菱葩餅は都市伝説好きな少女からの御年賀ギフト
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」と「Ainova AI」を使用させて頂きました。
暗闇の中を、私は必死に逃げ続けていた。
「嫌、来ないで!」
しかし返ってくるのは、上下の歯を噛み合わす音だけ。
私は巨大な歯に追い回されていたんだ。
それも何本か欠けた不揃いな歯にね。
「あっ!」
やがて私は追い付かれ、全身を噛まれてしまったの。
「痛い、痛い!」
最後の記憶は、強烈な激痛と自分の絶叫だけだったよ…
そうして自分の悲鳴に驚く形で、私は飛び起きたんだ。
「えっ、これが初夢?新年早々、最悪…」
愚痴りながら着替え始めた私は次の瞬間、凍り付いてしまったの。
「な、何これ…」
何と私の素肌には無数の噛み傷があったのだから。
新年早々に降りかかった怪事を、同級生の鳳飛鳥さんは熱心に聞いてくれた。
「それは面白い話だね、池上さん。」
急に押しかけた私にも丁寧に応対し、メモを取りながら熟考する鳳さん。
これもオカルト研究家の性なんだろうな。
「池上さん、歯に関して何か変わった事はここ最近で無かった?」
「うーん、今は虫歯は無いし…あっ!」
そういえば随分前に亡くなった親戚の遺品の総入れ歯が見つかり、金歯だけ売ってそのままにしたんだっけ。
それを伝えたら、鳳さんは得心がいったとばかりに頷いたんだ。
「口内に嵌める入れ歯には残留思念も溜まりやすいからね。キチンと供養してあげたら大丈夫。後はこれを枕元にお供えしてね。私からの御年賀ギフトだよ。」
「えっ、菱葩餅?これ、鳳さん家に来た御歳暮じゃ…」
白味噌餡と牛蒡を菱形の餅と求肥で包んだ和菓子が正月の行事食だって事は知っていたけど、当時の私には級友が突然くれた理由が分からなかったんだ。
それが理解出来たのは、就寝した後の事だったの。
また私の夢の中に、あの不揃いな歯が現れたんだ。
「ひっ!」
だけど、その後の展開は全く違っていたの。
何と件の歯は、突然現れた巨大な菱葩餅に齧り付いたんだ。
そうして猛然と食い進めるうちに、欠損した歯がみるみる蘇っていく。
やがて菱葩餅を完食した頃には、件の歯は一本の欠損もない美しい姿を取り戻したんだ。
余りにも不可解な夢のせいで、寝起きの気分はスッキリしなかった。
「変な夢…あっ!」
そんな私を覚醒させたのは、枕元の変化だった。
皿に盛った菱葩餅が綺麗に消えていたんだ。
狐に摘まれた気分の私とは対照的に、鳳さんは満足そうだった。
「やはりね、池上さん。何せ菱葩餅は歯固めの儀式に使われてたから。歯の怪異には効果覿面だよ。」
あれ以来、私は歯の悪夢を見る事はなくなった。




