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運命なんて信じない僕が、恋をした  作者: 海野雫
第五章 近づく距離、揺れる想い

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5-2

 僕は休む暇もなく、校内を歩き回り、不備がないかを確認していった。模擬店を出店している外に電気が通っていないと言うトラブルもあったが、それもすぐに解決した。どんな問題も冷静に処理する。それが生徒会長としての僕の務めだった。


 劇の行われている体育館へ頻繁に足を運び、照明や音響の不具合がないことも確認済みだ。プログラムを確認すると、そろそろ礼央のクラスの劇が始まる時間だった。その瞬間、心臓がまた早鐘を打ち始めた。


「そろそろ行くか」


 僕が体育館へ到着した時には、礼央のクラスの劇はすでに始まっていた。リハーサルとは違い、緻密に作られたセットで舞台上が装飾されている。出演者も煌びやかな衣装を身に纏い、そこはルネサンス時代を彷彿とさせる華やかな世界が広がっていた。


 僕は舞台上の礼央に目が釘付けとなった。彼の額には汗が滲み、照明が反射してキラキラしている。明るく通る声は体育館に響き渡っていた。まるで本物の貴族のような気品と、若さゆえの情熱が完璧に融合した姿に、観客は魅了されていた。


「本当に、王子様みたいだな……」


 僕は思わずボソッと呟いてしまった。その言葉は胸の奥から自然と溢れ出たものだった。


 ――あなたのためなら、家名も捨てましょう。


 礼央の練習に付き合った時のセリフが頭をよぎる。ジュリエットの台詞だが、なぜか今、その言葉が僕の心に深く響いた。


『本当に捨てられるの?』


 礼央に言われたその言葉が何度も頭の中で繰り返される。僕に、家を捨てる勇気があるだろうか……? 自分の将来を、家の期待を捨てて、本当に望む道を選べるだろうか?


 ――夢は? 本当にやりたいことは?


 礼央に問われてから、そのことを考えることが多い。もしも、自由に自分の好きなことをできるとしたら? そう考えるとワクワクする。心の奥に小さな炎が灯る感覚だ。長い間押し殺してきた感情が、じわじわと表面に浮かび上がってくる。


 だが、そう簡単には行かないのは重々承知している。すんなり家業を捨てられたらどんなにいいか……。僕は大きくため息をついた。現実と理想の間には、深い溝がある。その溝を埋めるには、まだ僕には勇気が足りなかった。


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