2-3「説明が欲しいのはそこじゃない!」
ガシャン
俺とリュカの間に突如現れたティーセットが、音を立てて床に落ちる。
幸い、中のお茶は零れていないようだが、辺りにお茶のいい香りが漂い始めていた。
『言い忘れていましたが――』
アイリがピタリと歩みを止めて振り向き、静かに口を開いた。
『リュカ――リュカお嬢様は今回、リュカ=パンジィナ伯爵令嬢として、この王宮の司書として活動する事になります。マミヤは、パンジィナ家に仕える従者であり、リュカの護衛でもあります』
「いや、今説明欲しいのそこじゃなくない!?」
ほんとそれ。
リュカのキレッキレのツッコミに、俺の仕事がない。
あれ? 俺、いらなくない?
『なお、今回、リュカお嬢様には初回特典として【スキル:クリエイト・ティー】が適用されています』
「クリエイト……ティー?」
リュカの頭の上に大きい疑問符が浮かんでいるように見えてしまう。
いきなりティーセットが出たのにも驚いたが、それがスキルだと言われても、きっと意味不明だろう。
俺の膝の方がもっと意味不明だったけどな!
『リュカお嬢様の感情が一定値を超えた時、その感情に対応したお茶が生成されます』
「なんでお茶!? っていうか、これ使い道わかんなくない!?」
『はい、リュカの怒りを感知し、今回は最高級アールグレイを生成しました。ベルガモットの香りが精神を安定させてくれます』
「ほんとだ、いい香り……ってそうじゃなーい!!」
「まって、リュカ、ちょっとまって!」
俺はある事に気付き、すぐにリュカを制止しようとしたのだが――
ガシャン――ガシャン――
両手を振り上げていたリュカの傍に、ティーセットが一つ、また一つ、連続で生成されて床に落ちた。
リュカが両手を振り上げたまま固まる。
「勝手に出すな!?」
俺も思わずツッコんでいた。
てか、これ意味不明というかやばくない?
『仕様です』
「え、ちょ、何これ、私の感情に反応して出てくるの?」
腕を下ろしたリュカが困惑気味にアイリを見つめると、アイリは無慈悲に頷いた。
「うっそ……え? じゃあ、下手に怒ったりできないじゃない!?」
『問題ありません、紅茶が生成されるだけです』
「それが問題なんだけど!?」
ガシャン――
また紅茶が落ちる。
あたりは、紅茶の香りでむせ返るようだった。
「乙女の感情を、紅茶に暴露されるの、ほんっと嫌なんだけど!?」
『AIは感情を読み取る事は可能です。今リュカは怒っているようなので、解決策を提示します。まずは生成されたお茶を飲んで精神を安定させてください』
「そうじゃなくて!? ああっ、もう!」
「ごめん、リュカ、ちょっとまって」
このままだと延々と紅茶が生成され続けて、宮殿がお茶の洪水に見舞われてしまう。
「アイリ、とりあえずこのお茶片づけたいんだが?」
『マミヤの発言を確認。問題ありません、飲めばよいかと』
「えぇ……リュカのエキスでしょ? それはちょっと……」
「エキスって言わないで!?」
流石にクラスメートの、しかも女子から抽出された紅茶を飲むのは、色々とアレだよね?
「マミヤくん、今、なんか変な事考えなかった!?」
「イイエ」
リュカが話すたび、動くたびに紅茶が増え続けていく。
これをどうにかしないと、何もできん。
『進行に問題はありませんが……わかりました。今回リュカには招致特典として、【インベントリ(茶)】を付与します。そこへ収納してください』
アイリの言葉に、どうやらリュカの目の前にあの半透明ウィンドウが出たらしい。
同時に、周りのお茶が消えていく。
てか、相変わらず自動収納なんだな……
「取り消す選択肢ないの!?」
『では行きましょう』
「聞いて!?」
アイリは取り付く島もなく、歩みを進めようとしていた。
「いや、(茶)って何?」
「それもどうでもよくない!? ……もう、なんでこんな事に……」
「俺も聞きたい」
「…………はぁ……」
がっくりと肩を落として、俺を恨めしそうに睨むリュカ。
というか、これ本当に俺いらないし、リュカだけで良かったんじゃないかと思う。
むしろこれ、俺の方が巻き込まれたのでは?
と思っても、そんな事は口に出せない。
またお茶が増えてしまうからな。
俺たちには、歩き始めたアイリについていくという選択肢しか残されていなかった――
*
コンコン
アイリが重厚な扉を、割と強めに叩く。
『ヨジョワキー公爵令嬢、レイ様。パンジィナ伯爵令嬢、リュカがご挨拶に伺いました』
あれ?
以外と普通に侍女っぽい。
アイリ、やればできる子?
てか、不思議なのは、紅茶が出続けてる間も、ここへ来る間も、誰とも出会わなかったんだが、王宮ってこういうものなの?
扉の前にも護衛の騎士みたいなのがいるイメージだったんだが、それもない。
あと、時々、調度品の中に理解不能なオブジェとか、腕が三本の彫像とかあったんだけど……
「えっ?」
そんな事を考えていると、中から声が聞こえた。
何だか親しみの持てる声だった。
「ど、どうぞ」
何だか困惑しているようだが、まさかアポとってないとか?
『失礼します』
アイリは構わず扉を開けて、俺たちに入ってくるように合図をしたのだが……
それ、軍とかのハンドサインじゃね?
え、何ここ戦場?
「し、失礼しまーす」
「失礼します」
俺たちが中に入るとそこは、綺麗に手入れされた、そこまで広くない部屋だった。
中央に応接用のテーブルと、廊下にあった調度品に比べれば、質素に見えるソファ。
その奥には、これもまた質素に見える、執務用の机があった。
その机には大量の書類の束が積み上げられていて、その間からさっきの声の主が見え隠れしている。
「少しお待ちを」
ブラウンの長い髪に、豪華ではないが上質と思われるドレスを着た、美しい女性が口を開く。
だが、眉間にしわが寄り、切れ長の目からはまるで光線が放たれているかのような鋭い視線が、俺たちを貫いた。
「ひぃ……」
その視線に、リュカが思わず小さく声を上げる。
女性は、その鋭い眼光のまま立ち上がると、俺たちの方へと歩き出した――




