた。

「エンさま」

 村人からそう呼ばれる男。



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