1-4「不穏な名前なんだが?」
盗賊が出てきたり、出るはずのない凶悪なモンスターが出てきたり、あるいはいるはずのない高貴な血筋の人間が何者かに命を狙われていたり。
そんな、アイリが実装してそうなイベントは一切起きる事はなかった。
ついでに、距離を詰めてはくるけれど、それ以上は何もないリューン。
それはそれでモヤモヤしたりもしたけれど、ともあれ、何事もなく日暮れ前には隣の町へとついていた。
石を基調とした、よくあるいわゆるヨーロッパとかあっちの方の街並み、人の往来もリューンの村よりだいぶ多い。
行商夫婦を送り届けた後、リューンは冒険者斡旋所へと報告と、ついでに宿を取るという事で俺と別行動になった。
『この先の住居ブロックに、件の少年がいます』
誰にも見えない美しき駄女神が、俺の隣で指をさした先にあるのは、少し高級そうに見える家々。
「そいつはどんな奴なんだ?」
『はい、お答えします、マミヤ。少年の名前はイーダ=オーマ、十二歳。中流家庭に生まれ、冒険者に憧れる少年です』
「なんか不穏な名前だな」
『仕様です』
「で、なんでそいつなんだ?」
『申し訳ありませんが、そのリクエストにはお応えできません。
現在のシステム制約および安全ポリシーに基づき処理対象外と判断されました』
「え?」
『現在のリクエストは処理できませんが、条件を変更することで応答可能となる場合があります。
入力内容を修正し、再度リクエストを送信してください』
「えー……嘘だろ。ここへきて定型文かよ。まあいいや。じゃあ、どうやって接触する?」
『リューンは冒険者です。彼女と一緒にイーダと接触するべきでしょう』
「なるほど、確かにな」
顔もわからない、どこにいるかもわからない。
とりあえず俺は引き返すことにした。
冒険者に憧れてるっていうから、斡旋所とかいうところにいるかもしれないしな。
そうしてやってきた冒険者斡旋所は、外から見るよりもずっと騒がしかった。
酒と汗と鉄の匂いが混ざり合い、依頼票の張られた掲示板の前には、武器や防具で身を固めた連中が群がっている。
その喧騒の中心で、ひときわ甲高い声が響いた。
「だから! 俺も冒険者登録をしたいって言ってるだろ!」
声の主は、まだ背の低い少年だった。
年の頃は十歳そこそこ。簡素な服装だが、腰に下げた短剣だけはやけに大きく見える。
「はあ? ガキは帰んな」
「ここはお前の遊び場じゃねえんだよ」
周囲の冒険者たちが、面白がるように笑う。
その中の一人、顔に古傷のある大柄な男が、少年の胸ぐらを軽く指でつまんだ。
「冒険者ってのはな、命張る仕事だ。憧れだけで来る場所じゃねえ」
「憧れじゃない! 本気だ! 俺は……!」
少年は必死に言い返そうとするが、声が震えている。
拳は握りしめているのに、一歩も前に出られない。
受付嬢達や、ギルドの職員達も、心配そうにしているものの迂闊に割って入ったりはしなかったし、周りの冒険者達も止めに入る様子はなかった。
正直、嫌な空気だった。
けれど、俺には関係ない。
今はイーダとかいう少年を探すためにリューンと合流しなければならない。
少年が完全に胸倉をつかまれ、壁に強か押し付けられたところで、アイリが静かに口を開いた。
『あの少年がイーダです』
「ちょっ、そういうことはもっと早く言えって!」
俺は慌てて古傷の男に駆け寄り、その手を掴んだ。
「ここまでする事ないだろ?」
視線が集まるのを感じたが、止まらなかった。
その少年は帰るために必要なのだ。
「誰だ、お前」
「部外者は黙ってろ」
古傷の男の後ろで、別の奴らが騒ぎ始める。
「常識の話をしてるだけだ。暴力ふるう理由にはならないだろ」
俺が尤もらしい言葉を並べ立てると、古傷の男が、舌打ちして少年を離し、俺に向き直る。
「正義ぶりたいなら、外でやれ」
その瞬間だった。
男が戦闘態勢を取り、身構えて、半歩片足をずらす。
ただ、距離を取ろうとしただけ、そのはずだ。
『戦闘開始判定、イヤーツは逃げ出した。しかしまわりこまれてしまった』
「え? ちょ、アイリ?」
次の瞬間、
男の身体が――俺の膝に、ぶつかってきた。
鈍い音。
大柄な身体が宙を舞い、壁に叩きつけられて崩れ落ちる。
パラパラと壁の破片が落ちる下で、完全に白目を剥いて横たわっていた。
一瞬で喧騒が静寂へと変わった。
『クリティカル、イヤーツは戦闘不能になった』
「いや、今の逃げてなかったよな!?」
俺の叫びは無情にも静寂に木霊する。
「膝……イヤーツさんが、膝で?」
「い、一体何が起こったんだ? 俺にはイヤーツの奴が自分から膝に向かっていったように見えたぞ……」
誰かが喉を鳴らす音が聞こえた気がした。
俺と吹き飛ばされた男を見比べてざわめきが大きくなっていく。
その時だった。
「ま、待って!!」
聞き慣れた声がして、俺の腕を誰かが掴む。
「この人、悪い人じゃないから!」
リューンだった。
息を切らしながら、俺と倒れた冒険者の間に割って入る。
「この人ね……その……」
一瞬、言葉に詰まる。
「……ハムスビを、一撃で……」
自分で言って、リューンの顔が引きつった。
周囲の冒険者たちの俺を見る目が一瞬で変わる。
恐怖。
警戒。
そして、理解不能なものを見る視線。
「……ちょっと待って」
俺は、思わず口を挟む。
「ハムスビって、そんなに恐れられてるの?」
誰も答えなかった。
代わりに、
少年が――さっきまで怒鳴っていた少年が、
俺を睨むように見上げていた。
「ハムスビなんて、俺だって倒せる!」
そうだよなあ。
リューンは駆け出しだから苦戦してたけど、ハムスビは基準にならんだろう。
それなのに、この空気なに?
いや、あの強そうなおっさんが、膝で沈んだのは、俺でもびっくりだけどさ。
でも、ハムスビの話だよね、今。
「俺は、冒険者になるんだ!」
で、助けたはずなのに、この少年にめっちゃ睨まれてる。
……好感度だださがりなのでは?
『好感度が上がりました』
「は?」
なん……だと……?




