1-2「何判定だ!?」
選んだ帰還条件は、とあるNPCの好感度を最大まで上げる、だった。
他の選択肢は危険な予感がぷんぷんする。
この世界リアルすぎて、なんかあったら痛そうだし、最悪死にそうだし、正直めっちゃ怖い。
「……150時間かぁ」
長い気もするけど、死ぬ危険を冒すより、好感度上げてる方がマシだろう。
多分。
何より、何食わぬ顔で歩き出した目の前のアイリ。
こいつに鉄槌をくださなければならない。
そのために俺は――
『近くに村があります。まずはそこへ向かいましょう』
草原を歩きながら、女神――正確にはその見た目をしたAI――は続ける。
『その前に、ステータスチェックを行います』
「お?」
何だかんで、これはちょっと楽しみだった。
異世界ものといえば、ステータス。
そしてとんでもスキルといった所謂チートみたいな能力。
『初回特典が適用されています。ボーナスが得られます。ダイスを振ってください』
「ダイス?」
周囲を見回す。
草に空、そして女神。
ここに来た時からなぜか着ていた制服のポケットにも何も入っていない。
「……どこ?」
『ダイスがないため、ボーナスは保留になります。ダイスを手に入れたら振ってくださいね』
「え? いや、こういうのって普通、選ぶとか勝手に付与されるとかじゃ?」
『ダイスがないため、ボーナスは保留になります。ダイスを手に入れたら振ってくださいね』
同じことを繰り返された。
「あー……はいはい」
ないもんはしょうがない。
でも、入手方法とかそういうのに言及してほしい。
AIって聞かないと何も言わないのに、余計な事ばっかするよね。
そう納得しかけた瞬間――
草むらが揺れ、
ツノのある小型の獣が、目の前に躍り出てきた。
「うわっ!?」
『戦闘チュートリアルを開始します』
「先に言って!?」
獣は小さい。
けれど、ツノは鋭く研ぎ澄まされている。
あれで突かれたら、普通に死ねそうだ。
……なのに。
つぶらな瞳で、じっと俺を見つめている。
『戦闘BGMオン、らららららー』
「いや、お前が歌うんか!」
『行動を宣言してください。戦闘ではダイスは不要です。処理は私が行います』
「テーブルなトーク式!?」
『では、どうぞ』
どうぞと言われても困る。
獣は相変わらず、じっと見てくる。
というか――
「ねえ、難易度選択の前に、これやるべきじゃないかな?」
半眼でアイリを睨むが、澄ました顔してやがる。
『無宣言のため、【行動:何もしない】が選択されました』
「まてぇぇぇっ!?」
『ハムスビの【行動:見つめる】が選択されました。マミヤは精神に1のダメージ』
「見つめられただけで!?」
ていうか、ハムスビって何?
この獣の名前?
ネーミング雑すぎない?
いや、それより。
「……精神って何?」
『精神ダメージが蓄積すると、疲れます』
いや、意味わからんのだが?
ってことは俺ずっとアイリから精神攻撃食らってる事になるよね?
って、こんな事考えてる場合じゃない。
とにかくこいつを倒さないと――
「えっと……じゃあ、殴る」
『承知しました。【行動:なぐる】が選択されました。ファンブルです』
その宣言と同時に、
俺の身体が勝手に前に出て、パンチを繰り出し――
「うわ、ちょ、まてまてまてぇ!?」
空を切った。
「ちょ、なにこれぇ!? マジで今の怖かったんだけど!?」
『仕様です』
「身体勝手に動かしておいて『仕様です』、って納得できるわけないだろ!?」
『ハムスビの行動。【行動:逃げる】が選択されました。しかし、回り込まれてしまいました』
そんな俺の言葉をやっぱり無視してアイリがハムスビの行動を読み上げる。
ハムスビが横を駆け抜けようとした瞬間、
またしても俺の身体が勝手に動き、通せんぼする。
『クリティカル。ハムスビはマミヤの膝に衝突し、死亡しました』
次の瞬間、俺の膝に堅い感触がぶつかる。
――痛くはなかった。
ハムスビは、ゆっくりと地面に落ち、力なく倒れた。
「……は?」
『戦闘チュートリアルを終了します。以後はこのテンプレートに従ってください』
理解が追いつかない。
……でも、戦闘がこういうものらしい事はわかった。
いや、そうじゃない。
とりあえず、条件満たさないと帰れないらしいし……
アイリの話では、この先に村があるらしい。
情報を集めるしかなさそうだ。
*
村が見えてきた、その時。
再び、ハムスビが現れた。
……けれど、さっきとはどうも様子が違う。
俺の身体は勝手に動かないし、ハムスビも俺を見ていない。
『これはイベントです』
「イベント? つーか、解説入るの?」
『必要であれば』
その言葉とほぼ同時に、
茶髪のツインテールの髪に、簡素な鎧を着た女性が、
俺の前に躍り出た。
ハムスビと対峙し、剣を構える。
『彼女はこの村の駆け出し冒険者、リューンです。戦闘力はハムスビとほぼ同等です』
真剣な眼差し。
どこか見覚えのある顔。
まあ、どうせアイリが生成したんだろうけど、どこで見たんだったか――
「そこのキミ! 危ないから下がっててくれないかな!?」
剣とツノがぶつかり合い、金属音が響く。
火花が散り、激しい攻防が続く。
「あれ? これ、俺の時と違くない?」
『仕様です』
やがて、リューンの剣がハムスビを捉え、勝負は決した。
鎧以外の布部分は破れ、露出した肌には玉の汗が浮かんでいる。
戦闘の激しさを表しているかのようだ。
それでも彼女は、勝利の笑顔を見せていた。
『なお、本イベントには視覚的演出が含まれますが、性的表現および過度な身体描写は実装されていません』
「そんなこと思ってないよ!?」
『心拍数の上昇を確認しました』
「いや、だから違うって!」
その声に気付いたリューンが、
ハムスビの死体を持ったまま近づいてくる。
「ご協力ありがとう! で、君は?」
彼女はまっすぐに俺を見つめている。
そばにいるアイリには一瞥もくれずに。
彼女のそのやや刺激的な姿に、
俺は思わず緊張してしまう。
「あ、えっと……」
すると、横でアイリが口を開いた。
『リピートアフターミー。俺はマミヤ、旅人さ』
「俺はマミヤ、旅人さ。ここにはとある人を探しに……って、ちがーう!」
「ひゃあ!?」
リューンが一歩引いた。
「ご、ごめん! 今のは違うから!」
「ち、違う……?」
警戒と困惑が混じった視線。
正直、穴があったら入りたかった。
「えっと……その、こいつが勝手に喋って」
俺はアイリを指さす。
「……?」
彼女はきょとんとした後、くすっと笑った。
「変な人だね、キミ」
『統計的にはマミヤは一般的な――』
「ちょ、アイリ!」
「……アイリ? 誰?」
きょろきょろと周囲を見るリューン。
『私の姿は、マミヤ以外には不可視です。ご安心ください』
何に安心しろと?
深くため息をついた。
「……改めて、俺はマミヤ」
「私はリューン! 駆け出し冒険者だよ!」
元気な笑顔。
さっきより、少し距離が近い気がする。
『好感度が上昇しました』
「え?」
「よろしくね!」
気が付いたら、リューンが下から見上げるように俺を見ていた。
「近い近い!」
「?」
『好感度が上昇しました』
「何判定だぁぁっ!?」
俺の叫びだけが、青空に木霊した――




