1-5「好感度ってなんだよ!?」
「なんなら、私は一緒のベッドでも……」
顔を赤らめてうつむくリューンは、ちょっと可愛いと思ってしまった。
いや、違う。そうじゃない。
俺は宿の一室で立ち尽くしてしまっていた。
何故こんなことになったのか。
少し前の事。
冒険者斡旋所で、アイリが好感度上昇を宣言した。
この状況で考えられるのは、目の前にいるイーダという少年しかいない。
だが、その少年は俺を睨みつけたまま動かない。
好感度が上がるわけがない。
そうなると考えられるのはただ一つ。
ハルシネーションだ。間違いない。
アイリもまた、AIだから、使用者である俺に寄り添い、導くのが仕事だ。
あれ?
あいつ今まで俺に寄り添った事あったか?
「マミヤ? どうしたの?」
少年に睨みつけられたまま動かない俺を慮ってか、リューンが恐る恐る声をかけてくる。
「あんた、マミヤっていうのか。
……俺は負けない……負けないからな!」
少年が、俺と彼女を見比べて、なぜか涙を浮かべると、捨て台詞を残して駆け出していってしまった。
「あっ!」
しまった、俺の帰還アイテムが逃げていく。
追いかけなければ。
そう思った矢先。
「てて……、おい、あんた」
さっきまで白目を剥いていたおっさんが立ち上がり、打った頭を押さえながら俺の方へと歩いてくる。
まずい。俺には、謎の条件でしか発動しない膝しかないと言うのに、ふたたび戦うことになったら勝ち目なんかない。
「やるじゃねえか、俺を吹き飛ばしたやつは数えるほどしかいねえ。気絶までとなるともっと少ねえ……悔しいが、ハムスビを一撃で倒すって話は認めるしかねえな」
『好感度が上がりました』
「そっちかよ!」
『はい』
頭痛がしてきた。頭が痛い。
肝心の少年はどこかにいくし、謎のおっさんの好感度は上がるし、リューンは不安そうに俺にくっついてる。
いや、リューンはいい。
今も頭を押さえる俺を心配してくれてる。
好感度マックスのチョロインだから仕方ない。
というか、全ての元凶はアイリなわけだから、こいつを何とかしたら少年とか関係なく帰れるんじゃないか?
『……仮に私を破壊しても、既に動き出したプログラムは止められません』
赤い目のキングな虫かよ!
ってか、心の声に突っ込まないでほしい。
『仕様です』
「はぁ……」
突然蹲った俺を、周囲は奇異の目で見ている。
「あの、マミヤ? 一回宿に行きませんか?」
「え?……あぁ……」
リューンが俺の背中をさすりながら耳打ちしてくれた。
俺はリューンに連れられて、奇異の目の中斡旋所を出た。
宿に入って最初に俺が驚いたのは、彼女が一部屋しか抑えていなかった事に、だった。
いや、年頃の男女ですよ?
そこは二部屋取るのが普通じゃないんですかね?
別に恋人とかじゃないんだから。
そんなわけで宿のカウンターでもう一部屋を即談判したのだが、満室だと言われてしまった。
リューンが不敵な笑みを浮かべている。
はかったな……リューン!
で、部屋に入った俺は声高に床で寝る事を主張するが、それに対してリューンが言ったのが、さっきの言葉であった。
『未実装です、安心してください』
「そうじゃない!」
いつものように空気と会話している俺を、リューンはちらちらと見ている。
顔を赤らめながら。
いや、好意とかそういうのは嬉しいんだけど、今俺たちには他にやるべき事があるんじゃないですかね?
