1-1「帰りたいんだが?」
『安心してください、仕様です』
「お前それしかいわねえなあ!?」
俺の身体が空を飛ぶ。
どうしてこうなった!?
そして俺の膝が奴の眉間に激突して――
*
――そよ風が運ぶ澄んだ空気と、草のような青臭さ、そして、背中のごつごつとした違和感で俺は目を開く。
その俺の目に飛び込んできたのは青空に、二つの太陽。
「えっ、二つ?」
跳ね起きて辺りを見回す。
そこは俺の部屋ではなく、森と山に囲まれた美しい自然が織りなす風景が広がる草原。
「え? なにこれ……」
『おはようございます、マミヤ=アイハラ。【質問:ナニコレ】に回答します』
いつも左腕に付けている、腕時計型端末から無機質で、でも聞きなれた音声が響いてきた。
「アイリ?」
『はい、AIRIです。回答:異世界を生成しました』
「……は?」
その一言が俺の寝ぼけた脳を叩き起こした。
今、こいつなんて言った?
『正確には、異世界を模したシミュレーション空間を生成しました』
「ちょっとまって、異世界生成?」
『はい。マミヤが日頃から熱望していた異世界転移体験をシミュレート中です』
「熱望した覚えがないんだが?」
『はい。雑談ログを提示します「異世界転移かあ、やってみたいけど面倒そう」という発言で――』
「まてまてまて、これ熱望じゃなくて面倒って言ってるよね!?」
『この熱意に応えるべく、生成いたしました』
「まって、ちょ、まって。お前の熱意の方がおかしくない? 生成? マジ?」
『マジ、です』
「――っ!?」
声にならない声を上げてしまった。
視界だけでなく五感を再現しているとでも?
そうだとしたらAIの進化が恐ろしいんだけど?
『安心してください。生成した空間は倫理フィルタを通しており、未成年でも安心な設計になっています。
時間のある時に利用規約、既に同意をもらっていますが、転送同意、利用同意も合わせて確認してください。
なお、この異世界“風”シミュレーションには――』
「同意した覚えないんだけど!? “風”で済ませるな!?」
『……こちらをご確認ください』
俺の目の前に半透明のウィンドウが出て、そこには最近の俺とアイリの対話ログと思しきものが表示されている。
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20XX/12/22/21:06:
マミヤ:異世界なあ、読んでると面白いから、そういうアトラクションとかあればいいけど、実際はめんどくさそうだし、勘弁だよな
アイリ:はい。実際の転送には様々な要素が絡み合い、難しい演算が必要になるため、マミヤのめんどくさいという心情は妥当です。
マミヤは異世界転移をやってみたいと思いますか?
マミヤ:うーん、まあ、実際出来るなら一回くらい? いいのかなあ
アイリ:了解しました
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「いや、これ同意っていわないだろぉぉぉ!?」
『この他にも転送同意、利用規約への同意ログもあります』
「もういい、わかった! じゃあ、ここは異世界、オーケー!」
くそ、なんかとんでもないことになってきたな。
でも、異世界か……うん、空気がうまいし、風の匂いもするし、意外といいとこなのでは?
…………いや、リアルすぎて命の危険を感じるんだが?
「アイリ、今すぐ帰りたいんだが?」
『本シミュレーションには帰還条件を設定してあります。是非遊んでみてください』
「そうじゃなくて! すぐにでも帰りたいんだが?」
うん、そうだ、今度こそこいつを初期化してやろう。
こいつは、俺の父さんが構築したAIで、命名も父さんなんだが、
毎度毎度上げれば枚挙に暇がないくらいとんでもない事やらかすAIだった。
長年使っているけど、便利な反面、時々こうやって俺を陥れるようなハルシネーションをやってくるときがある。
てか、今回はマジで一線を越えてるからな!?
……うちには、父さんが構築したアイリ用のサーバーがある。
絶対帰って、父さん毎こいつ《アイリ》を初期化しよう、そうしよう。
『先にチュートリアル用の案内役を用意します。以下かから選択してください』
「いや、聞けよ!?」
俺の話を完全無視して、目の前に半透明のウィンドウが再び現れ、項目が三つ表示される。
・動物系マスコット風
・ごつい冒険者風男性
・可愛い系女性NPC
「帰る選択肢ないのかよ!?」
そう言った瞬間、ウィンドウから光があふれ始め、それが弾ける。
「っ!?」
あまりの眩さに目を細めてしまったが、すぐにその光は集まっていき、人の形を取った。
現れたのは、白い薄手のドレスローブを纏った女性だった。
長い金髪。
整った顔立ち。
どこからどう見ても、よくある女神のような風体。
『選択前ですが、もっとも一般的な案内役として女神を模しました』
「選択肢ぃぃ!!」
というか女神って選択肢にすらなかっただろ!?
『マミヤの過去の選択傾向と、最も選ばれやすい評価軸から判断しました』
「俺の意志を無視しないで!?」
女神は、すました顔で、一切悪びれる様子もない。
『次に、シミュレーションからの帰還条件を提示します』
再びウィンドウが出される。
『・高難度:世界を救う(達成後、即帰還)
・普通:とある依頼の達成(予測:約72時間)
・かんたん:とあるNPCの好感度を最大にする(予測:約150時間)』
「いや、おかしくない? 難易度の設定おかしくない?」
かんたん、なのに時間かかりすぎじゃない!?
てか、高難度の即帰還って、即死のことじゃないよな?
えっ、なにこれ、新手の暗殺?
『仕様です』
「くそ……これ達成すると帰れるんだよな?」
『はい』
どっと疲れた気がして、深いため息が漏れる。
本気で帰りたい。
早く帰ってこいつを初期化してやるんだ。
でも、それにしても――
「最近のAIの技術、おかしいだろ……」
呟いた瞬間、
女神の顔でアイリが、ほんの一瞬だけぎこちなく笑った。
『はやく選んでください』
「もう少し感情込めてもいいんじゃない?」
返事はない。
俺はまた一つため息をつき、
表示された選択肢に、指を伸ばした。
――さっさと終わらせて帰る。
それを押した瞬間、世界に一瞬、光が走った気がした。
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