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2-4「リュカさんがとんでもないことを言い出したんだが」

「申し訳ありませんが……」


 何故かその声は、以前会ったキサラを思い起こさせた。

 美しく、親しみやすい声なのに、一歩、また一歩近づくにつれ、令嬢の目つきは鋭くなっていく。


「アポイントメントの予定を確認させてください……」


 机の前まで歩み出てきたとき、令嬢はこれまでで最も険しい顔をしているように思えた。

 隣ではリュカが青ざめている。

 確かに、俺もあの目線はちょっとこわい。


 令嬢は机の紙を一枚拾い上げると、まるで睨むようにその紙に見入る。


「あれ……これじゃない……」


 呟いて、別の紙を取るが、それも違ったようで、令嬢と机の間を紙が何往復もしていた。


『失礼します、レイ様』


 そこへ、アイリがすっと歩み出て、机の上に無造作に置いてあったそれを、令嬢に手渡した。


「あら……ありがとう」


 それは、レンズが分厚くて、漫画に出てくるようなぐるぐるしてそうなメガネだった。


「近眼か!」


 俺は思わずツッコんでしまった。


「ま、マミヤくん!?」


 いや、俺もしまったと思ったよ?

 でももう、なんていうか体質なんだ、しょうがないよね?


 リュカはあわあわと泡を食っているが、レイは何事もなかったように目当ての紙を見つけ出し、それと俺たちを見比べていた。

 俺はというと、リュカが俺の分まで慌ててくれてるので、妙に冷静になっていた。


「ふふ……大丈夫ですよ。近眼なのは事実ですから」


 紙を置いたレイは、そう言ってふわっと笑みを零した。


「う……」

「あ……」


 それは天使の微笑みと言っても過言ではなかった。

 分厚いメガネの底で、さっきまで鋭かった目を柔らかく細めて、まるで周りに花が咲いたかのような笑みを浮かべている。

 俺もリュカも、その微笑みにすっかり目を奪われてしまっていた。


「アポイント、確かにありました。リュカ様、ごきげんよう」


 そして追い打ちをかけるかのように洗練されたカーテシーを披露する。


「え、あ、え……」


 それだけでもう心ドキドキ、トキメキは止まらない。

 きっとこれをみたらみんなそう思う。

 当然、リュカもドギマギしているようだった。


『リュカ! 今だよ! スカートの裾を掴んで持ち上げて礼をする!

 そして、リピートアフターミー、はじめましてレイ様!』

「ふぇ……?」


 そこへアイリスが急に元気よくしゃべりだして、リュカにドギマギにさらなる追い打ちをかけていく。

 いや、やっぱり所詮はアイリの分体だな。

 いらないところでいらんことを言う。

 帰ったらこいつも、アイリもろとも初期化してやろう。


「は、はじめまして、レイ様……」


 比べるのもおこがましいレベルで、ぎこちないカーテシーを返すリュカ。

 でも、ちょっとそれは上げすぎだと思う。

 見てはいけないものが見えそうで俺は思わず目を逸らした。


「あら……学園の制服でいらしたのですね?」


 挨拶が終わった後で、レイは俺たちの格好に気が付いて、少しだけ目を細める。


「いけません。ここは王宮ですので……後ほど着替えを届けさせますので、お二人とも、王宮にふさわしい恰好に着替えるように」


 優しくも、どこか威厳の籠った声だった。


「は、はい……」

「はい」


 俺も、リュカも思わず背筋が伸びる。

 これが、公爵令嬢か……


『レイ様。こちら、この度王宮図書室の司書を拝命いたしました、リュカ=パンジィナと、侍従のマミヤでございます』

「はい、先ほど書類を確認しました。わたくしも図書室はよく利用いたしますので、どうぞ、よしなに」


 レイは再び深々とお辞儀をすると、リュカもそれに倣ってお辞儀を返した。

 その所作は到底レイには及ばない――


「ねえ、マミヤくん。失礼な事考えてない?」

「イイエ」


 なんかリュカさんの勘が鋭くない?

 アイリより的確に俺の心読んでない?


「ふふ、仲がよいのですね?」


 そこへ、また天使の笑みが降りてきた。

 俺も、リュカもその笑みに思わず表情が緩みそうになるが――


 ドン!ドンドン!!


 激しいノックの音で、俺たちは我に返った。


「レイはいるか?」


 音に続いて、乱暴にドアが開かれ、煌びやかな衣装を纏った、俺たちより少し年上に見える青年が現れる。

 その後ろには、役人や騎士と思しき男たちと、これまた煌びやかなドレスを纏った女性たちが数人、控えていた。


「ごきげんよう、バースリー殿下」


 対照的に質素な姿のレイは、いつのまにか眼鏡を外しており、それでも丁寧にカーテシーをする。


「ふんっ……今日も仕事を任せてやる。頼んだぞ」


 俺たちには一切構わず、バースリーとか言われた青年は、鼻息も荒く書類の束を投げつけるように応接セットのテーブルに叩きつけた。


「終わったら報告に来い。いいな?」


 また鼻息を荒くして、吐き捨てるように言うと、バースリーは俺たちを一瞥して、何も言わずに、荒々しく部屋を出て行った。


 副鼻腔炎かな?

 鼻息荒い人を見るとどうしてもそんな事を思ってしまう。


「はあ……またですか……」


 レイはため息をつくと、眼鏡をかけなおして、テーブルの上で散乱している書類を拾い集める。


『今のはバースリー=スプリンナ、この国の第三王子にして、レイ=ヨジョワキーの婚約者だよ』


 アイリスが笑顔で解説してくれる。

 予想はしてたけどやっぱりか。

 

「お見苦しい所をお見せしました……さて、後ほど王宮にふさわしいお召し物をお届けさせていただきます。今日はお引き取りください」


 またもお辞儀――


 多分この人めちゃくちゃいい人なんだろうな。

 着替えと言い、この押し付けられたっぽい仕事に文句を言わないところと言い、

 人がいいというか、人が出来てるというか……

 おそらくリュカも同じことを思ったのだろう。

 お辞儀をしているレイを見る彼女は、優しいというか、あたたかいというか、そんな目をしている。


「ねえ……アイリス」


 ぼそりと、リュカが呟いた。


「多分、あのダメ王子がレイを断罪するんだよね」


『私はアイリの分体モデルとして学習中のためその質問には答えられません』


「……よくわかんないけど、あの王子殺せば全部解決するんじゃない?」


「えっ?」


 優しい目をしていたはずのリュカがとんでもないことを言い始めた。

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