「とっ、とにかく、俺は床で寝るし! それと、ちょっとさっきの少年探してくるわ!」
「あっ、マミヤ」
リューンが何か言いかけていたが、俺は既に飛び出るように部屋を出て、その言葉を最後まで聞くことはなかった。
*
宿を出て、街を歩く。
一度少年が住むという住宅地の方にも行ってみたが、彼の姿は見当たらなかった。
少年の姿を当てもなく探しながら、ぶらぶらしていると、やがて屋台が並ぶ市場のようなところへきていた。
随分と活気があり、多くの人が行き交っている。
食べ物系の出店もあるようで、随分いい匂いも漂ってくる。
よく考えたら少し腹が減った。
近くにあった、肉汁が零れ落ちそうな串焼きをつい見てしまう。
すると――
「あっ、あんた!」
そこの店主が笑顔で声を掛けてくる。
「あんた、膝のマミヤだろ? そのおかしな恰好、イヤーツさんが言ってた特徴まんまだな。よかったら一本食ってってくれ。新しい英雄さんへの驕りだ!」
そういって、串を一本突き出してきた。
おかしな恰好、それは仕方ない。俺はアイリに身一つで連れてこられたし、来た時にはすでに学校の制服を着せられていたし、この世界ではめっちゃ浮いてるけど、仕方ない。
「ありがとうございます」
「いいって事よ! ハムスビ退治は大変だからな。期待してるぜ、膝の!」
串を受け取ってから思う。
いや、”膝のマミヤ”ってなんだよ!?
そう思うと、どいつこいつも俺の膝を見ているような気がしてきた。
居心地の悪さを感じた俺は、人目を避けるようにして、人の少ない方へと歩いていく。
とある路地に差し掛かった時の事だった。
「っ!?」
先に気付いたのは向こうの方だった。
目を剥いてこちらを凝視している少年、イーダがそこに立ち尽くしていた。
目が合った。
その瞬間、弾けるようにイーダは駆け出した。
「あっ、ちょ! まて、話がある!」
俺は慌てて少年の後を追った。
少年は人の間を滑るように駆け抜けていき、俺はというと人を避けるために全力で走るわけにもいかず、距離はどんどん開いていく。
『戦闘ですか?』
いつのまにか隣にアイリが浮かんでいた。
「ちがう! あいつだ、イーダだ。ってか、あれは逃げてるんじゃないからな!?逃げてるけど、逃げてないからな!?」
アイリが出てきた瞬間俺の意識は膝に集中し始める。
もしあいつに当たってしまったら、気絶どころでは済まない可能性もある。
だから、頼む、空気読めよ!? AI!
とにかく、少年を追いながら発動するな、と祈る。
『わかりました、安心してください』
「安心できないんだが!?」
少年も少年で必死だ。
そもそもなんで逃げてんだ?あいつ。
『……』
いや、違う、あいつは逃げてない、俺の前を走ってるだけだ。
少年は必死で走る。
露店の客を避け、荷車の脇をすり抜け、
路地の角を曲がろうとして――
足を滑らせた。
「あっ――」
素っ頓狂な声をあげる少年はそのままバランスを崩す。
俺も俺で勢いが止まらない。
少年がバランスを崩した時には既に一歩を踏み出していた。
次の瞬間――
俺の膝はイーダの額を的確にとらえ、ゴン、という鈍い音共にぶつかって、そのまま前のめりに倒れこんだ。
『ファンブル、攻撃は命中、しかし有効打ではありません』
「ちょ、まてまてまて!」
慌てて俺と一緒に倒れこんだイーダを抱き起すが、力は抜けきっている。
やべえ、やっちまったか!?
「イーダ!?」
返事はない。
白目を剥いてはいない。
呼吸もある。
だが、完全に意識を失っていた。
『対象は気絶しました』
「いやいやいや、逃げてないだろ!? いや、逃げてたけど!?」
誰に向けたでもない抗議が虚しく響く。
腕の中の少年は、驚くほど軽かった。
さっきまでの意地や怒りが嘘みたいに、力が入っていない。
騒ぎを聞きつけたのか、人が集まり始めていた。
そこかしこから、膝という単語が聞こえ始める。
……まずい。
さすがにこのまま路地に放って逃げるわけにはいかない。
「くそっ」
俺は呟いて少年を抱き上げると、一目散にリューンのいる宿へと駆け出した。




