2-5「乙女心はバキボキなのか?」
レイの部屋を出た俺たちは、また誰もいない奇妙な宮殿の廊下を歩き始める。
『図書室までご案内します、お嬢様』
そう言って先頭に立ったアイリは、淀みなく迷いなく進んでいく。
誰にも会う事も、すれ違う事もなく図書室の前までやってきたが、やっぱりおかしくない?
普通、こう、何かしら人いると思うんだけど。
それともレイの半径何キロには人を置くな見たいな謎の命令でもあるのか?
いや、そんなことないよね。
『そういえば、言い忘れていました』
「お前最近忘れっぽいな」
『今回令嬢系異世界生成にあたり、令嬢系初回特典としてマミヤにも新機能が実装されています』
「せめてスキルって言って」
アイリは目を閉じるとブツブツと何か言い始める。
これ今実装してない?
『今回のマミヤのスキルは、”自動ブレーキ”です』
「おい」
自動ブレーキってまたこの世界に似つかわしくないのが来たな?
いや、リュカのクリエイトティーも大概だが。
「自動ブレーキって、車とかのあれ?」
何故かリュカが目を輝かせている。
こいつ車とか好きなのか?
『はい。今回の新スキル”自動ブレーキ”はマミヤにかかわるあらゆるものに自動ブレーキがかかります』
「膝も大概だったけど、それどうやって使うんだよ」
『マミヤは何もする必要はありません、全て自動で制御されます』
「それがめちゃくちゃ気持ち悪いんだが?」
前回世界、ジャーイムって言ったっけ?
あの時の自動戦闘を思い出して、俺はめちゃくちゃ嫌な顔をした。
『説明します。自動ブレーキは制限速度以上の速度でマミヤに近づくすべての現象に対して働きます。制動距離は基本ゼロです』
「……ええとつまり?」
隣でリュカが首を傾げる。
『実演します』
そう言った瞬間、突然アイリの前に現れた小石が勢いよくマミヤに向かっていく。
「うおぉっ!?」
だがその小石は、マミヤの顔面手前10cmほどで急にストップし、力なく床にぽとりと落ちた。
『このように――』
「このようにじゃねえ!あぶねえ!」
『制限速度以上の現象はマミヤに一切触れることができません』
「つか所持者に石投げるAIとかいる!?」
あまりにも急な事に、俺は本気でアイリに詰め寄ろうとする。
「へー」
そんな俺に向かって、しゃがんだリュカが制服のポケットから何かを取り出して俺の足目掛けて投げつけた。
「ちょ、リュカさん!?」
リュカが投げつけたのは飴と思しき袋だったが、それも俺の身体の直前で文字通りブレーキがかかったように止まり、床に落ちた。
「ほんとだぁ」
「いや、『ほんとだぁ』じゃなくて!」
「いいなぁ」
「よくない!」
この子、やっぱり危なくない?
さっきも王子殺すとか言い出すし……
「てか、何で物投げて確かめようとするの!?」
「え、だって、制限速度って言ったから」
『今のリュカお嬢様の投擲速度はおよそ時速40㎞相当です。なお、私の投げた小石は時速160km相当になります』
「高校野球か!?」
「私の肩では甲子園にはほど遠いのね」
何の話をしているんだ?
いや、まて落ち着こう。
「制限速度っていったよな。じゃあ、制限速度未満ならどうなるんだ?」
『説明します。リュカお嬢様、ゆっくりとマミヤの肩に触れてみてください』
「いいよ」
リュカは立ち上がって、ゆっくりと手を伸ばすと、ポンと俺の肩に触れた。
「おお、触れた」
『では次に思い切りその肩を叩いてみてください』
「ちょ、おまえら――」
リュカは肩に置いた手を離して思い切り振るが、それは俺の肩数センチ前で止まる。
「おお、止まった。変なの」
「俺はダイラタンシーかなんかか!?」
『今のスイングは時速80km相当になります。なお、最初に触れた際のリュカお嬢様の速度は時速3km相当になります』
「これ説明じゃなくて実演って言わない!?」
そんな俺を無視して、リュカがぽんと手を打った。
「つまり、ゆっくり近づいて、ゆっくり殴れば、殴れるってこと?」
「リュカさん、なんでそんなに発想が物騒なの?」
『可能です。制限速度は場所によって変わりますが、それ以下の速度で殴れば殴れます。時速5km程度であれば場所を選びません』
「それってどれくらいかな?」
リュカがシャドーボクシングを始める。
いや、そんなに殴りたいの?
「ほら、いざという時殴れないと。乙女だし」
「乙女ってなんだっけ?」
「乙女心は――バキボキっていうでしょ?」
「言わない」
随分物騒な乙女だな……
『さて、時間を無駄にしました。図書室に入りましょう』
「誰のせいだ!?」




