003
また目をあけてから、壮太は長らく混乱し、肩と腕が動かず、立ちあがれず、あちこちが腫れ、自失して過ごした。
目の焦点があわず、口もきかず、ただ抵抗もせずだまって世話をうけた。
そこが人の住む家屋であり、生活する場であり、自分は一室をあたえられて粗略にはされず食事と手当てを受けているということはわかった。
吟味すべき事柄は山積みであった。
だがそのどれもが体力をひどく必要することで、対応できるほど壮太が万全ではなかったのも事実。
*
その日は朝から空気がちがった。
壮太が置かれている家には四人が暮らしていた。男がふたりに女がふたり。両親に男女の子供といった構成だろう。壮太の世話を率先して引きうけていた娘だけでなく、家全体がおちつかず、訪問者も多かった。壮太のまえまでくる者はいなかったが、声や物音でなんとなくわかった。
あいかわず人の声がグとかギュとかヂュとか濁音でしかききとれない。
(――脳の損傷だな……)
一日に一回、壮太はゴワゴワとした毛織物でつつまれ庭にある木のベンチに寝かされる。庭のすぐに林がみえ、その背後には背の低い山がみえる。鳥の声は甲高く、風にゆれるざわめきは肌でしったもののようにおもわれ、壮太は無意識の緊張がゆるむのを感じるのだった。
そんなとき、迫ってくるトラックの光景がよみがえり、壮太は全身をビクリとさせ、はしった鋭い痛みに息を飲んだ。
(あの事故でおれは大きな怪我をして、頭を打ってことばや視覚やいろいろ損傷しちゃったんだ。だから母さん、きっといろいろ手配して、おれはいまひとりぼっちで、おばさんもちなっちゃんもおじさんも顔を出してくれないんだ)
それとももしかしてと、壮太は震えた。
(母さんもおじさんもおばさんもちなっちゃんもおれのそばにいてくれてるけど、おれ、おれ……わかんないのかもしれない……)
熱い涙がせりあがり、筋となって流れ落ちていった。
「デガ、デデ、グヂュ」
足音がして年配の女性の声が近づいてきた。泣いている壮太に気づくと、髪をやわらかく撫で、衣服の袖をのばして目元をぬぐった。
なぐさめてくれている。
それはわかる。
女性は白いものの混じった茶色の髪を後でまとめて三本にしている。男女ともズボンをはいて、エプロン代わりだろう腰に布を巻いている。肌は日に焼けているが元は白いのだというのがわかる。唇は肌色で、瞳は黒がかった緑だった。
「ググヂュ、メア、デグ」
こんな言語は知らない。どうして外国人が自分の世話をしてくれているのかわからない。欧米とも中近東ともいえない容貌。目はふたつ、鼻はひとつ、口もひとつ、耳もふたつ。手足はそれぞれ二本。
(人間だっていうのはわかるけど……)
この違和感はなんだろう。頭の奥がぐちゃぐちゃだ。
(母さんどこ。どこいったの。おれはどうしてここにいるの)
家の奥から足音がして、女性の夫らしい声が響いた。声のききわけはだんだんとつくようになっていた。
男は太陽をさえぎるようにして壮太のまえに立った。